ダンジョン・オブ・トウキョウ

てててんぐ

第1話 ダンジョンが現れた日

 ――世界が、ざわめいた。


 朝のニュースキャスターが、震える声で言葉を紡ぐ。

『全世界で確認された“ダンジョン”の総数は一万を超え――日本国内では二百七ヶ所に及びます』

 画面の右下には、東京湾、富士山麓、北海道の山中、大阪城公園の真下……

 現実とは思えない“黒い穴”の映像が並んでいた。


 俺は冷めたコーヒーを口に含みながら、呆然とテレビを見つめた。

「……また、ゲームの宣伝じゃないよな?」

 呟いてみたが、テロップがすぐに否定する。

《ダンジョン内部で調査員が消息不明 政府は立入禁止を勧告》


 冗談じゃなかった。

 世界中に、突如として“異空間”が現れたのだ。

 日本には二百あまり。そのうち十五が東京都内。

 そしてその一つが――俺の住む新宿の地下に、出現していた。


 ニュースを聞き流しながら、ぼんやりとスマートフォンを手に取る。

 そのとき、不意に画面が光った。見たことのないアイコンと、一行の通知。


【あなたはダンジョンマスターに選ばれました】


「……は?」


 指先でタップした瞬間、視界が白く弾けた。

 電子音のような声が、頭の奥で鳴り響く。


『ダンジョンマスター候補、識別完了。対象:日本・東京都・新宿区在住 二十五歳・神崎蓮』


「ちょ、待て――」


 声を上げる間もなく、世界が歪んだ。

 床が消え、部屋が遠ざかり、重力がひっくり返るような感覚。

 次の瞬間、俺の身体は黒い渦に吸い込まれていた。


***


 気がつくと、そこは暗い洞窟の中だった。

 壁はざらついた岩肌で、天井には淡く光る結晶。

 洞窟全体がぼんやりと青白く照らされている。

 足元には円形の魔法陣。中央に、青い宝玉が浮かんでいた。


『ここが、あなたのダンジョンの“核”です』


 頭の中に、無機質な声が響く。AIのように感情の起伏がない。


「……ダンジョンの核?」


『はい。これが破壊されると、あなたのダンジョンは消滅します。逆に、守り抜けば成長し、拡張可能です』


「守るって……誰から?」


『侵入者です。人類の冒険者、政府の調査隊、あるいは他のダンジョンマスター。すべてが敵になり得ます』


 息を呑む。

 ニュースで見た“ダンジョン”。

 あれを生み出しているのは、俺みたいな存在――?


『はい。あなたが“新宿ダンジョン”のマスターです』


「……マジかよ、新宿なんて一番人多いだろ。地獄のチュートリアルじゃねえか」


『東京都内では十五のダンジョンが確認されています。競合は避けられません』


 乾いた笑いがこぼれた。

 状況が理解できないのに、なぜか胸の奥が高鳴っていた。

 ――なにか、とんでもなく面白いことが始まりそうな予感がした。


『では、基本情報を表示します』


 目の前に、半透明のウィンドウが浮かぶ。



【ダンジョンステータス】

名称:東京・新宿ダンジョン

規模:Lv1(全長30m)

環境:岩窟型(地属性)

DP(ダンジョンポイント):1000

構築可能範囲:地下限定(拡張可)

初期構造物:なし



「……なにもねえ、ただの洞窟か」


『初期状態は全て同一です。DPを使用して構造物を設置し、モンスターを召喚し、防衛を整えてください』


「DPってのは、通貨みたいなもん?」


『はい。DPはダンジョンの“生命力”です。時間経過、侵入者撃退、エネルギー吸収などで増加します』


「なるほど……」


 壁に手を当てる。冷たく、ざらついた岩肌。

 夢ではない。確かに、ここは現実だ。

 ただし、常識の外側の現実。


『なお、準備期間として100日が与えられます』


「準備期間?」


『はい。全世界のダンジョンが同時に“解放”されるまでの猶予です。

 100日後、全ダンジョンが外界と完全接続し、探索者たちが流入します』


「つまり……100日でダンジョンを完成させろってことか」


『正確です。設計・防衛・戦略、すべてはあなた次第です』


 ふぅ、と息をついた。

 会社で上司に怒鳴られてた日々よりは、よっぽどマシかもしれない。

 ルールも常識も、この地下には存在しない。あるのは、創造と破壊だけ。


「……よし。やるか」


 俺は青く輝く宝玉に手をかざした。

 脳裏に設計図が浮かぶ。通路、罠、モンスター。思考するだけで、地形が応じる。

 光が脈打ち、岩壁がわずかに震えた。


『ようこそ、ダンジョンマスターへ』


 静かな声とともに、洞窟が青白く輝く。

 その光の中で、俺ははっきりと理解した。


 ――世界はもう変わってしまった。

 そして、これがその“始まり”だ。

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