一 カフェテラス③
するとベーコン太郎は、バックパックの中から円筒形のガラスケースを抱えて取り出した。
「この脳みその持ち主を探してるんです」
ガラスケースの中の黄色い液体に浮かぶその脳みそは、人間のそれの大きさだった。何本もの配線でケース底部の機械に繋がれた脳みそは、ときどき皺の中から泡粒を吐く以外は、生命の鼓動を全く感じさせなかった。
「それ、『生体サーバー』?」
ミスキーガールが目を丸くしながら訊く。この街ではこんな噂がある。Misskey.ioのサーバーの管理費が高騰していることに悩んでいる村上さんが、ミス廃になったミスキストの脳を摘出してサーバーにしてしまうらしい。村上さんを信奉するミス廃たちは喜んで自分の脳を無償で提供してその名の通りの「生体サーバー」になり、Misskey.ioに二十四時間繋がれたまま、生命活動の終わりまでMisskey.ioを楽しみ続けるのだ、と。もちろん、そんなものは冗談というか、ネットミームであるとミスキストの間では常識である。しかし、私の目の前には、想像していた形と寸分違わない生体サーバーが、少女に抱えらえてそこに存在していたのだった。
「それ、どうしたの?」
私が自分の眉を指でなぞりながら訊くと、ベーコン太郎は首を傾げながら答える。
「送られてきたんです、突然、わたしのところに」
ベーコン太郎は生体サーバーをテーブルにそっと置くと、ショルダーバッグからスマホを取り出して、私たちにとある画面を見せた。
「これが送られてきた後に、こんなマシュマロが送られてきて」
匿名でメッセージが送られてくるマシュマロというサービスの、ベーコン太郎のアカウントに書かれていた文面は、こうだ。
その生体サーバーは君の大好きな彼氏の脳で出来ている。
たまぼごーろの身体は私が預かった。
彼はお望み通り生体サーバーになった。
お前は彼氏を抱いて仲良く.ioで暮らせ。
「これ、たぶん私の、彼の脳なんです」
そう言って、ベーコン太郎は泣き崩れてしまう。ミスキーガールはさっと傍にあった椅子を差し出してベーコン太郎を座らせると、肩をさすりながら訊いた。
「それは確証があるの?」
「分からないですけど、この生体サーバーが送られてくる少し前から、たまぼごーろさんと連絡が取れなくなって、心配していたのに、そしたら、こうなっちゃって」
テーブルに泣き伏せるベーコン太郎を目の前にして、私は腕組みしてしまいながらも、一つの方針を提案する。
「まずこの脳みそが本当に、たまぼごーろ? さんであるかどうか、それを確認する必要があるな」
そう言うと、ミスキーガールははっとしたような表情を見せる。
「わたしのルームメイトに天才エンジニアがいるから、彼女に聞いてみよう」
「『現象ちゃん』だっけ?」
私が言うと、ミスキーガールは得意げにうなずいた。
「そう。ヤツだったら何とかしてくれる」
「会えますか? たまぼごーろさんに会えますか?」
嗚咽しながら言うベーコン太郎に、ミスキーガールは彼女の肩をしっかりと抱いて囁いた。
「わたしたちが助けるからね。大丈夫だからね」
慈悲に満ちた眼差しをベーコン太郎に向けるミスキーガールはとても魅力的だった。だが私といえば、本当に助けられるのだろうか、という心配が先に立って、腕組みを解けないままでいた。
ともあれ、私たち三人は、ミスキーガールの愛車であるメルセデスGクラスに乗り込んで、彼女の住まいへと向かったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます