落語家とかけまして、破門されてダンジョンで無双するとときます。その心は、お先枕(真っ暗)でちぃと(チート)扇子(センス)で語り(勝ったり)します。
黄泉塚陵
第1話 破門
「あ、あれが話題の落語魔法少女よ!」
「魔法一発でゴーレムを倒したって噂だぁな、てぇしたもんだ!」
カラフルな
しかし、彼女の表情は浮かなかった。
さてさて、彼女の憂鬱の理由は何なのか。察しの良い読者はサブタイトルで勘づいたかもしれないが、それはさておき話は前日に遡る。
「あぁ、
仰々しく叫ぶと少女は着物の袖から桜吹雪を出してパっと散らす。
するとたちまち桜吹雪は光を放ち、一膳の白飯が出現した。
これこそ
これを見ていた白髪の老人、壇序の師匠である
「これはですね、三方一両損のオチ、大岡越前とご飯の一膳を視覚的に表現したんですよ。本来無関係なはずの、大岡越前の桜吹雪と白飯が地口オチで結びついてですね、それを実際に物体として出すことで、流行りのシュルレアリスム的な面白さを出していてですね――」
「いらねぇな」
圓序は首を横に振った。
「まずな、地口オチってそんなに仰々しくやるもんじゃぁねぇんだよな。要は駄洒落だ。さらっと流さないと野暮になる。そもそもな、三方一両損は大岡越前が裁くところが盛り上がりだからオチはそれほど見せ場じゃねぇんだ」
壇序は徹夜でこさえてきた技を一蹴され、金魚みたいに口をパクパクさせた。
今まで考えてきた技は何だったんだろうと思うと同時に、なんて落語のセンスがないんだろうとうな垂れる。
「稽古は終わりな。今日の独演会は頼んだぞ」
気を取り直して、壇序は目一杯返事をした。
「はい!」
今日は圓序の独演会。
姉弟子も先日前座から二つ目に昇進してしまい、今日は営業中である。
壇序は手伝いに来てくれた一門の前座たちとともに裏方仕事をしている。
二番太鼓のトンツクツクという景気のいい音を舞台袖で聞きつつ、壇序は頭の中で段取りを何度も唱えていた。
「寄席の目の前で大きな魔物が出てきてます」
え、なんだって!? と言ってしまいそうな声を抑えて壇序は目を見開いた。
ダンジョンの中から出るはずのない魔物がなぜ浅草公園の六区に? ダンジョンの入り口は地下鉄の駅の方だったはず。
頭に疑問が湧いているがそれどころではない。魔法の力でどうにかならないか、それとも観客を避難させるか、兵隊さんを呼んでくるか、どうにかしなければ。
壇序は舞台そっちのけに寄席を飛び出した。
「…………っ?!」
瓢箪池の水は抜け、大穴ができている。
そして、目の前には雷門の提灯ほどの大きさの岩の塊が動いている。
路上の人はパニックで逃げ回る一方で、少し離れたところから見物をする人たちもいる。
壇序は絶望に近い感情でどうするか、と考える。
背後には二百人の客がいる。そして師匠もいる。ゴーレムとは目と鼻の先。その気になれば、一瞬で寄席は破壊されるだろう。
魔法はどうか。
炎や水を発射するタイプの一般的な魔法では身体が硬いゴーレムを倒すことはできない。それに壇序ができるのは謎かけや地口オチのように言葉をかけた時に発動する魔法落語だけ。
兵隊さんを呼んでくる? どうやって。この街で電話機はどこにあったっけ。いやダメだ、電話交換手につないでもらっている間に事態は悪化する。
観客を避難させるにしても正面出口から出たらゴーレムと鉢合わせする。
どうしよう、と壇序が立ち尽くしているとゴーレムの視線は彼女に向いた。
「最悪だ」
思わず口をついて出た。自分が外に出たせいで、自分と寄席が標的になってしまった。これなら何もしない方がましだった。無力であるにもかかわらず、自分なら何とかできるという慢心だった。もう一人の自分が自分を責め立てる。壇序の脳内の棘のような自責の念から、一つの言葉が引っ掛かった。
――これ、使えるかもしれない。
壇序は懐から杖代わりに扇子を出した。
「ゴーレムとかけて今のあたしと解きます。その心は
すると杖の先から淡い光が流れ出し、ゴーレムを覆った。そして、ゴーレムは自壊する。自然の摂理ではなく、壇序の放つ言葉の摂理によって。
ばらばらと崩れ落ちる岩石が砂埃を巻き起こし、幟がバタバタと低い音を上げてはためく。
やった――と勝利の喜びに浸っていると、背後の寄席の追い出し太鼓の音がなっていることに壇序は気づいた。
やばい、やばい。これはやばいことになった。
壇序が慌てて寄席に戻ると追い出し太鼓が鳴っている間、頭をずっと下げたままじっとしている師匠の姿があった。
緞帳を降ろすのは壇序の仕事だった。
慌てて緞帳を降ろすころにはほとんど観客はいなくなっていた。
舞台袖に戻る師匠に、第一声「申し訳ございませんでした」と壇序は頭を下げる。
「なんで寄席を離れた。おめぇが仕切らないでどうする」
「あの、目の前に魔物が出ましたので、少々退治をしておりました」
「おめぇの仕事はなんだ」
「寄席を運営すること……魔物が寄席を壊したら寄席が台無しになってしまいますので退治した次第です」
「その結果、緞帳が下りてねぇじゃねぇか」
壇序が押し黙っていると、
「外の魔物に気を向けて、師匠の芸がおろそかになってやがる」
「でも、もし魔物を倒さなかったら、師匠も死んでいたかもしれないんですよ」
「高座で死ねるなら本望だい。それともなにか? お前は高座より先に立つものがあるのか?」
壇序は気圧された。正直、命より高座を取る師匠の気持ちはたとえ話としての美学なら納得できる。しかし、現実問題として本当に死ぬとした場合、言っていることは滅茶苦茶ではないか。
「……わかりません」
壇序の弱々しい返答に圓序はぽつりと告げた。
「なら、破門だ」
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