悪役令嬢とヒロインの微ざまぁ物語

海灯

第1話

 ついに来たのね。この時が……








*******








 シャンデリアから溢れる光の下に集う若者達。王立学園の卒業パーティーを楽しんでいる卒業生達だ。

 この卒業パーティーは、卒業前の貴族子息女にとって憧れの場所である王宮の大広間で行われている。

 この大広間に入った瞬間の彼等の表情はなかなか面白かった。初めて訪れる者が多いからか、皆が皆、王宮の煌びやかさに飲まれたかのように恍惚とした表情を浮かべていたのだ。


 こうして周りを見渡してみるとそこら中で小さな塊を作っているようだが、彼等は何を話しているんだろう。


 学園での思い出話に花を咲かせているのかしら。

 それとも、これから一人の成人として大人達の世界へと旅立つ己達の今後に夢を語っているのかもしれないわね。

 ふふ。もしかしたら、学園生活の中で生まれた恋慕を伝えようとしている人達もいるのかも。




 そして私は、悪役令嬢である私はこの時を待っていた。転生前から知っていた未来に起こるであろう『婚約破棄』を。




 ここが前世で読んでいた異世界恋愛小説『アモール-真実の愛』の世界だと気づいた時は驚いたけど、冷静に考えれば未来がわかっているなんてありがたいことだ。私は異世界恋愛小説を嗜んでいたものの、その物語に登場する多くの王子様達に一切魅力を感じなかった。当然『真実の愛』に目覚めちゃった系の王子様は大の苦手。ここは頑張って婚約破棄されるように努力せねばと、今日までの日々を過ごしてきたのだ。


 今日この場所で私は婚約者であるカルロス・ディアマンテ第一王子殿下から婚約破棄を言い渡される予定だ。

 とは言え、小説の様に私の家族を爵位剥奪の上、平民落ちさせて露頭に迷わすわけにはいかない。望むは婚約破棄のみ。だからヒロインへの嫌がらせなんてせず、ただただカルロス殿下とヒロインが仲睦まじくしている様を邪魔しないように気を付けた。それだけでもカルロス殿下は『真実の愛』なんてものに浸って、私との婚約を破棄してくれるはず……と信じている。毎日「ティアモ(愛してる)」とか言いながらヒロインを愛でているんだから、きっと大丈夫。

 仮に小説の強制力? 的なものが働いて冤罪を被せられるとしても、せめて私だけ国外追放とかで勘弁して頂きたいと神様に祈っておこう。うん。




 そんな思いでカルロス殿下がヒロインことクララ・トゥルマリア子爵令嬢の腰を抱きながらこちらに向かってくるのを見つめていたら、緊張がピークに達して顔が強張ってしまった。

 いけない、いけない。淑女スマイルを維持しなければ!!








*******








「エレナ。君に話があるんだ」


「カルロス殿下、ご機嫌麗しく。

 お話、拝聴させて頂きます」




 そう言って私は淑女スマイルをキープしつつ、今までの人生の中で最高のカーテシーを披露した。

 今、この瞬間から私の一世一代の舞台の幕が開く。

 この日の為に筋肉痛になりながらも何度も何度もカーテシーを練習してきたと言っても過言ではない。




「じゃ、行こうか」




 ん? あれ?

 ここで婚約破棄されるんじゃないの??


 と思っている内に、カーテシーのまま床を見つめる私の横を通り過ぎ、カルロス殿下とクララ嬢は出口の方へと足を進めてしまった。

 なんだかよくわからないけど、付いてった方がいいのよね?

 混乱し焦る内面を隠しつつ、私は優雅に小走りでカルロス殿下達の後を追うことにした。








*******








 やって参りました休憩室。

 休憩室に入った私はカルロス殿下の促しに従いソファーへと腰を下ろした。もちろんカルロス殿下の隣はクララ嬢だ。




「エレナ。薄々勘づいていると思うけど、話というのはクララのことなんだ」




 お? 来たか?

 カルロス殿下も公衆の面前で婚約破棄しないぐらいの分別はあったのね。良き良き。




「はい。承知しております」




 はいはい、ちゃんとわかってますよ! つい淑女スマイルを超えるスマイルを炸裂してしまったわ。




「話が早くて助かるよ。

 側妃はやっぱりクララかなって思ってるんだけど、二人にも関係することだから事前に知らせておこうと思ってね」


「「は?」」




 私とクララ嬢の声が重なった。




「エレナは知的で美人。クララは馬鹿で可愛い。どちらも捨てがたいんだ。

 そこで王妃にはエレナ、側妃にクララが妥当だと考えているだけど、良い考えでしょ? エレナの父君であるサフィーロ公爵の後ろ盾も魅力的だしね」


「「……」」


「もちろん次の国王となるのはエレナの息子だよ。君との子ならば優秀だろうから、ちゃんと息子を産んでね。

 クララは可愛いからきっと君との子も愛らしいだろうね。是非とも娘を産んで欲しいな。

 出来れば隣国の王太子に嫁がせたいけど、僕の計画が素晴らしからと言って隣国の事まで采配することはできないからどうなるかわからない。

 フッ。僕の役に立つ娘を産んでくれること期待しているよ」


「「…………」」




 絶句とはこのことだ。脳みそが考えることを拒否しているかのようにカルロス殿下の言葉が耳から耳へと通過する。




「あ、あの、カルロス様。私が『真実の愛』ではなかったのですか?」




 震える声でクララ嬢が問うた。

 この子凄いわ。ちゃんと脳みそを動かしてカルロス殿下の言葉の意味を理解したのね。




「君が『真実の愛』だよ。

 フフッ。やっぱり君は可愛いね。真実の愛だからこそ側妃として迎えるんだ。

 政治として、女性としてもエレナは外せない。となれば家格的にはエレナが王妃、君が側妃でしょ?」




 クララ嬢は顔を真っ赤にして唇を噛んでいる。




 うん。 ちょっと頭を整理しよう。

 何故こんなことになったの? 小説と違うんだけど……どこで何を間違った?


 ちっ、ちっ、ちっ、ちーん!!


 そ、そう言えばカルロス殿下は小説のように私を罵倒することが無かったわ。つまり嫌われてないってこと? だからって婚約破棄ではなく王妃なんて話になるの?

 罵倒されないのはなるべく顔を合わせないようにしていたからだと思ってたけど、えぇ~違うの!?




「そんな……小説と違う…………」


「!! 『アモール』?

 クララ嬢、貴方もしかして……」


「え? もしかしてエレナ様も……」




 思わずお互いを凝視してしまった。




「小説? 『アモール』? 一体何の話だい?」




 カルロス殿下の言葉を無視してクララ嬢と目を合わせしっかりと頷いた。




「カルロス殿下。少しクララ嬢とお話する時間を頂けますでしょうか」


「? クララと仲良く出来るか心配なの? まぁ、いいよ。二人には仲良くしてもらいたいからね。

 僕を取り合って王妃と側妃にギスギスされると僕も居心地が悪いからね。

 じゃ、話の続きは後日改めて声を掛けるよ。

 僕は先に会場へ戻るね。チャオ(またね)」




 そう言ってカルロス殿下は手をひらひらさせながら休憩室を後にした。








*******








「「無いわぁ~」」




 私とクララ嬢の心の叫び。本当に無いわ。

 何なのアイツ。何が『チャオ』よ! スペイン過ぶれ男め!! 異世界でスペイン語が通用すると思うなよ!!!




「えぇと、貴方も転生者?」


「はい。エレナ様も……ですよね?」


「そうよ。『アモール』を知ってるのよね?」


「はいっ! カルロス様の大ファンですっ!!

 あの完璧な金髪碧眼。今日のお姿見ましたよねっ? ねっ?? 正装姿、完璧ですぅ~」




「ほぅ」と言いながら夢見心地なクララ嬢を思わずジト目で見てしまった。

 そんな私のジト目に気づいたクララ嬢は「こほんっ」と咳払い一つで態勢を整えた。




「いえ、訂正します。大ファンでした。

 私を側妃!? 『真実の愛』って何? 『アモール』じゃなかったんですか??」


「だよねぇ。私も婚約破棄されると思ってたんだけど予定が狂ったわ」


「ということは、エレナ様は婚約破棄されたかったんですか? カルロス殿下のことをお好きでは……」


「無いわよ。王子様って好きじゃないのよねぇ。それに王妃なんて面倒なことしたくないわ」


「えぇ~。王妃様、いいじゃないですかぁ。私は憧れるな!」


「王妃なんて大変よ。貴方、王妃教育を受けてないからそんな事を言えるのよ。地獄。温い日本社会で生きてきた私には、まさに地獄だったわ」


「そんなにですか?」


「そうよ。王国内外のことは学園で学ぶよりもっとディープに、歴史なんてものすっごい昔から。縄文時代から事細かに覚えるようなものよ。外国語だって五カ国語読み書きできるようになったわ。文字だって癖のないように教科書のような文字が書けるようになるまで何度も何度も練習させられて」




 やばい、思い出したら目から熱いものが……




「ぐすっ。貴方も貴族令嬢だからわかるでしょ? この世界、日本とは大違いだわ」


「そうですよねぇ。私、姿勢が悪くてかなり訓練させられたお陰で腹筋バキバキですよ。中腰の姿勢も多いから大腿四頭筋、ハムストリングスも発達しちゃってるし」


「そうよね。貴方も辛かったわよね」




 私達はそう言って抱き合った。

 ってか、お互い労り合ってる場合じゃなかったわ!!




「こんなことを話してる場合じゃないわ。

 クララ嬢、カルロス殿下の弱み、何か知らない?」


「あっ、クララって呼んで下さい!

 それで弱み……ですか?」


「あら。では私のことはエレナって呼んでちょうだい。

 そう、弱み。このままだと王妃にさせられてしまうわ。

 婚約破棄される気まんまんでカルロス殿下とはなるべく関わらないようにしていたからあまり彼のこと知らないのよね。王妃教育のついでに王宮で顔を合わせることもあったけど、意味のある会話もしてこなかったし。

 何の瑕疵も無いのに公爵家から王家に婚約解消を言い出すことはできないわ。 

 私、クララ達に何も文句言ったりしなかったでしょ? もし『真実の愛』で浮気しましたって訴えても、カルロス殿下を嗜めることもしなった私にも責任があると言われてしまうわ」


「そうですよ! そうなんですよ!! エレナさんが全然私をいじめてくれないから苦労しましたよ。

 いじめの事実が無いとカルロス殿下と結ばれないんじゃないかと思って何とかいじめを捏造したんですよ。頑張っちゃいましたよ」


「『さん』付けなんていいのに。まぁ、いきなりは無理か。

 それで捏造? 何したの?」


「えっと、ノートをビリビリに破いたり、ドレスをちょっと切ったり。うち、貧乏なんでドレスをバンバン新調するわけにもいかないんで、ちょこっと切ってリメイクして着てましたけどね」


「それ、カルロス殿下は信じたの?」


「はい。『可哀そうなミアモール(私の愛しい人)』とか言って、後でエレナさんを叱っておくって言ってたんですけど……全然叱られてなさそうですね?」


「え、えぇ。全く。

 まぁいいわ。とりあえず弱みを知ってたら教えて欲しいの。父にチクって何とか婚約解消できるようにするわ」


「えぇっと、弱みですか……」




 そう言って彼女は考えだした。

 あまり弱みはないのかしら。成績も常に主席で浮気以外の態度は王子様そのものだったものね。

 だからこそ今日の発言を聞いてカルロス殿下を三度見する勢いで驚いたわ。あんな鬼畜思想を持ってただなんて、恐ろしい……




「弱みって言っても難しいか。カルロス殿下は完璧な王子様っぽいものね」


「いえ、完璧ではなかったですよ。

 婚約破棄できる程の弱みなのかわかりませんが、カルロス様って常に成績首位だったじゃないですか。あれって教師を買収してたんです」


「え? そうなの?」


「はい。前に一度、その場面に出くわしたことがあります。実際、どの程度の成績だったのかはわかりませんが、結構、お勉強が苦手そうでしたよ?

 私のこと馬鹿って言ってましたけど、きっとカルロス様も馬鹿ですよ。

 お勉強しなくていいのか尋ねた時、『政務の細かいことは宰相と側近に任しておけばいい。国王は下々の者が提案したことを吟味すればいいだけだ』って言ってましたもん」




 何うぉぉ!? 宰相ってうちの父じゃん! 多分、父が引退したら兄が宰相(予定)。公爵家の後ろ盾と頭脳を利用する気まんまんじゃん! 許せんっ!!


 それにしてもクララ、カルロス殿下の物真似上手いな。

 とりあえず、その情報頂きます!




「ふふふ。良い情報をありがとう。

 きっと婚約解消、いえ、王位継承権は剥奪されるはずよ!!」




 私はビシィっと言ってやった。




「ふぇぇ? 買収しただけで?」


「えぇ。言ったでしょ?王妃教育ってそれはそれは厳しかったの。上に立つ者にはそれ相応の能力が必要よ。

 この王国は女性を軽んじてるところはあるにしても実力主義でね、そんな人任せの政治をするような国王には誰も付いていかないわ」




 カルロス殿下のことは好きでは無かったけど、王妃教育が辛くて同じように帝王学を学んでいるカルロス殿下を同志だと思ってたのにがっかりだわ。どうりで王宮の教育係にカルロス殿下の学習の進捗具合を尋ねてもお茶を濁す態度を返されたわけだ。あの態度も今となっては頷けるわ。

 進捗具合は教育係から国王や王妃に報告されてたはず。この分だと王宮の教育係も買収されていた可能性は高いわね。




「少し時間を頂戴。

 あの男の立太子、阻止してみせるわ。そして婚約解消よ!!」




 私は決意を新たに拳を天に突き上げた。




「ところで、クララはカルロス殿下と添い遂げようとは思ってないの?」


「いやいやいや。あんな事言っちゃう王子様ですよ? 百年の恋も冷めますよ」




 ですよね~。








*******








 それから一か月後。

 無事、カルロス殿下は王位継承権を剥奪されて、北の辺境手前にある小さな領地を拝領してディアマンテ改めカルロス・トント男爵として旅立った。


 教師を買収して成績首位を獲得していただなんて小賢しい事、国王陛下や私の父が許すはずがない。

 仮に成績が優秀で無くてもその事実を真摯に受けとめ、更なる努力をすることが大事だったのだ。いくら実力主義のお国柄と言っても、その努力を無視することはない。国王陛下になるにはあまりにも……的な感じであればちょっと難しいかもしれないけど、カルロス殿下はそこまで阿呆だったとは思えない。

 努力し続けることが出来ることも実力の内だと気づければ良かったのにカルロス殿下は国王陛下という立場を軽んじて他人任せな政治をしようとした。

 安易に楽な方へと進んでしまった彼の自業自得だ。

 当然買収された学園教師や王宮の教育係も処分を下されて、素晴らしい結果となった。


 ふふん。やってやったわ。

 もちろん、婚約も解消よ!!








*******








「お久しぶり」


「お久しぶりです、エレナさん」




 カルロス追放に向けての動きを知らせる為にちょくちょく手紙でやり取りしていたものの、クララと顔を合わせて話をするのはカルロスのとんでも発言の時以来だ。


 クララに対しては私に冤罪を被せようとした恨みがちょっとある。だけどノートをビリビリ、ドレスをビリッなんて可愛いもんだ。

 手紙のやり取りをする内に同郷ということもあり、かなり情がわいてしまった。


 そんな私達は王都に出来た新しいカフェに来ている。ふふ。どんなスイーツを食べることができるかしら。




「手紙に書いてあったけど、本当にトント男爵の求婚を断って良かったの?」


「はい。あの人の本心を聞いて付いて行こうなんて思えませんよ。

 私の前世の両親、お互い愛人が居て夫婦仲冷え冷えだったんですよねぇ。ただ離婚していないだけって感じで。

 その反動で一途に想ってくれるような旦那さんに憧れててたんです。

 だからこそ『アモール』のカルロス様が好きだったんですけど、私だけを大事にしてくれる……そう思ってたのに……あはは」




 そう言ってクララは泣きそうに笑った。

 彼女は本当にカルロスのことが好きだったのね。彼女の表情を見て、カルロスを追いやって喜んでいる自分に少し罪悪感を覚えてしまう。

 だけど、今やり込めなかったとしてもきっとあの男はいずれ本性を現す。その時にはもっと傷つく結果になってたかもしれない。

 そう思うことにしよう。


 うむうむと頷きながら注文した紅茶に口を付けた。

 紅茶の香りは良いけど少し渋いわ。これはもうちょっと教育が必要ね。

 そんな事を想っていたらクララが少しこちらを伺うように言葉を発した。




「小説の通りに事を進めようとしていた私が言うのも何ですが、エレナさんは婚約破棄されようとしてたんですよね?

 婚約破棄した後、どうしようと思ってたんですか?」


「ん~、婚約破棄されたような令嬢に求婚するような人もいないだろうから、なんとか修道院送りを回避して、どこかで貴族相手にカフェでも開こうかなって。今までなるべく無駄遣いしないように資金を貯めてたの。

 ふふ。今日はカフェがオープンしたって聞いたから敵情視察よ」


「なるほどぉ。だからここで待ち合わせだったんですね!

 でも、この王国だと女性がカフェを経営するのって難しいですよね」


「そうね、奇異な目で見られるかもしれないわね。まぁ、どうせ婚約破棄された貴族令嬢なんて腫れ物扱いよ。それを望むくらいなんだから奇異な目で見られても気にしないわ。女性が経営者でも気にしない国に行ったっていいんだし。

 だけど王国でとなるとカフェの経営に影響は出るかもしれないわね……父や兄に経営者として名前を貸してもらうようにしようかしら……(ぶつぶつぶつ)」




「ふふ。私は前世でパティシエだったの。

 自分が作ったスイーツを誰かが美味しいって食べてくれるのを見るのだけでも幸せだわ」


「わぁ~いいですねぇ~パティシエ。私、そっち方面は全然ダメだったからなぁ。

 私は服飾デザイナーだったんです。

 だから王妃になって自分でデザインしたドレスを身に付けてファッションリーダーになれるかも? なんて夢見てたんですよね」


「確かにリーダーになれる可能性は高いわね」


「ですよね?

 でもそれもダメになっちゃったし。はぁ~」


「クララはこれからどうするの?」

 

「うちの両親、凄い上昇志向が強いんです。

 だからどっかの高位貴族の後妻とか、それが無理なら金持ちに売られるように結婚させられてしまうでしょうね」




 クララが諦めたようにニヘラと笑った。

 あのまま王妃になっても、あのカルロスが国王陛下だと行く末は地獄。王妃にならなかった今、一途な愛を求める彼女にとっては愛の無い婚姻も地獄だろう。

 王妃教育の地獄は地獄であれど、自分の実になる教育だ。彼女の抱える地獄とは比にならない。

 何とかならないかしら……




「ねぇ、子爵家から出て平民になるって手もあると思うわ」




 私の言葉を受けてクララはフルフルと首を振った。




「利用できそうな私を両親が簡単に手放してくれるとは思えません。家出をするにしても先立つものもありませんし」


「ん~何か手はないかしら……

 例えば、例えばよ、クララは何か前世を活かしてチートをかますことはできないかしら?」


「チート?」


「そう。そうすれば、うちの公爵家が出資して商会を起こすとか。

 上昇志向の強いご両親であれば、公爵家との繋がりができるだけでもかなり喜ぶんじゃない? だけど、うちの父と兄から資金を出させる為には何か惹かれるようなことがないと難しいわ。私個人だとクララに出資できる程の資金はないし……

 それに、仮にそうなったとしてもご両親はクララが手に入れるお金を狙ってきそうね。それも何とか考えなくちゃ」


「えへへ。心配してくれてありがとうございます!

 そうですねぇ。

 私、前世では美容関係にも興味があってスキンケアとかヘアケアは自作した物を使ってたんです。

 今も自分で作ってるんですよ!」




 そう言われてクララをじっくり見てみると……確かに綺麗。

 私は公爵家に生を得て恵まれていた。何人もメイドを付けてもらい、彼女達はいつも私をピカピカに磨いてくれる。

 でも彼女曰く、子爵家は貧乏だ。であれば、彼女を磨いてくれるようなメイドがいたかどうか。




「ちょっと失礼」




 クララに断わってから彼女の頬に触れた後、髪の毛に手をやった。




「肌はすべすべ。髪も艶があるしコシもあるわ。

 やっぱりヒロインと言えばピンク髪よね! 素晴らしいピンクだわ!!」


「えっ、そうですか? えへへ。嬉しいですぅ」




 そう言ってクララは嬉しそうに照れ笑いをした。

 ピカピカに磨かれているはずの私よりピカピカかもしれない……悔しいやど、負けてる可能性も無きにしも非ず!?

 ん~ん~でも! でもこれは、いけるかもしれない!!

 女性の美に対する飽くなき探究心はどこの世界でも共通なのだから。




「この世界の美容関係の製品っていまいちだったので自分で作ってみたんです。お金が無いので材料はそこら辺に生えてる薬草なんですけどね。

 エレナさんに褒められると嬉しいです。えへへ」


「研究したらもっと良い製品ができるかもしれないわ。

 ねぇ、うちの母や公爵家のメイド達を巻き込んでテスターを増やして色々試してみない? それで成果が出たら父と兄に話を持って行きましょう」


「ほ、本当ですか?

 わぁ~何だかワクワクしてきました!!」




 ふふ。今ならカルロスの気持ちがよくわかる。確かにクララは可愛らしいわ。

 頬を上気させている様は、次なる夢を見ている少女そのものね。


 そんな風にクララを堪能していると、急にクララが笑い出した。




「くすくす」


「クララ? どうしたの?」


「くすっ。

 私達、カルロス様に『ざまぁ』してやりましたね。くすくすくす」


「ふふ。そうよ、やってやったわ。

 だけど『ざまぁ』と言うには軽いわ。男爵とは言え貴族だし、領地もあるのよ?

 まぁ、あの領地に住んでる人は少ないから税収も微々たるものだろうけど、頑張れば這い上がってこれるはず。

 さしずめ『微ざまぁ』ってところね。ふふふ」




 私達は店員が持ってきてくれたスイーツに手を出すことも無く、暫く「くすくす」「ふふふ」が止まらなかった。




「よしっ! じゃあ、今後のことだけなんだどね……」

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悪役令嬢とヒロインの微ざまぁ物語 海灯 @umiakari

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