第6話 直撃!ターゲットの胸の内

 図書室での、あの事件から一夜。

 私は親友である月詠雫の顔をまともに見ることができなくなっていた。


​「……あ、茜。おはよう」


「お、おはよっ!」


​ 教室で声をかけられても、ビクッとしてしまい、視線が明後日の方向を向いてしまう。


 ダメだ。意識しちゃダメだ。


 昨日の、腕の中にすっぽりと収まった雫の感触。ふわりと香った甘いシャンプーの匂い。至近距離で見た、潤んだ瞳……。


​(あああああ! 思い出しちゃう!)


 ​私は机に突っ伏し、頭をぶんぶんと振った。


(落ち着け、私! これは全部、親友の恋を間近で応援していることによる、一種の興奮状態なんだ! そう、吊り橋効果みたいなやつ! 決して、私が雫にドキドキしているわけでは……!)


 ​自分に必死に言い聞かせれば聞かせるほど、心臓は正直にドクドクと音を立てる。

 このままじゃダメだ。このモヤモヤした気持ちを払拭し、親友の恋を応援するという本来の任務に立ち返るためには、もっと強力なカンフル剤が必要だ。


​(そうだ……こうなったら、直接対決しかない!)


 ​昼休み。お弁当を早々にかきこんだ私は、固い決意を胸に席を立った。

 作戦名は、「鈴木くんの気持ちを直接聞き出しちゃおう大作戦」だ。


​「雫、ごめん! ちょっと野暮用!」


「……え、どこに」


「すぐ戻るから!」


 ​引き留めようとする雫の声を振り切り、私は教室の反対側へと向かった。

 そこでは、ターゲットである鈴木大和くんが数人の男子と楽しそうにスマホを覗き込んでいた。THE・陽キャの巣窟。陰キャの私には、近寄りがたい聖域サンクチュアリだ。


​(うぅ……眩しい……! でも、ここで怯むわけにはいかない!)


 ​私は数回深呼吸をし、意を決してその輪の中に飛び込んだ。


「す、鈴木くん! ちょっと、いいかな!?」


 ​自分でも驚くほど裏返った声が出た。

 鈴木くんと、その友人たちが一斉にこちらを見る。え、何この子、みたいな視線が痛い。穴があったら入りたい。いや、今すぐマントルくらいまで埋まりたい。


 ​鈴木くんは一瞬きょとんとした顔をしたが、すぐに人の良さそうな笑顔を浮かべた。


「お、陽ノ森さん? どうしたの?」


「あ、あの、二人で、話が……」


 ​私がもじもじしながらそう言うと、周りの男子たちが、


「おっ?」

「なんだよ大和、隅に置けねーな!」

「告白か!?」


 などとゲスな勘繰りを始める。

 違う、断じて違う。


​「わり、ちょっと行ってくるわ」


 鈴木くんはそんな野次をひらりとかわし、私を教室の隅、廊下側の窓際へと連れて行ってくれた。


(うぅ、なんていい人なんだ……。雫が惚れるのも分かる気がする……)


​「で、話って何?」


 真正面から爽やかな笑顔で問われ、私の心臓は別の意味でバクバクしていた。


(聞くんだ、私! 親友の未来のために!)


​「あ、あのさ! つ、月詠さんのこと……ど、どう思う!?」


 ​私はド直球の質問を投げつけた。もはや変化球を投げる余裕などない。

 私のあまりにもストレートな問いに、鈴木くんはぱちくりと目を瞬かせた。


​「え? 月詠さん?」


 一瞬、誰のことか分からない、という顔をした後、ああ、と納得したように頷いた。


「月詠さんか。そりゃ、クールな美人だよな。高嶺の花って感じ?」


「そ、それだけ!?」


「え、それだけって……。まあ、いつも陽ノ森さんとしか話してないし、正直、ちょっと近寄りがたいっていうか……。クラスの男子も、みんなそう思ってると思うぜ?」


 ​なんということでしょう。

 返ってきたのは、あまりにも当たり障りのない、クラスメイトAのような感想だった。


(嘘だ……。本当は気になってるくせに、照れて隠してるんだ! きっとそうだ!)


 ​私のポジティブ変換機能が、またしてもフルスロットルで稼働を始める。


「で、でも! 雫はすっごく可愛いところもあるんだよ! この前なんて、二人で買い物に行ったんだけど、水色のワンピースがすっごく似合ってて、まるで天使みたいで!」


 ​私が一人で熱弁を振るい始めた、その時だった。

 背中に、突き刺すような視線を感じた。

 ひやり、と氷のような何かが背筋を撫でる。


 なんだろう、この悪寒は。


 ​おそるおそる振り返ると、教室の対角線上、一番遠い場所にある自分の席から雫が、じっと、真顔でこちらを見ていた。


 ​表情は、ない。いつものクールな顔だ。


 だけど、なぜだろう。その瞳は、いつもよりさらに冷たく、絶対零度を通り越して、空間そのものを凍てつかせるような圧力を放っているように見えた。


 無表情のまま、彼女は私と、私の目の前にいる鈴木くんを交互に見ている。


​「ひぃっ……!」


 ​思わずカエルの潰れたような声が出た。

 私の向かいにいる鈴木くんも、そのただならぬ視線に気づいたらしい。


​「うわ、なんか月詠さん、めっちゃこっち見てね? 俺、なんかしたっけ……?」


 ​鈴木くんが冷や汗をかきながら呟く。

 違う、鈴木くん。君は何も悪くない。悪いのは、全部私だ。

 その瞬間、私の脳内には、再び天啓が舞い降りた。


​(や、やばい! これって、嫉妬だ! 好きな人が他の女子と親しげに話しているのを見て、雫が嫉妬してるんだ!)


 ​そうか、そうだったのか。

 なんて分かりやすい嫉妬。そして、なんて可愛いやつなんだ、私の親友は!


​(……じゃない!)


 ​私は慌てて思考を現実に引き戻す。


(ごめん、雫! 私が無神経だった! 君の目の前で、君の好きな人と二人きりで話し込むなんて! どんな罰でも受けるよ!)


 ​パニックになった私は、鈴木くんに向かって叫んだ。


「な、ななな、何でもない! 今の、全部忘れてぇぇぇ!」


​ そして一目散にその場から逃げ出した。

 目指すは、親友の元。誤解を解いて安心させてあげなければ。


 ​背後で鈴木くんが「え、えぇー!?」と困惑している声が聞こえた気がしたが、もう振り返る余裕はなかった。

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