第2話 困ってる美少女達を助ける

 俺の名前はガイア・グラヴィス。職業ジョブは【重力使い】。


 十五の歳で、冒険者パーティから追放された。


 いや、正確には──最初から俺は、必要とされていなかったのかもしれない。


 ただ荷物を持つだけの“地味職”として、便利に扱われて、代替品が手に入ったら切られた。それだけのことだ。


「……あーあ。これが俺の冒険者人生だったってことか」


 街道沿いの丘を歩きながら、自嘲気味に呟く。


 剣も振れない。派手な魔法も撃てない。何かを回復できるわけでもない。


 “重さを変える”──それだけの能力。


 師匠は言っていた。


『重力は、見えない力だ。だからこそ、理解されにくい。だが、見えない力こそが、世界を支えているんだよ』


 けれど、誰もそのことを知らない。


 誰も、重さが“ある”ということの意味を、考えようともしない。


 俺自身ですら──心のどこかで、「この力には価値がない」と、そう思っていたのかもしれない。


 そんな思考を打ち切ったのは、前方から聞こえてきた、ガタン! という激しい衝突音だった。


「うわっ!? 完全に車輪外れてるってば!」


「リィナ……どうしよう……動かないよぉ……!」


 街道の先で、少女たちの悲鳴が上がっている。


 木製の荷車が、傾いた状態で道をふさいでいた。片輪が完全に外れており、地面に食い込んでいる。


 その傍らには、剣を背負った少女と、小柄な魔法使い風の少女。


 どちらも十代半ばくらい。駆け出しの冒険者……いや、まだ“なりかけ”かもしれない。


「くそっ、こんなとこで立ち止まってたら、魔物に狙われるってのに……!」


 剣士の少女が歯を食いしばる。


 その姿を見た瞬間、足が勝手に動いていた。


 ……ああ、俺ってやつは。

 助けを求める声を聞くと、やっぱり動いてしまう。

 ……村を追われ、途方に暮れていた自分に、重なって見えてしまうから。


「おーい、大丈夫か?」


 俺が声をかけると、ふたりが一斉に振り返った。


 剣士の少女が、やや警戒した目でこちらを見る。


「えっと……あなたは?」


「ただの通りすがり。もしよかったら、手伝おうか?」


 沈黙。視線。


 だが、すぐに魔法使いの少女が一歩前に出て、おずおずと頭を下げる。


「……おねがい、します。わたしたち、もうどうにもならなくて」


 荷物はびっしり積まれている。物資だけで数十キロはありそうだ。車輪の壊れた荷車を押すのは、素人には無理だろう。


「まずは、これを……軽くしてみるか」


 手をかざし、静かに息を吸う。


「──減重グラヴ・ライト


 荷車の下から、空気の層が浮き上がるような感覚。


 木製の骨組みが、わずかに持ち上がり、地面の沈み込みが消えた。


「え……? あれ……動いてない……?」


「試してみて。押してごらん」


 リィナが半信半疑で手をかける。


 ――スッ。


 さっきまでびくともしなかった荷車が、抵抗もなく前に進んだ。


「うそ……めっちゃ軽い!?」


「なんで!? これ、荷物抜いてないのに……!」


 ふたりの目が大きく見開かれる。


「重力を、軽くしたんだよ。中身も荷車も、ぜんぶまとめて」


「……あんた、何者……?」


 リィナがぽつりと呟いた、その瞬間だった。


 ――ぐおぉおおおっ!!


 森の奥から、耳をつんざくような咆哮。


 見ると、熊のような魔物が茂みをかき分けて現れた。筋肉質な体躯。鋭い牙。見た目でわかる、やばいやつだ。


「やばっ! マジで来たじゃん!」


「ノエル、逃げるよ!」


 ふたりが荷車を押して走り出す──が、荷車は道幅ギリギリでスピードが出ない。


 魔物の脚力なら、すぐ追いつく。


「っ……!」


 俺は魔物の進路に立ちふさがり、右手を構えた。


「止まれ……! 加重グラブ・ブースト!」


 大気が、びり、と揺れた。


 魔物の足元の地面が、ぐしゃりと潰れるように沈み込む。


 重力の圧力が、一点に集まる。


 ずしん。


 魔物の前脚が、地面にめり込んだ。


 身体が、止まった。


 動けない。這っても立ち上がれない。


「──いまだ、行け!!」


 ふたりが振り返り、全力で荷車を押し直す。


 俺も走り、後ろから押し加勢する。


 魔物の唸り声を背に、俺たちは走った。


 そして、数分後──


「見えた、街の門だ!!」


「やったぁ……!」


 門番の兵士が気づいて駆け寄ってくる。


 俺たちはそのまま荷車を押し込み、ようやく、安全圏へたどり着いた。


 魔物の姿は、もう見えなかった。


 俺はその場に膝をつき、大きく息を吐いた。


「……ふう。なんとか、なったか」


 すると、横から声がした。


「……あんた、すごいね」


 リィナが、じっと俺を見ていた。


「助けてくれて、本当にありがとう。あんなの……あたしたちだけじゃ、絶対無理だった」


「いえ、ほんとに……ありがとうございました」


 ノエルが深々と頭を下げる。


「おまえらこそ、よく頑張ったよ。あと少し遅れてたら、やばかったな」


「ねぇ……名前、教えてくれない?」


「……ガイア。ガイア・グラヴィス」


「わたしはリィナ。こっちはノエル、妹みたいなもん。ふたりで冒険者を目指してるの」


 ――ああ。


 見知らぬ誰かを支えたことで、今、ほんの少しだけ、自分の存在を許せた気がした。


 重力は、見えない力だ。


 けれど。


 誰かの“歩み”を、支えることはできる。


 俺は、もう一度そう思い直すことができた。

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