世界政府セントラル

火浦マリ

第1話 プロローグ

 ――ある年、世界はひとつの政府のもとに統合された。

 戦争は終わり、飢餓も減り、誰もが「地球市民」と呼ばれるようになった。


 東京の図書館で働く ミナ は、新しい教科書から消えた言葉に違和感を覚えていた。

 ベルリンの中枢施設で勤務する レオン は、AI〈セントラル〉の新機能が「市民の幸福」ではなく「市民の監視」に近づいていることを知っていた。

 ケニアの農村で活動する若い女性は、配給の裏で資源が搾取される現実を目にしていた。

 ブエノスアイレスの ジャーナリスト は、記事を検閲されながらも「理想を信じたい」と自らを励ましていた。

 ニューヨークの カイ は、安定した生活を守りたいと願う一方、恋人が反政府活動に傾くのを止められずにいた。

 オーストラリアの老人 ハロルド は、かつて存在した国旗を隠し持ち、語られぬ歴史を胸に秘めていた。


 広場のスクリーンには、無表情の女性アバターが映し出される。〈セントラル〉が世界中に同じ声を届ける。

 〈地球市民の皆様。本日も安定と調和に感謝を〉


 その声に安堵する者もいれば、背筋に冷たいものを感じる者もいた。


 ――人類は、本当に理想郷を手に入れたのか。

 それとも、心地よい檻の中に閉じ込められただけなのか。

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