夏の一瞬は隣の君と
海野 深月
君との夏
「あっつ...」
梅雨明け。夏に向けて気温がだんだん上がり、ジメジメするせいでか外は暑い。木々の間を歩く僕を真夏の太陽が照らし、それに混じって吹かれる風には生温かさを感じる。心地よさはなく、なんなら少し気持ち悪いとまで感じさせてくるこの風はこれが真夏なんだと痛感させられる。
「ーーー!」
歩いていると、前から聞き覚えのある声がぼんやりと耳に入るが暑さに負け、意識がはっきりとせずその声はわからない。名前を呼ばれているような、そんな気がした。なんとなく体が熱い。ふらふらと少しずつ立っていくのが辛くなっていく僕の体にピタッと何か冷たいものが首に当てられ、周りを覆っていた生温かい空気が冷えていった。
「先輩、大丈夫ですか?」
冷たい感覚が徐々に体に澄み渡り、意識がはっきりと戻っていく。さっきまでの朦朧とした意識とは裏腹に目の前には真夏の青い空が一面に澄み渡る。眩しすぎる太陽の輝きがうっすらと反対側の夜の月を照らす。
眩しい日差しから手で自分を覆い、視線を落とすと低めの身長に二重でぱっちりとした目、そして綺麗なポニーテールをした少女がこちらを覗き込んでいた。
「渚...?」
「はい!」
元気よく返事をし笑みを見せる。
その少女は海野 渚。
今年から入学してきた高校一年生で、頭も良ければ人柄もいい。さらには運動もできて容姿もいい。ほぼほぼ完璧人間と言っても過言ではない。
そんな完璧な少女は写真部と文芸部を掛け持ちしていて、その内の文芸部に所属している僕、天野 まことの後輩だ。
「先輩、元気ですか?さっきふらふらとしてたようですが」
「ああ、もう元気だよ...ありがとう」
「でもまだ具合は良くなさそうですよ?そんな状態でこんな日差しの当たるところにいたら熱中症になりますよ!あそこにある日陰のベンチで休憩しませんか?」
飲み物を自販機で買い、二人でベンチに座る。
「先輩はこんな真っ昼間から何をしてるんですか?」
「何もないよ。だからたまには外に出て歩こうかなって」
「で、何も持たずに出て倒れそうだったと」
そうやって小馬鹿にしながらくすくすと笑う。
「いやいや倒れそうになんてなってないよ。ちょっとふらふらしてただけで」
「それはほぼ倒れる寸前じゃないですか。前から呼んでたのに全然反応もしなかったし…飲み物をもし当ててなかったらそのまま倒れてたんじゃないですか?」
「うっ...」
まるで詰将棋みたいにどんどん言葉に手をかけられ、もう出る言葉がなくなってしまった。
「外で倒れるくらいなら家で小説でも書いてたらいいじゃないですか。コンテストも近いんですよね」
「近いって言っても半年後だけどね…」
「先輩は高校2年生じゃないですか。もう夏ですし、これから忙しくもなります。来年になれば受験で部活にすら来れるかわからないじゃないですか!何事にも全力じゃないと楽しくないですし後悔しますよ!」
なぜかすごい感情的にこちらに訴えかけてくる。少し声が大きくなり、周りの目がこちらに向く。側から見ればこんなベンチに男子高校生女子高校生が昼間から二人座って大声で話しているだなんて付き合ってるようにしか見えない。ただの勘違いなのに、周りの目、そして急に脳内に出てきた思考に恥ずかしさを覚える。
「逆に渚は何をしていたの?」
「写真を撮りたくて、色々綺麗な場所を探しにいってました!ついでに家に何もなかったのでお昼ご飯を食べようと思って」
なるほどと自分は理解をしたような頷きを見せる。少女はその頷きを見たのか少し口角が上へと上がる。
「じゃあこれからご飯行くのか?」
「そうですね!今からお昼ご飯のつもりです。もし食べてなければですけど先輩も一緒にどうですか?」
「確かに食べてはないな。行こうか」
やった!と彼女は飛び跳ね、僕の手をぐいっと引っ張ってすぐに駆け出した。僕は彼女と一緒に暑い日差しの中へと飛びこむ。準備が整っていなかったせいか、喉が潤っていても、冷たいものを持っていてもそれを溶かすかもしれないと思わされる暑さにまた負けかける。
「先輩!熱いなら帽子貸しますよ」
「あぁ本当?ごめんね。流石に厳しいから借りるね」
「はい!全然暑さにはなれてるので大丈夫です!」
そうやって彼女は笑う。太陽のような眩しさのある彼女の笑顔は夏の暑さをさらに増してくる。でもそのくらい彼女の笑顔は良く、周りを惹きつける。
(先輩は高校2年生じゃないですか。もう夏ですし、これから忙しくもなります。来年になれば受験で部活にすら来れるかわからないじゃないですか!何事にも全力じゃないと楽しくないですし後悔しますよ!)
彼女の笑顔から、さっき言われたことが呼び起こされる。何事にも全力でって...笑うことだって喋ることだって彼女は全力なんだなとさっきなんとなく聞いた言葉に少し心を動かされる。自分ももう確かに高校2年生だ。何事にも全力でやるべきかもしれない。今からでも遅くはない。
だからーー
「ーー先輩!!先輩!!」
ーー眩しい光と共に、何故か僕の体は宙を舞う。僕はそのまま地面に叩きつけられる。
「ーーー輩!ーーー…」
だんだんと周りの音が聞こえなくなってきているのがわかる。渚から借りていた帽子がひらひらと降りてくるのが見え、今は寝っ転がっている状態なのがわかる。上から当てられる光もだんだんと暗闇になっていく。冷たい何かがかかってきて暑いと言う感覚から涼しいと言う感覚に切り替わる。だんだんと真夏の暑さから解放されていく感覚だ。
ひたすら隣で名前を呼んでいるような声がかすかに聞こえる。その声は少し高くて、でも何か入り混じっているような。そんな聞きなれない声だ。帽子が横に落ち、自分の目の前は真っ暗になる。
「天野先輩!!」
少し高い声で、泣きじゃくっている声が僕の名前を呼ぶ。最後にはっきりと耳に届く。それが、最後に聞く今の僕への言葉だった。
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