第4話
橋の下では
アルマン・ド・ヴェルヴォーが家を出てまだ一日しか
「パタッ――ヒュッ!」
「やあ!」澄んだ
「
アルマンは思考を引き戻し、視線を相手に向けた。
そこにいたのは一人の青年。外套は色あせ、袖口には細かなほつれが見えるが、彼の快活な気配を少しも損なってはいない。軽やかな足取り、口元には挑発的な笑み。手の中で
「
アルマンは眉を寄せ、
「おや、謝罪?」青年は眉を上げ、軽薄に笑う。
「坊ちゃん、僕が謝ったら君の足は治るのかい? それなら宴会で自慢できそうだ。」
橋のそばの農夫たちはこらえきれずにくすくす笑った。
アルマンの胸に緊張が走る。彼はこの無意味な挑発を何より嫌った。まして見知らぬ者たちの前で身分を露わにすることなど。しかし青年の軽口は、彼を騎士の誇りの境界へと追い詰めていく。
アルマンはゆっくりと馬から降り、靴を石橋に踏みしめた。その所作は儀礼のごとく静かで確かだった。右手で剣を抜くと、刃は陽光に冷たい輝きを返し、青年の細剣の軽やかさと鮮やかな対照をなした。
「そこまで言うなら。」
声は氷のように冷えきっていた。
二人は数歩の間隔を置き、剣先を交わらせる。空気が凍りつき、渓水のせせらぎさえ遠くなる。
「――受けてみろ!」
アルマンが先に動いた。もっとも基本で確実な面突きを放つ。だが青年は身をかわさず、口笛をひとつ吹くと、
青年の剣が
アルマンは
すぐに
それでいて
アルマンは
「チン!」
剣と剣がぶつかり、火花が散る。青年は一歩退きながらも、唇に得意げな笑みを浮かべた。
「いい剣筋だ、坊ちゃん。やっぱりただ者じゃないね。」
アルマンは黙したまま、長剣を操り反撃する。動きは
アルマンがさらに踏み込もうとしたその瞬間、青年は不意に剣を収め、後方へ軽く跳ぶ。猫のようにしなやかに欄干へと着地し、足を宙にぶら下げたまま
「もう十分だ、十分!」
彼は白い歯を見せ、にかっと笑った。
「今日は最高だ。君は今までの相手よりずっと強い。」
剣を鞘に戻す所作は
「面白いな、坊ちゃん。君、ただの小貴族じゃないだろう。名前は?」
青年の瞳は明るく、賞賛と好奇の色を帯びていた。
アルマンは剣を握ったまま沈黙した。だが心中は激しく波立っている。
この青年――貴族には見えず、市井にも似ず。破れながらも高価な細剣は、忘れられた栄光を秘めている。アルマンの脳裏に「
「僕の名はリュシアン、リュシアン・ヴァルモン。」
青年はアルマンが答えないのを見て、自ら名乗った。
「ヴァルモン
アルマンの胸に
目の前の人物は、彼の知るどの
「君は?」
リュシアンは眉を上げ、純粋な好奇心だけを宿した目で問いかけた。
アルマンはゆっくりと剣を鞘に納め、「カチリ」と小さな音を響かせた。
彼は
「ヴァルモン子爵? 聞いたことがないな……。なぜ自分の領地にいないで、このコーンウォール
アルマンは疑念を込めて尋ねた。
青年は目を輝かせ、「シュッ」と欄干から飛び降りた。
着地の音もなく、まるで空気が道を開けたかのようだ。
「おや、君はコーンウォール伯爵家の息子か? それは光栄だ。僕の父がよく言っていてね――」
「違うよ!」
アルマンは思わず声を張り上げ、彼の言葉を遮った。
理由はわからない。ただ自分だけが情報で劣る
兄がかつて語った――情報を欠く者は相手より勝機をも失う、という言葉が脳裏をよぎる。
その瞬間、アルマンは他の迷いをすべて脇に置き、この「ヴァルモン家」が何者かを突き止めたい一心に駆られていた。
青年は興味深そうにアルマンを見つめ、やがて
「知りたいのか、僕がなぜこんな所まで一人で来たのか。面白い。ついて来れば教えてあげる。」
そう言い残し、軽く脚で馬腹を蹴ると、馬は元来た道をゆったりと歩み出した。
ラ テュリップ @Cipio
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