自業自得
脳病院 転職斎
第1話
寝る時にはいつも罪悪感に襲われている。もう何年も睡眠薬なしには眠ることが出来ない。
今も残るあの時の手の感触。
俺の人生は被害者と加害者が交互する繰り返しだった。力が無ければ、武器が無ければ、この世の中を渡れなかった。
人生は勝つか負けるか。幼少期の記憶に俺は今も縛られ続けている。
思い返せば幼稚園の頃、俺は女からもいじめられるような弱虫だった。女ボスを頂点にして男達が集まり、常に俺に暴力を振るっていた。力無き者は敗れ、力ある者の奴隷となるのだ。幼心に俺は、この世の真理を弱肉強食だと悟った。
記憶が曖昧な幼稚園時代だからはっきりとは覚えていないが、俺は蜘蛛や蟻の足をちぎったりトンボを蜘蛛の巣に引っかけたりして、束の間の支配者となることで普段の自分から現実逃避していた。
家では専ら、戦隊モノ、仮面ライダー、ウルトラマンを見て自分が主役になり切っていた。
幼稚園時代では負けに負け、居場所がなかった俺は、やがて別の地区の小学校に入学した。
周りの人間は昔のように俺をいじめてくるのか?
友達を持ったことがない俺には、周囲の子供達が敵なのか味方なのかさっぱり分からなかった。
俺の目には小学校の同級生の皆んながのっぺらぼうに見えた。今までいじめられて来た俺の中では他人は敵か味方かしかない。
案の定、俺は入学してすぐ知らない奴に殴られた。また昔の日常が繰り返されるのだろうか? しかしこのままでいいのか?
その時、ふと俺の脳裏に暴力衝動が湧いて来た。気付くと俺は、そいつをボコボコにして馬乗りになっている。生まれて初めて俺は喧嘩に勝利した。
この快感は何とも言えないもので、征服される側だった俺は人を征服する側になっている。
そうすると、周りの子供達は俺に怯えて貢ぎ物をするか、俺にやられて力を思い知らされるかの二択になっていった。
まだ子供だったからよく分からなかったとは言え、俺は恐怖政治で周囲を支配していた。
しかし、そんな権力が長続きすることはなく、やがて周囲が会話によるコミュニケーションで友達作りするようになると、暴力でしか人を動かせない俺の元には誰も来なくなった。あっという間に俺は孤立した。
そんな小学校高学年の日々は退屈で孤独で、次第に俺は自分の殻に篭るようになった。丁度そんな頃だったろうか、
ある時、俺は親から歴史人物の伝記をもらった。その人物が誰だったのかまでは思い出せないが、本の中には俺が望む権力が全て詰まっていた。
最初は織田信長、豊臣秀吉、徳川家康から始まり、成長するにつれてチンギス・ハン、ナポレオン、ヒトラー等、どんどんどんどん好きな人物が肥大化していくようになった。
やがて時は流れ、俺は高校に入学した。
中学時代を柔道部で過ごした俺にとっては、高校のクラスメイト達は皆シマウマのような草食動物に思えた。
ここを掌握したい。そんな思いが俺の頭をよぎった。
ではまず暴力を振るうべきのか?
否、まずは温厚な人物を装って周囲に取り入るのだ。
そう、伊達に歴史を学んできた俺ではなかった。丁度そんな時、
喋り方や動作がおかしい障害者の男がクラスメイトにいた。俺はあえて彼に友達のように振る舞った。そうすることで周囲に好印象を与えるつもりだった。
そうして善人の皮を被りながら順調な高校生活を過ごしていたある日、障害者に俺は呼び出された。俺の恩に感謝して何か貢ぎ物でもくれるのだろうか?
「なーにー笑?」
俺は作り笑顔を振りまいて彼の所へ行った。
すると障害者は、予想外の一言を俺に浴びせて来た。
「ジ、実ワ前カラズット思ッテテ僕言エナカッタンダケドサア、僕、男ナノニ君ノ事ガ大好キダ。」
!!??
はなから俺は奴を友達として認識していなかったが、この発言を聞いた俺の中には奴を馬鹿にしたい気持ち、滅茶苦茶にしたい気持ち、色々な気持ちがどんどんどんどん溢れていった。
「何じゃー、おめぇホモだったんか笑。」
気付くと俺は、奴をボコボコにしていた。
俺は周囲に本性を現した。
温厚な俺の姿は偽り。その日から俺は奴をサンドバッグにし、パシリにし、オモチャにした。
それを目の当たりにしたクラスメイト達は俺に逆らえなくなり、むしろ俺と一緒に奴を苛めだす者さえ現れるようになった。俺は効果的に自分の顔を使い分けた。
奴の前では残忍な悪魔。そしてそれを周囲への見せしめにする冷酷な支配者。一方でアニメにふけっている日陰の者達の前では優しき支配者。
恐怖政治を敷いて権利の絶頂だった俺だったが、俺はもっと上の権力によってあっという間にねじ伏せられた。
俺は苛めの主犯格として停学になったのだった。
停学は2週間くらい続いた。
反省した振りをするのに慣れていた俺は、模範的な反省文を何枚も書いてクラスに復帰した。
それから俺は、目に見える形の露骨な暴力は振るわなくなった。その代わり、酒、タバコ、夜遊び、眉剃り、刺青、ピアスにのめり込んでいった。しかしこれは夜用の姿である。
俺は学校では表立った問題行動を取らなかった。これが昼用の姿である。
昼用の姿を覚えた俺は誰からも加害を受けることなく、無事高校を卒業した。しかし目に見える加害を今まで受けなかっただけのことで、実際には、小学生時代から築き上げた周囲からの恨みをたくさん買っていたのだった。
それを実感したのは、俺が専門学校に入学した18歳の時だった。
その当時、俺には付き合ってる彼女が居た。
彼女は今までのケダモノのような俺を知らず、俺もまた、人が良くて地味めな彼女だと思い通りにしやすかったので、俺は外道のツラは見せずに善人ヅラだけ振りまいて、紳士のように彼女に接した。
善人ヅラを被った俺は、彼女と他県に行ったり遊園地に行ったりして、それなりに平穏な青春を満喫していた。
しかし、神様はそれを許さなかった。
ある日のこと。
彼女と地元の駅前を歩いていると、数人の不良達に俺は絡まれた。
俺は卑劣な男だったので、相手が集団でいると絶対に喧嘩を買わないようにしている。猫を被った態度でやり過ごそうとした。
すると、不良のうち一人から声を掛けられた。
「お前、中学で隣の組だった柔道部やろ?お前、昔俺を蹴ったことあるの覚えちょるんか?」
!!!
俺はピンと来た。
こいつは中学時代にパシリをさせられていた成り上がりヤンキーだった。
続けて、成り上がりヤンキーはこんなことを言い出した。
「おい、お前の横にいるブスなんなんじゃ?もしかしてお前の女か笑?」
その時、俺の心の何かが折れた。
「こんなブス、彼女なわけねーじゃねーか。」
次の瞬間から彼女の顔はのっぺらぼうになった。
ここで、俺の専門学校の青春は終わっている。
月日は流れ、20代半ばの頃、俺は最初の結婚をした。
最初の嫁は俺のようなクズに相応しい日陰者で、薬物依存性の元風俗嬢だった。俺は相も変わらず善人ヅラで嫁に接した。
付き合う中で後に分かったことなのだが、嫁は生まれてから40年間、一度も年金を納めたことが無い女だった。
しかし、それが逆にエネルギーになったのか、俺は何としてでも嫁の老後を幸せにしてやろうと危ない話を渡るようになった。そしてその過程でたくさんの友人達を粛清してしまった。
そして眠れない夜が何日も続いたある日、聴こえもしない音が聴こえたり見えもしない物が見えるようになった。
気付くと、俺は閉鎖病棟に閉じ込められていた。
閉鎖病棟での日々は、記憶に封印してあまり思い出さないようにしている。
それでも良い思い出として残っていることもあった。
嫁は、少ないお金を削って病院の俺に送金し、定期的に俺の服を洗濯しに病院と家を往復し、2ヶ月に渡って必死に俺の面倒を見続けた。これは、今まで俺が味わったことがない初めての他人からの愛情だった。
そして、退院を迎えた当日、嫁は俺に抱き付いてこう言った。
「今まで寂しかったんよ。もう私を一人にしないで。」
その時になって初めて俺は、今までの人生であらゆる人々に掛けてきた罪の重さを実感するのだった。
今では真相が分からないことではあるが、退院の時に抱き付いてきた嫁の言葉がどこまで本意なのかは分からない。
ただ、はっきり言えることがある。
それからの俺は、幼稚園の頃のように女に支配される側に逆戻りしてしまった。
退院以来、俺の生活習慣、起床睡眠時間、趣味、食べ物の好み、音楽などは全て嫁の管理下に置かれた。
嫁は、一つでも俺が自分と違えば鉄拳制裁を下してきた。
かつて人を殴り続けた俺の姿はどこへやら、俺は何もかもを嫁に支配されて奴隷となってしまった。
そして、嫁からの暴力は、平手、拳骨、水筒と、
どんどんどんどんエスカレートすることになった。
そして鈍器で殴りつけられたある時、俺に眠っていた全ての暴力衝動が湧き出した。
ついに俺は、平手で何度も嫁をしばき回した。
俺は何度も何度も嫁を叩き続けた。
気付いたら嫁の歯茎からは血が出ていた。その時、嫁が叫んだ。
「それでもあんたが好きよーーー!!!」
次の日、嫁は俺の前から姿を消した。
俺が今に至る不眠症の原因はここにある。
この時の手の感触が未だに忘れられない。
そして、小学生時代に俺がいじめた人、高校の時の障害者、18歳の時の彼女、色々な被害者達が夢の中で俺を殺すようになった。
自業自得。
俺は自分のした罪から逃れられず、無限地獄の底にいる。
今の俺は、統合失調症の後遺症と悪夢と闘いながら家庭を築いている。人をこれまで不幸にさせておいて幸せになっている。
最後に自分が外道だったのは2年前で、俺は当時付き合っていた彼女をおかしくさせて精神科に入院させるほど自分勝手に振る舞い、彼女から暴力で反撃を受けた時にまたしても悪魔の感情を蘇らせた。
俺はまたしても女を叩いてしまった。
パパ、助けて!!!と彼女は悲鳴をあげていた。
今の俺が今の嫁に優しいのは反省の気持ちからなのか、俺の善人ヅラなのか、何が本当の気持ちなのか分からないでいる。
しかし思う、嫁の幸せな寝顔を見る時、自分が幸せでいることが怖くなる。
ワシの心は汚い。
今日も腹を減らして一匹の蜘が
八つの青い葉に糸をかける
ある朝 露に光る巣を見つけ
きれいと笑ったあの子のため
やっかいな相手を好きになった
彼はその巣で獲物を捕まえる
例えば空を美しく飛ぶ
あの子のような蝶を捕まえる
朝露が乾いた細い網に
ぼんやりしてあの子が
捕まってしまわぬように
I'm a hungry spider
you're a beautiful butterfly
叶わないとこの恋を捨てるなら
この巣にかかる愛だけを食べて
あの子を逃がすと誓おう
今日も腹を減らして一匹の蜘が
八つの青い葉に糸をかけた
その夜 月に光る巣になにか
もがく様な陰を見つけた
やっかいなものが巣にかかった
星の様な粉をまくその羽根
おびえないように闇を纏わせた
夜に礼も言わず駆け寄る
今すぐ助けると言うより先に
震えた声であの子が
「助けて」と繰り返す
I'm a hungry spider
you're a beautiful butterfly
叶わないならこの恋いを捨てて
罠にかかるすべてを食べれば
傷つかないのだろうか
何も言わず逃げるように
飛び去る姿さえ美しいなら
今死んで永遠にしようか
I'm a hungry spider
you're a beautiful butterfly
叶わないとこの恋を捨てるより
この巣にかかる愛だけを食べて
あの子を逃がした
自業自得 脳病院 転職斎 @wataruze
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