ラムネの駆け落ちごっこ
神連木葵生
ラムネの駆け落ちごっこ
それは7月、8月、9月によく起こる。
ビー玉の青のような空と真白い入道雲。
夏の登校日。
きっかけはなんでもない一言。
「海でラムネ飲みたくない?」
そこから始まる駆け落ちごっこ。
「すみませーん」
掛け声にレジに向かうと少年と少女二人がそれぞれラムネの瓶をもっていた。
「いらっしゃい」
笑顔で応えながら会計を済ませる。
我が家は海の近くで商店をしているが、場所が穴場なだけに夏のシーズンでもとても寂れていた。
だからお客さんが来ただけでも珍しい。夏の制服を着た学生の男女。その二人のよそよそしさが青春の雰囲気をまとっている。
「夕方には最後のバスが来るから気をつけて」
「あ、はい」
「ありがとうございます」
二人ともペコリと頭を下げながら店を出る。
穴場中の穴場の美しい海と浜である。きっと彼らも堤防に沿って歩いてみたり、浜で遊んだりするのだろう。
ラムネを飲みつつ。
甘くて少し酸味のあるシュワシュワとした、青い夏そのものを飲んでいるようなラムネ。
自分も二人で学校をサボって、海でラムネを飲んだことがある。
言い知れぬ背徳感と夏の海を満喫している充実感。たまらない物がある。
汗ばんで外れそうになる手と手を繋ぎ直し、どこへ行くともなく海外を無言で歩いた。
これは近距離の駆け落ちかと想像をふくらませたりするが、夕方には双方自分たちの家に帰っていくのだが。
だから駆け落ちごっこなのだろう。
ラムネの魔法がかかった一日にも満たない駆け落ちごっこ。
「ご馳走様でしたー」
店の外に置いてある空になったラムネを置く用のケースにキチンと先程の制服の男女が置いてくれる。
「はーい」
小声で何かを話す二人の距離がさっきより近づいている気がするのは気の所為ではないだろう。
自分の時はキスの味がラムネだったことまで知ってしまった。
とはいえ、その相手は遠くに行くと言って早十年以上経っていたが。
「はぁ」
久々に青春を見てため息が出てしまう。
あの駆け落ちごっこから、こちとら恋愛から遠い。
あの子たちはそうなって欲しくは無いが初恋とは甘くて甘くて、酸っぱくて酸っぱいものであると知る時が来るのだろう。
自分は絶賛酸っぱい思い出しかないが。
いや、あの思い出は甘かった。
だからこそ次に行けないで困っていた。
いっそラムネの思い出を捨ててしまえたら楽なのに。
思ってみても、夏になれば我が商店で売り出すものなので忘れようがない。
こちら夏の人気商品です。
「こんちはー、ラムネくださーい」
早速ラムネが二本売れました。けれどそれは一人。
見覚えのある顔。
「久しぶり。やっと帰ってきたんだ。ラムネ一緒に飲もうよ」
照れくさそうな赤い頬の顔。
これはもしかして……
瓶が重なってキンと音を立てた。
その音でラムネの駆け落ち物語、十年経って続きが動き出しそうです。
初恋は実りますか?
ラムネの駆け落ちごっこ 神連木葵生 @katuragi_kinari
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