第3話 三十八歳の初陣

ポータルを構成していた青白い光の粒子が、まるで陽炎のように揺らめきながら霧散していく。

その光が完全に晴れた瞬間、斎藤誠一の全身を、ひんやりとした、湿った土の匂いが包み込んだ。

先ほどまでいた国際公式ギルド新宿支部の、清潔で、どこか無機質な空調の効いた空気とは全く違う、生命そのものの匂い。壁一面に自生する発光苔が放つ、ぼんやりとした青白い光が、洞窟の壁の凹凸を幻想的に照らし出している。天井から滴り落ちる水滴が、数秒に一度、彼の足元の水たまりに、ポツン、と静かな音を立てていた。

F級ダンジョン【ゴブリンの洞窟】。

昨日、ネットカフェの小さな画面で、嫌というほど見続けた光景。だが、実際にこの場に立つことで得られる情報の密度は、画面越しのそれとは比較にならなかった。


(…ここが…)


誠一は、ごくりと喉を鳴らした。

彼は、その右手に、今朝アメ横の安売り店で買ったばかりの、一本の短いナイフを握りしめていた。退職金には手を付けず、雷帝ファンドから支給された100万円の中から、ほんの数千円を支払って手に入れた、彼の最初の「相棒」。

ひんやりとした、鉄の感触。それが、彼の、その浮ついていたはずの心を、すうっと、研ぎ澄ませていく。

彼は、昨日一夜漬けで頭に叩き込んだ、初心者向けガイドの記述を、心の中で反芻した。

(…F級ダンジョンは、入り口付近が最も安全。まずは、一体ずつ、確実に…)

彼の、その三十八年間のサラリーマン人生で培われた、石橋を叩いて渡るような慎重さ。それが、この未知なる世界での、彼の唯一の羅針盤だった。

彼は、息を殺し、壁際に身を寄せながら、洞窟の奥へと、その最初の一歩を踏み出した。


数分、歩いただろうか。

最初の、曲がり角。その奥から、グルル…という、低い唸り声が聞こえてきた。

(…来たか)

誠一の心臓が、ドクン、と大きく脈打った。

だが、不思議と恐怖はなかった。

むしろ、これから始まる、未知なる「交渉」を前にした、営業マン時代のような、静かな、しかし確かな高揚感が、そこにあった。

角から、一体のゴブリンが、その醜い緑色の頭を覗かせた。その濁った瞳が、誠一の姿を捉えた、その瞬間。

「グルアアアアアッ!」

獣のような叫び声を上げ、その手に持つ粗末な木の棍棒を振りかぶり、一直線に突進してくる。

誠一は、そのあまりにも直線的で、そしてどこまでも予測可能な攻撃パターンを、冷静に見極めていた。

彼は、その突進を、半歩だけ横にずれることで、紙一重でかわす。

そして、そのがら空きになった、ゴブリンの、その無防備な脇腹。

そこに、彼はその手に持つナイフを、まるで吸い込まれるかのように、突き立てた。

ズブリ、という、生々しい手応え。

ゴブリンは、その濁った瞳を驚愕に見開いたまま、その動きを止めた。

誠一は、一切の躊躇なく、その柄を、さらに深くへと捻り込む。

そして、引き抜く。

ゴブリンは、声一つ上げることなく、その場に崩れ落ち、そして満足げな光の粒子となって、この世界から完全に消滅していった。

後に残されたのは、絶対的な静寂と、そしてその中心で、まだ血糊の付いたナイフを構えたまま、荒い息をつく、一人の男の姿だけだった。

彼の足元には、紫色の、F級魔石ませきが一つ。そして、汚れたゴブリンの耳が、一つ、転がっていた。


「…なるほどな。こんな感じか」

誠一の口から、感嘆と、そして納得の声が漏れた。

「意外と、緊張しないな」

そうだ。

理不尽なクレームを入れてくる取引先の部長や、陰湿な嫌がらせをしてくる上司。それに比べれば、このゴブリンという生き物は、あまりにも、正直で、そして分かりやすかった。

暴力には、暴力で応える。

その、あまりにもシンプルで、そしてどこまでも公平な世界の理。

それが、彼の、その疲れ切っていたはずの心を、不思議と、軽くさせていた。


「よし。じゃあ、どんどん倒していくか」

彼は、その最初の戦果を、インベントリへと収納すると、その口元に、獰猛な、しかしどこまでも楽しそうな笑みを浮かべて、洞窟の、そのさらに奥深くへと、その歩みを進めていった。

そこから始まったのは、もはや戦闘ではなかった。

ただ、効率的な「狩り」だった。

彼は、サラリーマン時代に培った、リスク管理能力と、分析能力を、この未知なる世界で、遺憾なく発揮し始めた。

彼は、決して深追いはしない。一体、あるいは二体のゴブリンを、確実に仕留めては、一度後退し、周囲を警戒する。その、あまりにも地味で、しかしどこまでも確実な立ち回り。

それに、ゴブリンたちは、なすすべもなかった。

彼らは、その狡猾な狩人の前に、ただの経験値と、そして魔石ませきへと、その姿を変えていくだけだった。



彼が、その日、十数体目となるゴブリンを、その手慣れた手つきで処理し終えた、まさにその時だった。

彼は、思わず足を止めた。

洞窟の次の曲がり角、その奥から、ぼんやりとした青白い光が漏れている。

(…なんだ?)

彼は、息を殺し、慎重にその角へと近づいていった。そして、その光景に、彼は言葉を失った。

そこにいたのは、一体のゴブリンだった。

だが、そのゴブリンは動かない。まるで、時が止まったかのように。

その全身が、半透明の、そして内側から淡い光を放つ、美しい青白い水晶のような物質に、完全に封印されていたのだ。水晶の表面には、彼が読めない、古代のルーン文字のようなものが明滅している。

それは、あまりにも異様で、そしてどこか神々しい光景だった。


「おっ。これが、エッセンスか」

彼の口から、納得の声が漏れた。

昨日、ネットカフェで読み漁った、SeekerNetの初心者向けガイド。そこに、確かに、この現象についての記述があった。

『稀に、エッセンスモンスターと呼ばれる、特殊な個体が出現する。彼らは、自らの魔力を結晶化させ、その中に閉じこもっている。この結晶を破壊し、中のモンスターを倒すことで、特殊なクラフトアイテム「エッセンス」を、確定でドロップする』

そして、彼はその記事の、最も重要な一文を、思い出していた。

『F級ダンジョンでドロップする、最も低級なエッセンスですら、ギルドの換金所では、1万円以上の高値で取引されている』


(…1万円か。美味しいな)

彼の、そのサラリーマンとしての、損得勘定が、瞬時に作動する。

だが、同時に、記事の、もう一つの記述も、彼の脳裏をよぎった。

『ただし、エッセンスによって強化されたモンスターは、通常の個体とは比較にならないほど、強力である。初心者は、決して一人で挑むべきではない』

(…多少、強い、か)

彼は、ゴクリと喉を鳴らした。

目の前の、その青白い光。

それは、彼にとって、甘美な蜜であると同時に、未知なる毒でもあった。

数秒間の、葛藤。

だが、彼の、その心は、すでに決まっていた。

彼は、この新しい世界で、もう二度と、リスクから逃げないと、誓ったのだから。


「よっしゃ、いくか」

彼は、そう呟くと、その結晶へと、その手を伸ばした。

彼が、そのひんやりとした表面に触れた、その瞬間だった。

パリンッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

甲高い、ガラスが砕け散るような音。

結晶は、その美しい姿を維持できず、無数の光の破片となって、砕け散った。

そして、その中心から、一体の、これまでのどのゴブリンとも比較にならないほどの、禍々しいオーラを放つ、ゴブリンが、その姿を現した。

その目は、憎悪の赤い光を灯し、その棍棒は、青白い、絶対零度の冷気を纏っていた。

「グルオオオオオオオオオオッ!!!!!」

ゴブリンは、咆哮を上げた。

そして、その氷の棍棒を、誠一へと振り下ろしてきた。

誠一は、咄嗟に、そのナイフで攻撃を受け止めようとする。

だが。

ガキンッ!という、硬い手応えと共に。

彼の、その安物のナイフは、その一撃に耐えきれず、まるでガラス細工のように、粉々に砕け散った。

「なっ!?」

誠一の、その冷静だったはずの表情が、初めて、純粋な驚愕に歪んだ。

そして、そのがら空きになった、彼の胴体。

そこに、ゴブリンの、その追撃の蹴りが、容赦なく叩き込まれた。

「ぐはっ…!」

彼の体は、まるでボールのように、後方へと吹き飛ばされ、洞窟の壁に、叩きつけられた。

HPバーが、一瞬にして、半分、消し飛んだ。


「ぜー…ぜー…」

誠一は、その場で、激しく咳き込んだ。

肺の中の空気が、全て絞り出されたかのような、強烈な痛み。

(…強い…!)

彼は、そのあまりにも大きな、「格」の違いを、その身をもって、痛感していた。

だが、彼の心は、まだ折れてはいなかった。

むしろ、その逆。

燃えていた。

これだ。

これこそが、俺が求めていた、「本物の戦い」だ。

彼は、その震える足で、ゆっくりと立ち上がった。

そして、その口元には、獰猛な、そしてどこまでも楽しそうな、笑みが浮かんでいた。

彼は、その腰に差していた、もう一つの武器…予備の、そして彼がこの日のために、密かに用意していた「切り札」を、引き抜いた。

それは、一本の、何の変哲もない、鉄の棒だった。

だが、その先端は、鋭く、そしてどこまでも、研ぎ澄まされている。

彼は、その鉄の棒を、まるで槍のように構えた。

そして、彼は言った。

その声は、絶対的な、そしてどこまでも不屈の、魂の叫びだった。

「――面白い。面白いじゃねえか…!」



「…ぜー、ぜー…。流石に、苦戦するな…」

数分後。

誠一は、その場に、大の字になって倒れていた。

彼の全身は、泥と、汗と、そして自らの血で、ぐっしょりと濡れていた。

だが、彼の、その顔には、最高の、そしてどこまでも満足げな笑みが浮かんでいた。

彼の足元には、光の粒子となって消えゆく、あのエッセンス・ゴブリンの亡骸と、そして一つの、ひときわ強い輝きを放つ、青白いエッセンスが、転がっていた。

「だが、なんとか倒した…。これで、1万円ゲットか…」

彼は、そのあまりにも大きな代償と、そしてそれ以上に大きな、達成感を、その胸に刻み込んでいた。

(ネットに、これを一日中探して、日給10万円まで稼ぐのが主流と書いてあったな。エッセンスハンターとか、呼ばれるとかなんとか…)

彼は、そのあまりにも遠い、しかし確かな目標を、その魂に、新たに刻み込んだ。

そして、その彼の、満身創痍の体を、一つの、黄金の光が、優しく包み込んだ。


【LEVEL UP!】


「…おお」

誠一の口から、安堵と、そして歓喜の声が漏れた。

そして、そのレベルアップの、その祝福の光の中で。

彼の目の前に、一つの、荘厳な、そして彼の運命を決定づける、ウィンドウが、その姿を現した。

【クラスを選択してください】

彼の、その心は、すでに決まっていた。

彼は、そのウィンドウの、一つの選択肢を、何の躊躇もなく、タップした。


【クラスが 盗賊(Rogue)に決定しました】

【ステータスボーナス:俊敏+10】

【新規スキル:躱す身 Lv1 を習得しました】


「――盗賊」

彼の、その唇から、その言葉が漏れた、その瞬間。

彼の、その疲れ切っていたはずの体に、内側から、新たな、そしてどこまでも軽やかな力が、みなぎるのを感じた。

彼の、新たな人生。

その、本当の幕が、今、確かに、上がったのだ。






## ステータス (盗賊ビルド)

- **レベル:** 2

- **クラス:** 盗賊レベル1

- **アセンダンシー:** なし

- **HP:** 112 / 112 `()`

- **ES:** 0 / 0 `()`

- **MP:** 58 / 58 `()`

- **筋力 (Strength):** 5 `((基礎5)`

- **体力 (Constitution):** 10

- **敏捷 (Dexterity):** 22 `((基礎12 + クラスボーナス+10)`

- **知性 (Intelligence):** 8`((基礎8)` 

- **精神 (Mentality):** 7

- **幸運 (Luck):** ??

- **ステータスポイント:** 残り: 5

- **パッシブスキルポイント:** 残り: 1`(ギルドパッシブポイント+0/24済み)`

- **HP自動回復:** 0 / 秒 `()`

- **MP自動回復:** 1 / 秒 `(基礎1)`

- **物理ダメージ軽減:** 0%`()`

- **精度 (Accuracy):** +44`(22 * 2)`

- **物理ブロック率:** +0% `()`

- **魔法ブロック率:** +0% `()`

- **アーマー:** +0 `()`

- **回避力:** +0 `()`

- **移動速度:** +0% `()`

- **攻撃速度:** +0% `()` 

- **チャージ上限値:**

- **持久力チャージ:** 3

- **狂乱チャージ:** 3

- **パワーチャージ:** 3

- **耐性値:**

- **火耐性:** 0% (上限) `()`

- **氷耐性:** 0% (上限) `()`

- **雷耐性:** 0% (上限) `()`

- **混沌耐性:** 0% `()` ※アメジストのフラスコ使用時、さらに+35%





### キーストーン (大型パッシブ)



### 中ノード


### 通常パッシブ (小ノード)


## スキル

- **ユニークスキル:**


- **カスタムスキル:**

- **【通常技】【躱す身 Lv.1】 (消費MP: 5):** クラススキル。1秒間あらゆるダメージを回避する。クールタイムは1分間



- **発動中のオーラ/バフ:**


## 装備品

- **武器:** 鉄の棒 (ノーマル)

- **盾:**

- **頭:**

- **胴:**

- **手:**

- **足:**

- **首輪:**

- **指輪 (左):**

- **指輪 (右):**

- **ベルト:**

- **インベントリ保管:**



## フラスコ

- **スロット1:** ライフフラスコ (小)

- 効果: HPを回復する。

- **スロット2:** マナフラスコ (小)

- 効果: MPを回復する。

- **スロット3:**

- **スロット4:**

- **スロット5:**

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