第3話 豪雨のキャンプ場
オレは聖 与世夫。四十五歳、無職。
もっとも「無職」といっても、カネに困っているわけじゃない。数年前にベンチャー企業へ突っ込んだ投資が大当たりして、資産は百倍に膨らんだ。そんな大金があれば、もう一生働く必要はない。
長年勤めたブラック企業を見限り、さっさと辞めて、田舎に引っ込んだ。自給自足と倹約を楽しみながら暮らす日々。働かず、損もせず、誰にも縛られず、だ。
今日はキャンプ場に来ている。もちろん宿泊費は払わない。自作ソーラーパネルと雨水タンク、あと簡易テントを担いで河川敷へ。人の作ったサービスに金を払うより、自分で工夫するほうがはるかに贅沢なのだ。
ま、他人がどうなろうと知ったことではない。俺は節約ライフを満喫できればそれでいい。
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その日、僕らは大学サークルの仲間と七人でキャンプに来ていた。都会育ちの僕にとって、自然の中で過ごすのは新鮮で、どこか不安でもあった。
場違いな男が一人、河川敷の隅にテントを張っているのが気になった。見るからに不精髭でだらしない中年。薪を拾い集めるでもなく、雨水をタンクに溜めながら「ふん」と鼻で笑っている。
夜になり、急に空模様が変わった。大粒の雨が叩きつけ、川はあっという間に増水した。橋は流され、僕らはキャンプ場に取り残されることになった。
深夜、事件は起きた。
女子メンバーの一人、真由がテントの中で胸を刺され、血を流して倒れていたのだ。
入り口のジッパーは内側から閉じられており、外部からの侵入は考えにくい。仲間は皆、青ざめて混乱した。
「いったい誰が……? 凶器はどこに……?」
だが、どこを探してもナイフは見つからなかった。
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その時、例の中年男が近づいてきた。雨で濡れたポンチョ姿のまま、タンクを抱えてこちらを見ている。
「うるせえな。人が寝てんのに騒ぎやがって……」
僕らが必死に凶器を探していると、彼はあくびをしながらつぶやいた。
「ナイフなんか、流し場に落としゃいいだろ。雨で川と直通だし、証拠隠滅にゃうってつけだ」
その一言で僕は凍りついた。
――排水溝? 流し場?
慌てて仲間と一緒に流し場へ駆け込むと、排水溝の網が外されていて、そこに赤黒い血痕が残っていた。
「これだ……!」
ナイフはすでに増水した川に流されたらしい。だが、犯人がそこに隠そうとした痕跡は残っていた。
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翌朝、豪雨が収まり、ようやく警察が到着した。
朝比奈刑事が現場を検証し、僕らの証言と証拠を照らし合わせる。
「やっぱりそうか……。犯人はあなたですね」
真由に好意を寄せていた先輩が顔を引きつらせた。だが証拠は揃っていた。振られた腹いせで彼女を殺し、ナイフを川に流して隠したのだ。
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「……まったく。なんで犯人の心理を一番理解してるのが、節約バカのあんたなのよ!」
朝比奈刑事が与世夫に食ってかかる。
「いや、節約の発想ってのは“いかに手間なく安上がりに処理するか”だろ? 犯人も同じ思考をしただけだ」
「犯罪者と同じ発想回路とか胸を張るな!」
与世夫は肩をすくめて笑った。
――人でなしの無職中年が、またしても事件解決の鍵を握ってしまった。
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