馬肉との戯れ
ようすけ
第1話
馬肉を食べさせてもらえる機会があった。わたしは馬肉よりもセロリの方が好きだと思った。わたしを馬肉に誘ったのは、ここ最近でもギャンブルで二十万円を稼いだアムロという名前の男だ。アムロは自分の犬にも馬肉を食べさせていた。
馬肉を食べ終わった後で、ギャンブルの話になる。
「公明くんはセンスが無いからもうギャンブルをするのはやめた方がいいよ」
「でも今は鉱脈を掘り進めている所だから途中では辞められないんですよ」
「どういう意味?」
「これ以上の意味なんてありません」
いよいよ会計という段になり、このアムロが料金を支払わないと駄々をこね始めた。
女性店員は伝票を手にして待っている。
「さっきのあれ、どういう意味か教えてくれなきゃ払わないよ」
「だったら自分で払いますよ」
「そんなに意味を教えるのが嫌なの? おれは君に勝ち馬を教え続けているじゃないか」
「でもアムロさんが教える馬をぼくは買いませんよ」
「だから君は負けるんだ」
アムロが仕方が無さそうに、自分の財布から一万円札を取り出した。
それを女性の店員に渡した。女性の店員はそれを受け取った。
女性の店員が釣りを取りにレジへと戻っている間も、アムロはわたしに対する口撃の手を緩めなかった。
「大体、働かないでギャンブルで生計を立てようなんて狂っているよ」
「狂ってなけりゃあギャンブルなんて出来ませんよ」
「君は売り言葉に買い言葉で、自分の言葉を持っていないんだな?」
「あなただってそうですよ」
「馬肉を返せよ」とアムロが言った。
わたしは喉の奥に指を突っ込み、その場で食べた馬肉を吐き出そうとした。
だがその時に女性の店員が釣り銭を持って戻ってきた。
わたしたちの修羅場を一瞥するのだったが、アムロに釣り銭を渡してそそくさと消え去ってしまう。
「アムロさん、一度あげたものを返せとかいうのは恥ずかしいですよ」
「ああ、おれは恥ずかしいけど一度あげたものを返せと言っているんだ」
「いいけれども」とわたしは自分の脳内に閃いた逆転の発想でアムロを困らせようと画策した。「いいけれどもアムロさん、ぼくがアムロさんに馬肉を返したら、アムロさんはそれをポケットに入れて持ち帰って下さいよ」
「なんでだよ、アホ」とアムロが言う。
わたしもどうしてそんな事が逆転の発想とやらにまで発展したのか分からなくなった。馬肉なんて返しても良かったが、吐くダメージが大きいと思ったので、その場を誰かに鎮圧して欲しくなった。泣けばいいのかと思いを巡らせたが、結局は皿の上に、食べた馬肉やら唐揚げ、ホタルイカなどをぶちまけた。
「今度からお前とは競馬場に行かないから」
「なんでですか?」とわたしが聞く。
「気に入らないからだよ」
「気に入る人間とばかりつるんでいたら人間経験値が貯まりませんよ」
「いいよ、それで」
アムロが席を立った。
わたしはアムロが個室を出てから、数分後に店を出た。
アムロがギャンブルで買っているというのは、本当は信じ難い事実だった。というのも、アムロの狙う馬はオッズ表で見ても負け馬に決まっていて、わたしはアムロから勝ち馬の情報を一応は聞くのだったが、一度としてその馬が勝った事は無かった。だがアムロは、レースを外して悔しがっているわたしの所へと来て、勝ち馬の馬券をヒラヒラとさせて勝利を宣言するのだ。何かカラクリがあるのかもしれないが、アムロに絶好された今となっては、そのカラクリを暴く手を、わたしは持たなかった。
幾日かが経った。わたしはギャンブルで負け続けて、とうとう働かなくてはいけなくなった。向かったのはもちろん工事現場だった。履歴書は不要だ。自分の負債額をだけ告げれば、割のいい現場を紹介してくれる手筈となっている。
砂利が敷かれたプレハブ小屋へと面談の為に入っていくと、そこに絶好を決めたはずのアムロがいるではないか。負け犬のような表情で、数年前に発行されたパチンコ雑誌を眺めていた。まずはアムロはわたしに気が付かなかった。
わたしは別に気にせずに、現場の親方に仕事を回して欲しいことを告げた。
「どんな現場がいいんだ、了明?」
「できる限り楽をして設けられる場所がいいです」
「最近はビルの警ら員の仕事も請け負っているんだ、前科が無いのなら自信を持ってお前を勧められるんだが……」
「ありますよ、こいつ!」とアムロが割って入ってきた。
そこへ親方の激が飛んだ。「お前は黙っていろ、とんまめ!」
わたしは親方に「盗みの前科があります」と告げた。
「くらったのか?」と聞かれる。
「いいえ」
「執行猶予か?」
「いいえ、不起訴です」
「だったら前科なんてつかねえじゃねえか」
「心の前科です」
「いいよ、ビルの警ら員に回してやる」
わたしは場所と日時を聞いた。だがその日は重要なレースが行われる予定だ。
まずは出勤を決め、それからどうするかを画策するつもりで、わたしは契約書にサインを済ませた。その後で、親方に叱られてションボリとしているアムロに言った。
「アムロさん、一緒にタバコを吸いませんか?」
親方がこれを止めた。「了明、仕事が欲しいのならこいつとは仲良くしない方が懸命だぞ」
「こいつは何をしたんですか?」
「何もしないんだ、殺してやりたいぜ」
アムロはこういった一連の会話を聞こえているのに、聞こえていないふりをして、数年前に発行されたパチンコ雑誌に目を落としていた。
アムロとはそれからも数回は競馬場に行った。以前のわたしの行いを許してくれたようで、レースが終わると馬肉を食べるあの店に誘われる。
わたしはやはり馬肉よりもセロリの方が好きだったのだが、仲直りをした手前、馬肉を美味しそうに食べる演技をしなければいけなかったから、疲れた。
「公明、お前はもうギャンブルを辞めた方がいいぜ、足の洗い方ならおれが教えてやるからよ」
「アムロさん、ぼくはギャンブルを辞めるつもりはありませんよ」
「どうしてさ」
「だってギャンブルなら働かないでもお金が入って来るし、今は鉱脈を掘り進めている最中なんですよ」
「それだよ!」とアムロの目が輝いた。「それがどういう意味なのかをおれは聞いているんだ」
「意味も何も、そういう意味ですよ」
「お前は頭が悪いんだ、おれも頭が悪い。どういう意味なのかをかいつまんで教えてくれないか」
「それにはあまり意味が無いんです」
「なんでよ?」
分からなかった。わたしはあまりアムロが好きではなかった。
馬肉との戯れ ようすけ @taiyou0209
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