第72回 不純な動機で何が悪い‼
佐々木キャロット
不純な動機で何が悪い‼
「志望動機は何ですか?」
面接でよく尋ねられるもの、「動機」。
「新しいことに挑戦したい」
「人の役に立ちたい」
「人を笑顔にしたい」
みんな、輝かしい動機を並べ立てるけれど、実際のところはどうなんだろうか。
そんな、できた人間がこの世に存在しているものだろうか。
「おーい、みんな集まってくれ」
六月の初め、もうすぐ梅雨が始まりそうな時分、部長が練習中の俺たちを集めた。
「どーしたんすか、部長」
「うぇーい、俺の方が集合はやーい」
「あぁ?別に勝負じゃねぇだろ」
「うぇーい、お前の負けー」
「んだと、コラ」
「おい、そこらへんにしとけって」
いつも通り、どうでもいいことで喧嘩を始める二年生の先輩達を部長がたしなめる。部長たち三年生が引退した後、この部がどうなってしまうのか、今から不安になってしまう。
「ごほん」
みんなが集合すると、部長はわざとらしく咳払いをした。そんなにもったい付けるなんて、いったい何事だろう?
「えー、この度、我がバスケ部にマネージャーが入ってくれることになりました‼」
「「「えー⁉」」」
体育館に俺たち驚愕の声が響き渡る。
「マジすか⁉」
「この弱小バスケ部に⁉」
「マネージャーって、あのマネージャーっすか⁉」
「女子すか⁉ もちろん女子っすよね⁉」
「落ち着け、お前たち‼」
部長は怒鳴り声をあげ、俺たちを黙らせた。
「じゃあ、みんな、拍手で迎えろよ。おーい、入ってきてくれ」
俺たちの視線が体育館の入り口に集まる。
ガラガラガラと、扉を開き、一人の少女が顔を覗かせた。
「「「うぉー‼」」」
再び、体育館に俺たちの声が響き渡った。
「うるさい、お前ら‼」
部長が怒鳴るが、俺たちの歓声は止まらない。なぜなら、その少女は学校一とも称される美少女 夏川あおい だったのだ。
「えへへ。そんなに歓迎されちゃうと、ちょっと恥ずかしいな……」
夏川さんは照れくさそうにしながら、俺たちの前に歩いてくる。
茶色みがかったミディアムボブとパッチリとした大きな瞳。そして、はじけんばかりの笑顔。噂通りの美少女っぷりだ。
「じゃあ、自己紹介してもらっていいかな?」
「はい‼ 一年三組の夏川あおいです。もともと、人のために何かするのが好きだったんですけど、この前、みなさんの練習試合を見させていただいて、その熱い試合に感動して、みなさんの頑張りを応援したい、支えたいと思って、マネージャーに志願しました。バスケットボールにはあんまり詳しくないですが、これから勉強していきたいと思うので、よろしくお願いします‼」
「「「よろしくー」」」
「じゃあ、
「お、俺っすか⁉」
「一年で頼めるのはお前しかいないんだよ」
バスケ部の一年は俺を含め三人だ。部一番の高身長だがのんびりマイペースの
「わかりました」
「いいじゃねーか、あおいちゃんと仲良くなるチャンスだぞ」
「羨ましいねぇ」
すかさず、二年の
「じゃあ、代わりますか?」
「えー、どうしよっかなー」
「何言ってる、他のやつは練習再開すんぞ」
「ういーっす」
「じゃ、そういうことだから頑張れよ」
みんなが練習に戻っていき、俺と夏川さんだけが残された。
「えーっと、じゃあ、マネージャーの仕事教えるね。俺、高橋翔太」
「うん、よろしくね‼ 高橋くん」
「おい、翔太。あおいちゃんはどうだったよ」
「どうってなんすか、どうって」
「一日一緒にいりゃあ色々あるでしょうよ」
「別に何もないっすよ」
「またまたー」
部活終わりの更衣室。当然のように猿渡先輩達に絡まれる。
「いやぁ、でも、本当に可愛いなぁ。流石、『
「なんすか、それ?」
「知らねーのか、翔太。あおいちゃんの異名だよ。笑顔がひまわりみたいに眩しくて可愛いって」
「名前が『あおい』だからだろ? ひまわりって漢字で『向日葵』、『
「え? そーなの?」
「これだから馬鹿は」
「はー? 馬鹿とかいう奴が馬鹿なんですけどー?」
「んだと、猿渡。誰が馬鹿だって?」
「お前だよ、
「おい、狭い更衣室で喧嘩すんな。暑苦しい」
先輩達はすぐに喧嘩を始める。
まあ、確かに、夏川さんの明るい雰囲気に
はひまわりっぽさがある。ひまわり畑の真ん中で麦藁帽子に白いワンピースで微笑む夏川さんの姿を思い浮かべてみる。旅行会社のCMに採用されそうな可愛さだ。
「翔ちゃん、帰ろー」
間延びした悠の誘いに「おう」と返し、俺はロッカーの戸を閉めた。
「ビブスとかタオルの洗濯は俺たちでやるよ。汗臭いでしょ」
「いえいえ、これもマネージャーの仕事なんで‼ 任せてください‼」
夏川さんがマネージャーになってから一週間が経った。
「夏川ちゃん、いい子だよね」
洗濯物を抱えながら走っていく夏川さんの背中を見送りながら、森山先輩が言った。
森山先輩は優しくて面倒見のいい三年の先輩だ。三年は部長こと池田先輩と森山先輩の二人だけ。二年も猿渡先輩と犬養先輩の二人。一年が三人。一チーム五人とプレイヤー人数が比較的に少ないバスケでもギリギリの部員数だ。
「そうっすね。一生懸命やってくれてます」
「僕たちの練習を見てるときも、ノートにメモを取ってるみたいだし。ルールを覚えようとしてくれてるのかな」
「真面目っすよね」
「本当に。あいつらにも見習ってほしいよ」
森山先輩の目線の先では、猿渡先輩と犬養先輩の喧嘩を部長が止めている。悠と綾人もボール回しに励んでいる。
「……練習に戻ろっか」
「……そっすね」
「あおいちゃん、バスケのルールはわかってきた?」
「はい‼ ゴールを決めたら二点、遠くから決めたら三点ですよね‼」
「そうそう。あの線から入れたら三点ね」
「あと、ボールを持ったまま歩いたら反則、一度ドリブルを止めてから、もう一回ドリブルをしても反則」
「合ってる合ってる。そんだけわかってたら、あおいちゃんもバスケできるよ」
「いえいえいえいえ‼ 私、運動神経激ワルなんで」
「でも、あおいちゃん、背高いから向いてそうだけどな。何センチ?」
「えっと、163センチだったと思います」
「マジ⁉ 翔太より高いんじゃない? なぁ、翔太って身長いくつだっけ?」
「……158ですけど」
「やっぱ、あおいちゃんの方が高いじゃん」
「俺は大器晩成型なんですーこれから三十センチ伸びるんですー」
犬養先輩に揶揄われ、もう何百回目かの返しをする。当たり前だけど、バスケ部はみんな背が高い。一列に並んで立つと、俺のところだけ凹んで嫌になる。
「あおいちゃん、なーに書いてんの、それ」
猿渡先輩が夏川さんのノートを指差して言った。今も何かメモっていたみたいだ。
「いやっ、これは、そんな、たいしたことはっ」
「バスケのルールとか、練習内容じゃないの?」
「えっと、まあ、そう、そんな感じです」
「ふーん、ちょっと見せてよ」
「ダメ‼ 絶対にダメ‼ 秘密です‼」
夏川さんは顔を真っ赤にして叫んだ。
「そ、そっか、ゴメン」
「あ、い、いえ」
「やーい、猿渡、怒られてやんの」
「な、なんだよ、司」
夏川さんは安心したように息を吐いた。
「おーい、翔太。体育館閉めるぞ」
「もうちょっと自主練して帰ってもいいですか」
「わかった。じゃあ、戸締り頼んだぞ」
「はい‼」
一人残った体育館で俺はシュートの練習を始めた。背の低さは技術で埋めないといけない。NBAにも活躍している低身長の選手はいる。諦める理由にはならない。
スリーポイントラインに立ち、ボールを投げる。ボールは放物線を描き、ガンッとリングに撥ねる。もう一本。もう、一本。
「そろそろ帰るか」
俺は汗を拭い、いそいそ散らばったボールを集め始めた。
「ん? なんだこれ?」
体育館の端に一冊のノートが落ちていた。
「夏川さんのノートか」
いつも夏川さんがメモをしているノート。ご丁寧に㊙と書いてある。
『ダメ‼ 絶対にダメ‼ 秘密です‼』
頭に夏川さんの言葉が甦った。どうして、あんなに見られるのを嫌がったんだろう。気になる。
「……少しだけ」
俺はそっとノートを開いた。
「……六月十一日。シュート練習中に猿渡先輩と犬養先輩のボールがぶつかって、二人ともゴールから外れたので、お互いに邪魔だと喧嘩。池田先輩が仲裁。……十二日。南くんがボールでジャグリングを始める。可愛い。……十三日。犬養先輩が高橋くんの身長をいじる。高橋くんの身長は158センチ。……なんだこれ?」
「あーーーーーーーーーーーーーーーーーー‼」
振り返ると、夏川さんが体育館の入り口に僕を指さして立っていた。
「そのノーーーーーーーートーーーーーーー‼」
「うわぁ」
夏川さんはものすごい形相で走ってくると、僕の手からノートをひったくった。
「見た⁉」
「ごめん。ちょっとだけ……先輩が喧嘩してたとか、綾人がジャグリングしてたとか、書いてあったけど……」
「……う、う、う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ‼」
「ちょ、ちょっと」
突然、大声で泣き出してしまった夏川さんを前に、俺はどうしていいかわからずオロオロするばかり。
「ごべんなさいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ‼」
「ちょっと、夏川さん、落ち着いて」
「練習中にみんなのこと盗み見てごめんさい。みんなのこと目の保養にしててごめんなさい。みんなの絡みで萌えててごめんなさい。不純な動機でマネージャーになって、ごべんなさいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ‼」
「いいから、落ち着いて」
必死になだめること数分、ようやく夏川さんは会話が出来るほどに落ち着いた。
「……えっと、夏川さんは、俺たちの様子をノートにメモしたり、俺たちで妄想したりしてたってこと?」
「……はい」
「……そのために、バスケ部のマネージャーになったってこと?」
「……そうです」
「……なんで、バスケ部?」
「そ、それは、構成が完璧だからです‼
お父さんのようにみんなをまとめる池田先輩、お母さんのようにみんなを見守る森山先輩、親友とかいてライバルと呼ぶ仲の猿渡先輩と犬養先輩、背が高いけど少し抜けてる三重くんと小さいけど頼りになる高橋くんの兄弟ペア、そしてミステリアス美青年の南くん。もう完璧な構成で、いろんなカプが作り放題、妄想が捗りまくりですっ‼」
「……」
「あ、いえ、その、……ごめんなさい」
気まずい。
夏川さんもしょんぼりと蹲っている。天真爛漫美少女として知られる夏川さんにこんな一面があったとは。
「やっぱり、こんな
夏川さんはそう言って頭を下げた。
「不純な動機でマネージャーになって、ごめんなさい」
「……辞めなくてもいいんじゃないかな」
俺は言った。
「……え?」
「夏川さんはマネージャーの仕事、しっかりやってくれてるし、俺らもそれで助かってるって言うか。妄想とかも別に実害があるわけでもないしさ」
「……」
「夏川さんが辞めたいなら止めないけど。最初に言ってくれた『頑張りを応援したい』ってのも嘘なんだったら」
「そ、それは、違うよ。始めは顔ファンだったけど、試合とか練習でみんなの頑張ってる姿を見てたら、本当に応援したくなったし、支えたいってなったし。でも、それはファンとして推しに投資するのは当然みたいな感じで……」
「じゃあ、いいじゃん。ウィンウィンの関係で」
「で、でも、こんな不純な動機でいいのかな」
「不純な動機で何が悪い‼ 俺だって、バスケを始めたのはモテたいからだし」
「えっ、そうなの?」
「うん。中学の時に『バスケをやったら背が伸びる』って聞いて、身長低いのがコンプレックスだったから、背を伸ばして女子からカッコイイって言われたくて始めたんだ」
「そんな経緯が、
「とうと? まあ、それがきっかけで始めたバスケだけど、今ではバスケの魅力を知って、もっと上手くなりたいとか、試合に勝ちたいとか思うようになったし。だから、きっかけが何であれ、重要なのは今どう思ってるかじゃないかな? 夏川さんも動機は不純だったかもだけど、今、マネージャーとして俺たちを応援したいと思ってくれてるんなら、それでいいんじゃない?」
「そ、そうかな。こんな私でもいいのかな」
「うん、いいんだよ」
「……そっか。じゃあ、これからも、みんなが頑張れるように、私、頑張るね‼」
その笑顔はまさしく夏のひまわりのようだった。
「すまん、夏川。このビブス洗濯しといてもらっていいか?」
「はい‼ 任せてください、部長‼」
次の日からも夏川さんはマネージャーとして元気に働いてくれている。逆に、何かがふっきれたような明るさを感じる。
「ちょっと待って、夏川さん。その洗濯物で変なことしようとしたりしてないよね」
「大丈夫‼ 私、壁になりたい派だから、一線は越えないようにしてるよ‼」
俺はその眩しい笑顔に一抹の不安を覚えるのであった。
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