陽炎に揺れる

優眠

春夏秋冬

セミの声がジリジリと頭を侵すような心地で、レンズ越しの視界は、まるで暑さに歪んでいるようにも見える、そんなありきたりな、夏。


サンダルが河川敷の砂利を踏み鳴らし、高く昇った日は僕の肌を黄金色に焼く。汗が頬から顎へと滴り落ち、地面を濡らしてそのまま消えた。

僕の探し人はすぐそこに居た。制服のスカートを風に揺らした彼女は、地面の石を拾って軽く川へ投げる。石は2度、3度と水面を跳ねて、とぷりと川底へ沈んだ。彼女は、それを少し不満げに眺めて、そして、もう一度と石を吟味しだした。


「待った、ちょっとストップ」


これは何度でもやり直すだろうなと思い声を出すと、彼女は軽い足取りでこちらを振り向いて、そして、不満です、と満面に描いた顔で僕を睨みつけた。


「今いいところだったのに!」

「そう言って、投げるの何回目だよ」

「…んー……わかんない、5か6?」

「言わんこっちゃないな」


そんな事ないのになー、と呟いてから、彼女は川端のそばに座り込んだ。ぼうっと川の流れを見つめるその傍へ、石を踏み締めながら歩く。近くには、乱雑に脱がれた長い靴下とローファーが、1組ずつ転がっている。どちらも、うちの学校の女性用のものだ。

それから、使い古されたパレットと、小学校の時から彼女の相棒のバケツくん2号が並んでいた。大きなまっさらなキャンパスの上には、重石替わりなのかは分からないが、携帯型のイーゼルがちょこんと乗っている。

秘密基地であるこの小川は、まだずっと小さい頃に僕が見つけた場所で。彼女の家からは少しばかり遠いが、高校生になった今でも僕たちの集合場所となっていた。


「裸足、暑くないのか?」

「川で冷やしたらそんなに気にならないよ」


沢に手を突っ込んだまま、こちらを見ず答える彼女は、うちの学校の美術部の主将のようなメンバーであり、若き天才画家である。片田舎のこの地元の誇りだ。華々しい桃を、瑞々しい緑を、清々しい朱を、寒々しい銀を。彼女はその白い手で、絵画としてキャンバスに閉じ込めるのだ。

長いカーテンを1つに括り直した彼女は、透明なビニール袋を掲げた。中には写真が何枚か入ってるのが見える。


「じゃじゃーん。見てこれ。写真借りてきたんだ。もっと色んな広葉樹を見たくて!…ねえ、写真同好会の活動、ちゃんとしてるの?全然なかったんだけど!」

「僕に何を求めてるんだ…別に、見たきゃ僕に直接言えばいいだろ」


彼女の隣にしゃがみこみながら、持ってきた団扇でパタパタと仰ぐ。私もー!と便乗してくる幼馴染のなんと都合の良いことか。

うちの学校は美術部と写真同好会の仲がよくて、僕たちの写真を元に絵を描く人だって少なくない。とくに彼女は自然風景の水彩とスケッチを好むので、よく写真を使うのだ。彼女は手に持っていた写真を袋に戻しながら、それはそうだけどさあ、と不貞腐れたように付け加える。


「というか、なんで制服なんだよ。暑苦しい」

「う、えっと………補習で、学校行かなきゃで。写真のついでにさ、受けてきたわけ!そしたら着替えに帰る時間もなくてさ。もう、私だってあっついよ!ファンの充電切れちゃったし」

「ついでって…それはお前が悪いな」

「あーはいはい、この話はいいでしょ!とりあえず、今日描くのは次の文化祭に掲示する絵です!よろしく、アラームくん!」


スカートをはたきながら立った彼女は、投げやりにそう宣言して絵を描く準備にとりかかる。コイツは俗に言う1度集中すると周りの音が聞こえなくなるタイプ、というやつで。中学生なりたてのころに、巡回の警備員さんに呆れられた芸術バカなのだ。曰く、美術室で描いてたら、日が暮れるのに気付かなかったとか。それからというもの、幼馴染として監視役をして、最低限の時間は守らせるようにしている。


「……置いてってもいいんだぞ」

「えーっ、まってよ。ごめんって。ねっ?お願いだよ。私、君がいないと時間忘れちゃうんだってば」

「はあ…まあ、今に始まった話じゃないし。いいよ別に」

「やっぱ幼馴染様々だなー。ありがと」


イーゼルを組み立てながら、にへ、と彼女は愛想良く笑う。それから、彼女はキャンバスをセットすると、1度だけ伸びをした。そして、イーゼルと向き合って筆を執る。それだけで、彼女の纏う雰囲気がガラリと変わるのが分かる。集中モードに入ったのだろう。こうなった彼女は、声をかけるだけじゃ気付かなくなる。

既に下描きがすんだキャンパスに、若々しい緑が侵食する。紙と水の境界が滲む。その筆運びに、迷いは無い。


その光景を、首からさげた少し安っちいデジカメで乱雑に撮った。撮った写真は、やっぱりぼやけてなんも見えやしなかった。

真剣といったふうに描きこんでいく彼女を見ながら、僕はただの、写真好きな写真同好会の、ちっぽけな幽霊部員なんだなあ、とぽつんと思った。

幼馴染とはえらい違いだと、嘲笑うかのように蝉の音と川の声が耳に流れ込んだ。



空のオレンジが丁度藍色に蝕まれていく頃だった。川面がほのかに明るく、これを川明りと呼ぶらしいことを以前、彼女が自慢げに教えてくれた。朱と黄色が埋めつくし、流れに揺れる自然に溢れた光景を撮っていると、後ろから走ってくる音が聞こえた。


「ねえ!暇〜ッ?手持ち花火やろうよー!」

「そんな大きな声じゃなくても聞こえるよ…」


右手ではガサガサ、と袋に入れられた花火たちが音を奏でて、左手ではプラスチックのバケツが持ち手をカコカコ言わせて相槌をうつ。慌ただしく走ってきた彼女は、息を切らして座り込んだ。


「なんでまた唐突に」

「んー、なんとなく?ホラ、青春の1ページってことで!」

「映るのがお前じゃあなぁ」

「なんだとー!?」


幽霊部員である俺に、顧問から、せめてコンテストに出せと言われたのがつい先日。

絵を描く彼女と散る紅葉や銀杏、そして僕らの特別な場所であるこの河川敷を収めた1枚が、コンテストで入選してしまった。最優秀ではなく、別の部門の賞だったが。顧問に急かされて、適当に選んだフォルダの1枚だったのに、「彩」なんて大層な名前とともに学校にも掲示された。彼女はそれをじっと眺めて、そして、何も言わなかった。


「ほらほら、撮るなら早く!」

「はいはい、何枚か撮るから適当に遊んでて」


花火を両手に構えてくるくると回る彼女を撮る。1枚、2枚、私服のワンピースが舞い、その周りを色鮮やかな火花が踊る。

勝手に出してしまったことに、何か言われるとばかり思っていたから。いつもと同じ態度なのを、内心、安心しながらシャッターを切った。被写体が動くと、当たり前に写真はブレるけど。それでも、4枚目をフォルダに保存した。


「…わたしね?凄いなって思ったんだよ」

「なにが?……勉強教えろってまた言うなら、おべっかは要らないけど?」

「あっ…その節はどうも、ありがとうございました。けど違います!凄いのは、君が、君の写真がね!だって私をあんなに綺麗に撮れるの、君ぐらいだし」

「へえ」


火花が落ち着いてくると、彼女は両手に持っていたそれをバケツに突っ込んだ。ジュッと悲鳴があがる。彼女は気にせず新しいものを取り出して、火をつけ直した。今度はしゃがんで大人しく見るようだ。僕も買い換えたばかりのデジカメから手を離して、1本同じものを貰った。


「どっちが先に落ちるか、勝負しよ」

「僕の方が後につけたけど、いいの?」

「あッ…次のやつで!お願いします!」

「まぁいいけど」


朱から緑へ、翠から青へと色を変える線香花火は見ているだけで飽きない。落ちないようにと念じているのか、彼女は眉間に皺を寄せて睨みつけていた。若き天才画家の子供っぽい、年相応の1面だ。高校3年生にしては、落ち着きがないとも言えるかもしれない。


「でもさ、それ以上に、当たり前じゃんって誇らしかったんだよ。私の幼馴染はすごいんだーって。やっと目に触れたかーって!やっぱり君の写真は、色んな人に見てもらうべきだよ!だってあんなに綺麗なんだもん」

「なんだそれ」

「あ、信じてないなー?けっこう本気なんだけど」


ムスッとして彼女が顔を上げた瞬間に、ぽたり、火が落ちた。“あーッ!”なんて悲しみの悲鳴をあげて、しょぼくれながらバケツに残骸を入れる彼女に、声をあげた。


「……僕も、僕も同じだよ。ずっと思ってたんだ。…ねえ、」


美大に行ってくれ、なんて。少し情けない声が出た。僕だって、僕の誇りであるひとが、こんな所にいていい人間ではないと知ってるんだ。もっと先に進める人なんだって。好きを仕事にできる人だって、ずっとそう思っていたから。

振り返った彼女の瞳には、驚きか、それかまだ見ぬ道への期待へなのか、煌めきが宝石のように宿っていた。


僕の松葉は相も変わらずカラフルに咲いていた。

川が流れる音が、やけに大きく聴こえた。



「ったあ、ギリギリだったー!」


マフラーをつけたまま、ぐっと上に伸びをする彼女は推薦をうけたようだった。今まで描いてきたたくさんの水彩画とは別に、きちんと課題のデッサンも終えて、ぎっしりと詰め込まれたスケジュールで提出期限ギリギリに滑り込んだ。

急にやる気を出した彼女に先生も感化されたのか、最後の方は変なテンションだったらしい。言わずもがな、推薦枠は掴みとったようである。職員室ではその話題で持ちきりで、推薦が決まった時、泣いた先生もいるらしい。仲の良い進路アドバイザーがそう言っていた。


「ね、願がけしよ願がけ。付箋に願いをかいて川に流すの」

「それって、不法投棄にならないか?」

「ばれやしないって」

「そうかな」


彼女は“面接受かりますように〜!”とデカデカとかいた付箋を川に投げた。推薦は面接もあるんだっけ、とぼんやり付箋を目で追ったが、すぐに底に引きずり込まれて、そのまま流されたのか、可愛らしいパステルピンクは見えなくなった。


「ほら、書きなよ」

「といってもなー…」


悩んだ結果、“受験がうまくいきますように”と書いてそっと流れに乗せた。手のひらの上で書いた文字はガッタガタになって、縁起でもないなと思った。

付箋は、さっきとは違いぷかぷか浮かんだが、流れるにつれゆっくりと沈んで行った。


「…なんかフツー」

「いやお前も大差ないだろ?」

「推薦枠だからトクベツだし!私のは私にしか書けない願い事だもんねっ」

「面接ではちゃんとしろよー」

「ではって何?いつもちゃんとしてるじゃん!」

「どうだか」


軽口を叩きながら川端に座り込んだ。手袋を忘れた手がかじかんで寒い。上着とマフラー無しには外に出れないほど冷え込んで、雪こそ降らないけれど、季節は確実に冬を迎えようとしていた。受験まであと少し、筆記試験に皆必死である。とくに、国公立を目指す人たちが凄まじい。僕は近くの適当な所に行く予定だし、この前の模試ではA判定だったから、あまり心配はしていないけど。もっと高いところに行けってアドバイザーには呆れられたけど、僕にはきっと、これぐらいがちょうどいい。


「ねぇ、感謝してるんだよ私。私の絵を誰かに見てもらうって想像がつかなかったんだもん。それまでは興味がなくって、ただ好きだから、自分のために世界を見てたの」

「お前、良くも悪くも評価に興味が無いしな。……それで?」

「でもさ、好きを共有するって、ワクワクするね。…秋のさ、写真見た時思ったの。思い出を切り取るって、こういう事なんだって。君が写真に凝ってるわけじゃないのは知ってるけど、暖かくて、それでいて綺麗だった。…ずっとそう」

「…あ、そうだ、最初の写真とか酷い出来だったのに。お前この前のコンクールの絵、僕のずっと前の向日葵の写真使っただろ!」

「えへ、バレた?だって艶々して輝いてるように見えたから、使うしかないなって思って!って、あーもう!言いたいことが言えないから黙っててってば!」


彼女にそう怒られて、少しムッとする。最近、周りの焦った雰囲気にあてられて、彼女とはギクシャクしていて。それもあって、僕は思わず声を荒らげた。


「なんだよ、その言い草。だいたいさ、勝手に写真使うなっていつも言ってるじゃん」

「う、それはごめんってば。……なんでそんな怒んの」

「怒ってない、呆れてるんだよ。……僕個人のより、同好会から借りたほうがいいだろ。うちの部長のとか。せっかくいいやつが沢山あるんだから、そっち使えよ」

「なに、その言い方!まるで君のが良くないみたいに」

「実際僕の写真なんか、何にも価値がないだろ!…僕は、お前みたいに才能があるわけじゃない。お前だって分かってるだろ、秋の入選は、ただのマグレだ」


ずっと思ってきたことが口から零れ出て、止まらない。こんなに言うつもりじゃなかったのに、それでも1度口を開いたら閉じれなくて、ガっと言葉を荒らげた。彼女は才能に恵まれている。色んな人に認めてもらってるのに、結局のところ、自分にしか興味が無い。それが羨ましくて、疎ましい。ずっと、そんなのを隣で見てきたから。僕は、お前が怖い。


「……なんで、そんなこと言うのさ。私は本当に、純粋に、君はすごいと思ってるのに」

「そうかよ。お前はいいよな、僕みたいな凡人の気持ちなんか、知らなそうだ。それにさ、ただの写真にいったい、なんの意味がある?将来が約束される訳でもないんだ。生計を立てられるのは、ひと握り。僕みたいなのが行ったって、何も変わんないよ」

「もういい。君がそんなふうに思ってるなんて知らなかった」


静かにそう言って、何かを考え込むように黙る彼女に、急に頭が冷えた。何を言ってるんだ、僕は。八つ当たりというか、出鱈目にも程がある。少なくとも、今彼女にぶつけるべき言葉じゃなかっただろ。


「………ごめん、言いすぎた。気にしないでくれ」


そこでお互い黙り込んで、僕はやることが無くなって、川の流れをぼうっと眺めた。彼女は1度俯いてから、意を決したようにこちらを見た。寒さで鼻の頭が赤くなっていた。纏めていない髪が暴れて、彼女の瞳に自分の姿が映っているのさえ見えた。


「……あのさ、私も頑張るからさ、だから。…諦めないでよ、写真!」


カメラを持つことをやめて、子供の、ただの趣味にする予定だった。だって、こんな遊びを続けたって、なんの足しにもならないんだから。


「……確かに、仕事にするには難しいかもしれない。写真もそうだし、それは絵でもそう。でも、それでも私、君の撮る写真が1番好きなんだ。写真を撮ることが好きな君の写真が、1番輝いて見えるから」


一つ一つ、彼女は言葉を選びながら噛み締めるように言った。そこで彼女は言葉を止め、ぐっと自分の目を見つめて吐き出すように続けた。


「…お願いだよ。やめないで、写真」


やっとのことで搾り出したというように、紡ぎ出したそれは、もはや祈るように聞こえて。秋に、僕が自分自身で彼女に伝えた言葉が、ふと頭をよぎった。

写真なんてもの、僕はこのまま、忘れるつもりだったんだ。


雨上がりの川は勢いが増して、少しだけ、濁っていた。



やがて、河川敷はすっかり春模様になって。ここには紅葉や銀杏ばかり植わっているのに、川のそばには桃色の絨毯が出来上がっていた。

十中八九、彼女の仕業だと思って笑った。砂利の上に散らばった、この河川敷には不相応な桜に、片付ける人に同情さえした。


「忙しいはずなのに、なにやってんだか」


彼女は無事都会の美大に合格し、この春から晴れて一人暮らしを始めていた。僕もまた、少し遠い大学に進学し一人暮らしをしていて、たまたま帰省して何となく寄っただけだった。僕も寄っている時点で彼女とは同類ではあるが、わざわざ花びらを集めて敷くあたり、彼女はほんとに芸術のひとである。

歩きにくい砂利道を進むと、花びらの円の中心には、緑のバケツがぽつんと取り残されていた。彼女の前相棒、バケツくん1号。取っ手が壊れてから使われていなかったそれの中に、ピンクの便箋が入っていた。

風で飛ばされていたらどうするつもりだったんだろう、と思いつつ、それを拾い上げる。



聞いたよ!写真学科行くらしいじゃん!ってことで私からの激励です。私がいないから一人暮らしは寂しいと思うけど、かわりにバケツくん1号と君の写真で私を思い出してね。

なにはともあれ、君が写真を続けてくれて嬉しいです。もちろん、私も君に追いつくように頑張るから!帰省したらまた写真撮ってください!こういうのあまり書いたことないから恥ずいので、ここらで終わりにします。P.S.次会ったときこの話ナシね!



彼女らしい、メッセージとも意思表明とも言えるような言葉の羅列に、思わず苦笑していた。変な所で謙虚で、よく言えば向上心がある。そうじゃなきゃ、僕に追いつけるように頑張る、なんて言わないし。


カメラを手放そうと、何度だって思った。機材の費用だってバカにはならないし、カメラで世界を撮る度に、ずっと、劣等感が付き纏って。それが、嫌だった。


桃色の便箋を紙飛行機になるように折った。

冬のはじめ、あの時みたいに願がけのつもりで目を閉じた。ペンが無くとも、紙に気持ちを乗せるくらいはできるから。


「僕だって、ずっと憧れてた。その性格が、才能が、羨ましかったんだ。…僕も、頑張るよ。お前に追いつけるように」


冬に、彼女が続けてよと言った時。好きなものを続けてきた彼女に、僕の写真が好きと言われて。僕は、嬉しかったんだと思う。それから、写真を撮るのが好きだって、もう1回、強制的に自覚させられたから。もう僕は、カメラを手放すにはきっと、遅すぎた。


空に向かって、飛ばした。

するりと手から抜けて、空中に浮いたその瞬間に。僕はカメラを構えて、その紙飛行機を写真に切り取った。


川波が陽で煌めき、近くには夏が芽吹いていた。



ベランダに吊るした風鈴が涼しい音を奏で、通行人はみなパタパタと仰ぎながら、コンクリートの上をせかせかと歩いていく。夏休みに入ったからか、最近は制服姿の学生をあまり見なくなった。


「懐かしいなー、これ」


フィルム越しに写真を撫でた。指の腹が、切り取った思い出の上を滑った。

絵を描くすがたも、手持ち花火を持つすがたも、紙飛行機も。全部に想い出があって、すべて鮮明に思い出せた。


アルバムはそろそろ4冊目を越えようとしているところで。整理しようとひらいたアルバムのページには、高校時代の写真がたくさん入れてあった。この時の僕は、彼女ばかり撮っていた気がする。なにせ、あの秘密基地と彼女の写真しかないから。懐かしくて、つい笑ってしまった。

僕はなにもせず、そのまま、アルバムを閉じた。最近彼女とは、連絡が途絶えていた。大人になってから秘密基地にも寄らなくなって、お互い忙しくて、なんとなく気まずくて。それを寂しいと思ったのは、いつぶりだろうか。思わず笑みが零れて、






たぶん、好きだったんだなあ、なんて。柄にもなく思った。






セミの声がジリジリと頭を侵すような心地で、レンズ越しの視界は、まるで暑さに歪んでいるようにも見える、そんな何度目かの夏。

ふと、窓から空を見上げた。川波を模した風鈴が揺れる。開けっ放しの窓から、湿気のある風が吹きぬけていく。


ああ、また夏が来た。


夏の匂いが、閉じたアルバムの表紙を撫でた。

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