16:報復プロトコル
“マザー”からのメッセージが消えた瞬間、世界が悲鳴を上げました。
村人たちが歓喜の声を上げていた黄金色の畑が、一瞬にして色を失い、すべての作物が黒い塵(データ削除の残滓)となって崩れ落ちていきます。わたくしが施した「祝福(バフ)」が、より上位の権限によって強制的に無効化されたのです。
空が警告を示すかのように真っ赤に染まり、地面が映像ノイズのようにピクセル化し始めました。家々は形を保てずに崩れ、重力のパラメータが狂い、岩が宙に浮き始めます。辺境領というセクターそのものが、システムから“削除”され始めている。
「これが…“報復プロトコル”! 領域(セクター)ごとフォーマットしやがった! 逃げるぞイザベラ! ここはもう保たねえ!」
カイウスの絶叫が響きました。
わたくしは我に返り、恐怖に怯える村人たちに叫びます。
「エララ! 皆を連れて【始まりの揺り籠】へ! あそこは未実装領域、システムの干渉が及ばないはずです!」
わたくしとカイウスは、崩壊する村を駆け抜け、屋敷の地下にある転移魔法陣へと向かいました。道中、自分たちが築き上げた全てが、まるで存在しなかったかのように消えていく光景を目の当たりにします。
地下へたどり着いた瞬間、エララから魔道具を通じて最後の通信が入りました。
「聖女様…! どうか、ご無事で…!」
その声を最後に、通信は途絶えます。
転移魔法陣を起動しながら、カイウスが絶望的な声で分析結果を告げました。
「今の一瞬で分かった。俺たちの権限じゃ、マザーの攻撃は防げねえ。桁が違いすぎる。だが、それ以上におかしいのは…」
彼はわたくしの目を見て、信じがたい言葉を続けます。
「アリアから得た情報にあった**『最終管理者権限保持者:アルフレッド』**…あれが真実なら、この世界のシステムにおいて、あのバカ王子の命令は、マザーのそれすらも上書きできる、絶対的な最優先コマンドってことになる」
なぜ、あの愚かな王子が? 彼は自覚しているのか、それとも無自覚な“鍵”なのか。
すべての謎が、一人の男へと収束していきます。
転移魔法陣の光に包まれながら、わたくしは次のターゲットを、その脳裏に明確に刻み込みました。
「…行く先は、決まりましたわね、カイウス」
崩壊する世界を背に、わたくしは静かに告げました。
「――王都へ戻ります。そして、直接お話を伺いましょう。我らが王太子、アルフレッド殿下に」
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