花天月地【第96話 曇ることを知らない】
七海ポルカ
第1話
彼は最近あまり建業に戻って来ていない。
意図して避けているのである。
それが今の彼には煩わしかった。
魯粛も
孫呉は若い将官が多いが、
今までは
しかし老けた知性とは、いつの時代も孫呉の未来を照らす光のようであるべきだと思っている魯粛は、曹魏を
魯粛が補佐官として使い、時に自分の側で使い、時に建業との連絡役に使っている
魯粛は
『孫策殿、周瑜殿、
とよく口にした。
これは呂蒙だけでは無く、他の呉軍の若き将官達全員に共通するものだが、
この言葉を口にすると、重鎮の前で肩を縮めて顔色を窺っていた者達がハッとしたように顔を上げ、目に強い光を宿す。
(
守るということは、攻めてくる相手に一歩も引かない毅然を見せるのだということを。
呂蒙にも「今のお前の姿を見たら
魯粛は元々、考えの古い年上に反抗するのは得意だが、自分より年若い者に説教するのは柄では無く、どちらかというと若い無茶をニヤニヤして眺めているのが好きだったから、年下を説教するのはどうも苦手で、結局死してなお、こうやっていちいち
孫呉の王である
……もう一つはこの地にある、周公瑾との思い出に浸り、自分の中の臆病や不安を打ち消すことだった。
その必要がある時だけ「建業に帰るか」という心持ちになる。
城下には妻子の住む私邸もあるのに、彼らには会わず、また戦場に帰ることも多々あった。
魯粛の妻は
浮気などと疑ったりはしないから、もし数ヶ月でもどこかで留まるようなことがあれば、必ず信頼出来る女官を側に置き、生活の面倒を見てもらって欲しいと、結婚してから初めてそう言われた。
魯粛はあまりに意外なことを言われて大笑いしてしまい、
「そんなにやつれているか?」
と古馴染みの友のように妻に尋ねたが、彼女は寂しげに苦笑して「心がね」と答えた。
「貴方が周瑜様をとても大切に敬っておられたことは知っていますけど。
あの方を失って、貴方がこれほど変わられるとは想像していませんでした。
貴方のような立場の方は、他の男と心の拠り所が違う。
普通は家族が人生における錨のような存在になるのに、周瑜様を失って貴方は心が居場所を失ったみたい」
心が漂浪している、と彼女は言った。
「そうかもな」
魯粛はその時はなにも答えず誤魔化したが、周瑜とよく共に座り、春も夏も秋も冬もそこで話した、建業の城の回廊に寄りかかり、池を見下ろして呟いた。
(そうかもしれんが、だとしても、それは心から望んで俺はそうなっているのだ)
それだけは確かだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます