この僕アレンの正体は、嘘つき悪魔

カイン

第1話

第一部

第一章:世界で一番遠いコネ

俺の名前はアレン。王都から馬車で三日、街道からさらに半日ほど外れた辺境の村で、しがないアイテム屋の息子として生まれた。これといった特技もない、ごく平凡な十七歳だ。

そんな俺が、村の広場の隅で、来る日も来る日も素振りをしているのには理由がある。

「――ふっ!」

振り下ろした訓練用の木剣が、空気を切り裂く音を立てる。汗が顎を伝い、地面に染みを作った。俺は冒険者になりたいのだ。それも、誰かの七光りや偶然の力ではなく、自らの努力で道を切り拓く、堅実な冒C険者に。

そう、俺が「七光り」という言葉を妙に意識してしまうのには、非常に、非常にくだらない理由がある。

「アレン、お昼だぞー。無理して体を壊すなよ」

のんびりとした声と共に、父さんが手製のサンドイッチが入った籠を持って現れた。父さんの名前はゲイル。歳は四十半ばのはずだが、白髪混じりのくたびれた髪と、人の良さだけが取り柄のような笑顔のせいで、もう少し上に見える。父さんはこの村で、薬草から鍋の蓋まで、日用品なら何でも揃う小さなアイテム屋を営んでいた。

「ありがとう、父さん」

「どうだ、調子は? 冒険者になるって言っても、焦りは禁物だからな」

「わかってるよ。基礎が大事なんだ。どんな凄い剣技も、しっかりした素振りからだって言うし」

「はっはっは、その意気だ。そういえばな、アレン」

父さんは空を見上げ、まるで今日の天気を話すかのような気軽さで、例の話題を口にした。

「さっき行商人から聞いたんだが、勇者レオン様が北のワイバーンの群れを一人で鎮めたらしいぞ。いやあ、大したもんだ。父さんの友人の甥っ子なんだが、俺も鼻が高いよ」

――出た。

俺の額に青筋が浮かぶ。勇者レオン。この国、いや、この大陸でその名を知らぬ者はいない。魔王軍の幹部を三人も打ち倒し、その功績で若くして聖剣に選ばれた、まさに物語の主人公。

そして、父さんが言う「友人の甥」。

これが、俺が努力という言葉にこだわる原因であり、俺の平凡な日常に影を落とす、世界で一番どうでもいいコネクションだ。

最初の頃は俺も少しだけ、ほんの少しだけ期待した。「え、父さん、勇者様と知り合いなの!?」と。しかし、詳しく聞いてみれば、その関係性は驚くべきものだった。

曰く、「父さんの幼馴染の、鍛冶屋のボリスっていうのがいてな。そのボリスの妹さんが、別の町に嫁いだんだ。その嫁ぎ先の旦那さんの、お兄さん。そのお兄さんの息子さんが、勇者レオン様なんだよ」。

………。

「父さん」

「ん、なんだ?」

「その関係性、一回紙に書いてみないと、もう俺の頭じゃ処理できないんだけど」

「そうか? 簡単じゃないか。俺の友人の、義理の弟の、息子さんだ」

「うん、まあ、そう、なるのかな……?」

なるのか? いや、違う。もっと根本的な問題がある。

「それって!」

俺は思わず叫んだ。

「それって他人じゃねえか!!」

渾身のツッコミだった。しかし、父さんはきょとんとした顔で首を傾げるだけだ。

「他人じゃないだろう? ボリスは俺の大事な友人だぞ」

「問題はそこじゃない! ボリスさんは友人でも、その妹の旦那の兄の息子は、もう完全に他人だろうが! 共通の知り合いが一人いるだけの赤の他人だ!」

「そんなことないぞ。この間、ボリスに手紙を送ったら、返事に書いてあったんだ。『甥のレオンが活躍しているようで、姉さんも喜んでいた』って。ちゃんと繋がってるじゃないか」

「繋がりが薄すぎるんだよ! それをさも親戚みたいに言うの、そろそろやめてくれないかな!?」

俺がそう言うと、父さんは少し寂しそうな顔をした。

「なんだ、アレンは勇者様の話、嫌いか?」

「嫌いとかじゃなくて! 恥ずかしいんだよ! 万が一、俺が王都に行って『父が勇者様の縁者でして』なんて言ってみろ! 笑いものだぞ!」

「ははは、アレンは心配性だなあ」

父さんは全くわかっていない。このデリカシーのなさが、俺を村からの旅立ちへと駆り立てる最大の要因だった。俺はこんなくだらない、遠すぎるコネに頼らず、自分の力で認められたい。アレンという一個の冒険者として。

「俺、決めたよ。来週、王都に行く」

「おお、そうか。ついに決心したんだな」

「ああ。ギルドに登録して、地道に依頼をこなして、いつか一人前の冒険者になってみせる」

「そうか、そうか。頑張れよ、アレン。父さんはいつでも応援してるからな」

父さんは心から嬉しそうに笑った。その笑顔に、少しだけ胸がチクリと痛む。心配をかけたくはない。でも、俺はもう行かなければならない。

出発の日、父さんは店の奥から一本の古びた木剣を持ってきた。

「アレン、これを持っていくといい」

「え…これ、訓練用の木剣だよね? 俺、ちゃんとした鉄の剣は買ったよ」

「まあ、そう言うな。これはな、昔、旅をしていた頃の友人が作ってくれたもんなんだ。ただの木じゃないから、きっとお前の助けになる」

見れば、それは確かにただの木剣ではなかった。使い込まれてはいるが、傷一つなく、手に持つと驚くほどしっくりと馴染む。素材は樫だろうか、いや、もっと硬質で、見た目よりずっと重い。

「ありがとう、父さん。お守りにするよ」

「ああ。体にだけは気をつけろよ」

俺は父さんの言葉を背に、村を出た。手には、父さんがくれた謎の木剣。胸には、自分の力で道を切り拓くという固い決意。

そして、心の片隅には、「父さんの友人の甥は勇者」という、世界で一番迷惑な枕詞への苛立ちを抱えて。

この時の俺はまだ知らなかった。父さんの「友人」という言葉の、本当の重みを。そして、この古びた木剣が、俺の冒険者人生を根底からひっくり返すことになるということを。

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