三 バックストリート
三 バックストリート①
Misskey.ioのローカルタイムラインの表通りから一つ路地に入ると、車がギリギリすれ違えるほどの道の両脇に様々な小店舗が並んでいる。人々は表通りのせわしなさとは異なり、歩く調子ものんびりとして、ベイクドモチョチョ片手にベンチに座って笑いあったり、足元に絡みつくにゃんぷっぷーと盛んにたわむれたりしている。建物の壁に貼られたデジタルサイネージには、この裏路地でしか見られないようなイラストや写真を張り付けたノートの数々がゆったりと映し出されていた。
これは、Misskey.ioの様々な「チャンネル」の裏通りに共通する特徴だった。それはちょうど下町の商店街のような雰囲気で、人々の距離感が表通りよりも近しい。テーマごとに設けられたチャンネルの裏通りに、ミスキストたちが独自のコミュニティを形成しているのだった。ローカルタイムラインの表通りが「.ioの通り」だとすれば、各個人の需要に基づいて築かれたチャンネルの小路は、「ミスキスト個々人の通り」と言い換えてもいいだろう。
テーマごとのタイムラインを構成する「チャンネル」はローカルタイムラインに流したくないノートをテーマ別のチャンネルタイムラインに留めてチャンネルの参加者で共有できるようになっている。さらに、こうしたチャンネルの裏通りはサーバー外から入れない仕組みになっているので、そのサーバーの街の住人にならなければその裏通りを漂うノートは見られないのだった。それを気に入って、表通りにはあまり出ずにこうした裏路地でMisskey.ioでの日々を過ごすミスキストたちも少なくない。言いかえれば「ジャンル別SNS」とでも表現できる裏通りの暮らしがそこにはあるのだった。
たまぼごーろと画面越しに会話した翌日、私たちはこうしたチャンネルを聞き込みにまわった。ミスキーガールが駐車したメルセデスGクラスの助手席から降りたあと、私は、ミスキーガールとベーコン太郎とともに、網の目に交差するチャンネルの裏通りをいくつも訪ねては、たまぼごーろの写真をスマホに映し出しながら、道行く人々に行方を尋ねて回った。作品ごとのアニメやゲームのチャンネルや、絵師が集まるチャンネル、様々な作業の進捗報告をかき込むチャンネルなど、ベーコン太郎が思いつく、たまぼごーろが行きそうな裏通りをつぶさに調べては、行方を知らない人々に、ため息交じりの感謝を述べたりした。どのチャンネルの裏通りの住人たちに話を聞いても、たまぼごーろが姿を消した瞬間を見た者はおらず、空を見上げれば、Misskey.ioの街の翠色の空はゆっくり西のほうに日が傾いて、足元の影も伸びているのだった。
「向こうは生体サーバーの彼と.ioで暮らせ、って言ってるわけだからなあ。希望は捨てるつもりは無いけど、ベーコン太郎さんに彼の身体を返す気なんてあるのかな」
裏通りから裏通りへと順に歩きながら、私がスマホをモバイルバッテリーにつないでそう言うと、ミスキーガールは腕組みしながら首を振って応える。
「たまぼごーろ君の『身体は預かった』って言ってるんでしょ? ということは、彼を憎んでいたとしても、消したいわけではないはず。他人を生体サーバーするなんてことができるなら、たとえば他人のドライブに違法データを突っ込んで、モデレーションを待ってBANさせることだってできるはずなのに、やってない。きっと向こうは何らかの交渉の余地を残してるんじゃないかな」
そんな会話を交わす私たち二人のあとに、不安そうなベーコン太郎が俯きがちに歩いている。現状、かけてあげられるような言葉もなく、真珠色の太陽がどんどん西に傾いていた。
「手がかり、なし」
ひと通り思いつく裏通りをすべて巡って、私が呟くと、いままで唇を引き絞っていたベーコン太郎が、顔を上げて言った。
「誰も見てないなんてこと、あるんでしょうか」
その言葉に私もミスキーガールも首を傾げてしまう。
「本当に行方不明なら通報して監視カメラから何からモデレーターに調べてもらうこともできるけれど、それができない状況じゃなあ」
私はそう応えるのが精いっぱいだった。三人とも、伏し目がちになって黙り込んでしまっていた。
そのとき、自分たちの歩いている通りが妙な雰囲気に包まれていることに、私たちは気がついた。
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