第三話 冒険者ギルド

 あらかたの事情や個々の詳細、今後の方針を話し終えたりょう佑希ゆき、シディの3人は、召喚された建物を後にして街を歩いていた。

「罪滅ぼしにもなりませんが……」

 燎たちの待つ部屋に戻ってきたジークヴントは、そう言いながら地図と当面の生活費が入った袋、そして宿屋や生活必需品の相場が書かれた相場表を渡してくれた。相場表に照らせば、彼のくれた生活費は、2週間は問題なく生きられるほどの金額だった。

 その生活費は彼の自費であるとのことだったので、彼女らに見向きもしなかったフレデリックと比べれば、ジークヴントははるかに良心のある人間なのだろうと、三人は思っていた。

 もらった地図をもとに、一路、冒険者ギルドを目指す。

 彼女らが召喚された場所は、ルーシャンテ王国の王都・シャルティアの王城区画であった。そこには、王家に仕える執政官やその家族、また、王家に仕える近衛兵たちの宿舎や練兵場もある区画だった。

 彼女らが召喚された部屋のある建物は“祈念棟きねんとう”といい、主に王城区画に住む人々が神への祈りを捧げたりするための建物だった。

 この建物は王城区画としては外縁に位置するが、彼女らはそこから冒険者ギルドのある商業区画へと移動するのに、30分ほど歩かなければならなかった。

 これは、まだ王都が安定していなかった頃に、民衆からの反乱を恐れた王族が、王城区画と商業区画とでその土地に高低差を持たせ、両区画の間にほりった名残なごりだった。

 かつてはただ掘っただけの不愛想な土の堀が横たわるだけだったが、いまでは堀の端に花が生けられており、中には清冽せいれつな水が穏やかに流れていた。

 王城区画から商業区画への坂を下り、堀の近くまで差し掛かるにつれ、徐々に街の喧騒けんそうが届くようになってくる。

 堀にかかる橋を渡ると、建物の造りが王城区画と商業区画とでガラッと変わった。明確に庶民風な造りの建物が増え、道端みちばたには露店や屋台が立ち並び始める。

 屋台では肉や魚の串焼きが販売されていたりするため、食欲をそそる匂いが彼女らの鼻孔を刺激する。それに呼応するかのように、腹の音が鳴り響いた。

「あ……お腹、すきましたね」

 腹の音は佑希のものだったらしく、恥ずかしそうに笑う。

「たしかに。アタシも元いたとこじゃろくに食べてなかったからね」

「なら、少しだけ腹ごしらえといきませんか?」

 シディの提案に、佑希も燎も頷いた。

 計算ができるから、と3人分の生活費を一人で持たされていた佑希がザックから銀貨の入った袋を取り出す。

「あ、二人は何か食べられないものとかありますか?」

 購入前に念のため確認をする佑希。燎の方は、予想通り何でも食べられる、とのこと。シディの方も、特にダメなものはないとのことだった。

「あ、でもネコだけはダメですね~」

「大丈夫です。ネコはわたしも食べないので……」

「まぁ、あんま美味うまいものでもないしな」

 佑希とシディの顔が一瞬引きつる。食べるなんて想像もしない2人からすれば、食べたことがあるのか、と信じられないものを見るような顔になるが、燎は気にもめない。

 2人に構わず、屋台の店主に串焼きが何の肉か聞いている。

「これはウル・ボアの肉だよ。この時期は脂がのってて美味いぜぇ?」

「うるぼあ?そりゃどういった生き物なんだい?」

「イノシシみてぇな魔物だよ。ちょい凶暴だが、冒険者連中が狩ってきて卸してくれるのさ」

「へぇ、イノシシねぇ……」

 燎は炭火で炙られている串焼きに夢中だった。店主の言葉通り、脂ののった肉は、肉汁をあふれさせている。肉から滴った汁が、炭火へ垂れてじゅうじゅうと音を立てている。煙にのって漂う匂いは、食べる前から舌先を楽しませるようだった。

 早く買おう、と燎が佑希を振り返る。ネコを食べたことがある、ととれる言葉にショックが残りつつも、その言葉は聞かなかったことにして、佑希は1人2本ずつ、計6本の串焼きを購入した。

 店主から串焼きを受け取って、食べながら歩く。

「ん!美味しい!」

 串焼きを一口食べた佑希は、ネコ食ショックなど一瞬で吹き飛ぶウル・ボア肉のおいしさに目を輝かせていた。

「こんなに美味い肉は初めてだね」

「ホントですねぇ。豚肉に似てますけど、厚みがあるというか、歯ごたえがいいです」

 燎とシディも絶賛していた。

「さっきの店主、冒険者が肉を卸してるって言ってたな」

 ウル・ボアの肉を咀嚼そしゃくしながら燎が言う。

「そういえばそうでしたね」

「ってことは、自分らで狩りゃあ、この肉をタダで食えることになるな」

 俄然がぜん、冒険者という職にやる気がわいてきたと燎が楽しそうにする。

「過剰な分は売ればいいですしね~」

 シディは肉のあまりのおいしさに、頬を紅潮させていた。

「まぁ、わたしたちに聖女召喚で付与されたスキルが戦闘向きじゃなかったら、燎さん任せになっちゃいますけど……」

「任せとけ任せとけ」

 その分ほかは頼る気満々だと、早くも2本目も平らげた燎が、口元を手の甲でぬぐいながら答えた。


 串焼きを食べ、そこからさらに歩くこと10分。3人は冒険者ギルドに到着した。

「ここみたいですね」

 佑希が目の前の建物を見上げる。石造りの2階建てで、現代日本風に言うなら、学校の体育館ほどの大きさ。つまり、そこそこ大きい。

 建物の中央には、“冒険者ギルド~シャルティア本部~”と書かれた看板が掲示されている。もっとも、ルーシャンテ王国のあるこの国の言語で書かれているだけで、燎や佑希がそれを読めるのは、聖女召喚の時にスキルと一緒に付与された、言語翻訳の魔術のおかげだった。

「じゃ、いこうか」

 そういって燎が迷いなく冒険者ギルドの扉を開いて中へ入ってゆく。二人も後に続いて中へ入ると、冒険者ギルドの中は街以上の喧騒であふれていた。

 中にいた人は2~30人ほどだったが、声が大きいのか、慣れないうちは耳をふさぎたくなるようなうるささだった。

 入り口から見て右手の方は、掲示板がいくつか立っており、仕事の依頼なのか、何十枚もの紙が乱雑に貼りだされていた。

 左手の方は飲食スペースらしく、長机や円卓の各種テーブル席が設けられている。料理を提供するのであろう窓口と、バーカウンターらしきものがあった。おそらく、食事以外に飲酒も出来るということだろう。

 そして、正面には、受付と思しきカウンターに、受付係が3人横並びに立っていた。今は落ち着いているのか、全員書類を見ながら手元で何か書いていた。

 燎はまっすぐ受付へと進んでいく。カウンターの前に立つと、受付係は燎に気付いて顔を上げた。

「冒険者ギルドへようこそ。初めての方ですか?」

 眼鏡をかけた受付係の女性は、燎を見てそう言った。

「ああ、冒険者登録?をしたくてね」

 燎はそう言いながら、この子らも、と付け加えて後ろから追いかけてきた佑希とシディを指さす。

「かしこまりました。私は受付係のイルダと申します。お名前をお聞かせいただけますか?」

「燎だ」

「森川佑希です」

「シディです」

「ありがとうございます。ではまず、皆さん、こちらの水晶に手をかざしていただけますか?」

 言いながらイルダはカウンターに置かれた水晶玉を三人の前に差し出す。

 まず、燎が手をかざす。すると、水晶玉が白く光りはじめ、徐々に色を変え始める。色の変化が終わり、最終的にオレンジ色で安定した。

 それを見たイルダは眉根を寄せた。

「失礼ですが、リョウさん、あなたは人を殺したことがおありで……?」

「ああ。あるよ」

 事もなげに言う様子に、イルダの眉間のしわが深くなる。

「その時の状況をお聞きしても?」

「襲われそうになったから殺した。アタシがいたところは、治安もクソもなかったからね」

「……故意に殺したわけではない、と?」

「生き延びたきゃ、そうするしかなかったからね。他に理由なんてない」

 燎の口調は平坦で飄々ひょうひょうとしていた。当人が気にしている様子はないのに、燎の言葉には冷徹な響きがあった。

 佑希の顔が曇る。中世日本。詳しくは、文明ぶんめい年間。先ほどの身の上話で、燎は自分がいたところをそう語っていた。応仁おうにんの乱から数年っただけの時代を生きていた燎からすれば、生きるか死ぬか、殺すか殺されるかは、日常だったのだろうと、佑希の胸には暗澹あんたんとした気持ちがずしりとのしかかっていた。

「……なるほど、わかりました。でしたら、登録に問題はありません」

 冒険者の登録時にはよくあることなのか、先ほどまでの難しい顔が一転して、イルダの表情はやわらかな微笑をたたえていた。

「一つ気になったんだが、その水晶は、登録する人間の過去の罪でも調べるもんなのかい?」

「はい。殺人のほかに、略奪や窃盗などを、自身の利益のために犯した犯罪者は、冒険者登録が出来ない決まりになっています。オレンジは事情があって犯罪行為をした人に現れる色なので、一応確認させていただきました」

「なるほどね」

 それはもそうだ、と燎はあっさり納得する。

「では続いて、ユキさん、お願いします」

 イルダは佑希に顔を向けて水晶玉に手をかざすよう促した。

 佑希が手をかざすと、水晶玉は青く光った。続いてシディがかざしたときも同様だった。

「はい。ありがとうございます。お三方とも問題はありません。では、こちらの登録証に拇印をお願いします」

 イルダはカウンターの内側から名刺サイズのカードを三枚と、小刀を取り出す。指先を切って血を出し、それをカードに押し付けるよう言った。

 佑希は指を切ることに躊躇ちゅうちょしていたが、燎もシディもためらいなく登録証に拇印ぼいんを押していたので、自分も覚悟を決めて唇をかみしめながら言われた通りにした。

 三人が登録証に拇印を押すと、表面に文字が浮かんできた。見ると、名前のほかに、年齢やスキルなんかが書かれている。

(これが、じぃくぶんとが言っていたスキルってやつか……)

「ありがとうございます。そちらが冒険者としての登録証になるので、紛失しないように気を付けてくださいね」

 燎はスキルを読もうとしていたが、イルダに話しかけられたので中断して顔を上げた。

「では、冒険者ギルドに関しての詳しい説明に移らせていただきますね」

 イルダが説明を始める。

 まず、冒険者ギルドは、国家から独立した組織であった。依頼内容には魔物の盗伐、薬草や鉱石の採集、街の清掃や花壇の整備などがあるが、護衛任務で国境をまたぐ場合があるためだ。そのため、冒険者ギルドは大陸全土に、拠点を持っていた。

 国家間を行き来するという都合上、冒険者の違反行為は厳しく取り締まられる。違反があればギルドへの再登録は出来なくなるし、犯罪行為であれば、犯罪を犯した国に引き渡され、出自に関係なくその国の法律で裁かれることとなる。自由ではあるが、完全な無法地帯ではなく、冒険者たちは各国が独立を認める代わりに取り決めた秩序の中での行動が求められるのだ。

 そんな冒険者にはランクがあり、受けられる依頼も、ランクに応じて報酬と難易度が異なる。ランクは全部で7つ。下から順に、アイアン、ブロンズ、シルバー、ゴールド、プラチナ、ラズライト、シーライトとなっている。

 シルバーまでは、依頼の達成数に応じて自動的にランクアップするのだが、シルバーから上はそれに加えて昇級試験への合格、もしくはランクに応じた魔物の盗伐が必要となる。

 現在、シャルティア本部を中心に活動している冒険者の7割がアイアン、ブロンズ、シルバーランクで、ゴールドが二割五分、残りがプラチナだ。

 プラチナまでは、努力と経験次第でなれる範疇はんちゅうだが、そこから上は、次元が違う領域だといわれている。現在、最高ランクのシーライトにいたっては、大陸全土で10人しか存在しない。

 燎たちは今日登録したばかりなので、最低ランクのアイアンからのスタートだった。

「違反行為に関しては、少々複雑ですので、詳しくはこちらの冊子をご参照ください」

 イルダがカウンターの中から冊子を三冊取り出し、燎たちに渡す。

「また、依頼を受ける際にはあちらの掲示板から依頼書をとって、受付で受注してから取り掛かってください。また、成功か失敗かにかかわらず、戻られたら必ず報告をお願いいたします」

「あ、一ついいですか?」

「はい、なんでしょう?」

「失敗の場合は、違約金とかとられたりしますか……?」

 小説で読んだ冒険者ギルドは、依頼に失敗した際に違約金をとっていたな、と思い、佑希が質問をする。

「内容によりますね。緊急性の高いものや、依頼者が不利益を被るようなものは、失敗負担金として請求する場合があります」

「そうじゃなければ、ないっていう認識でいいですか?」

「はい。ただ、ランクアップのために必要な達成数が追加されてしまいますので、可能な限り成功できる依頼の受注が無難ですね」

「わかりました。ありがとうございます」

「ところで、皆さんはパーティを組んでの活動ということでいいんでしょうか?」

「ぱぁてぃ?」

「はい。複数人で活動することをパーティと呼んでおりまして、ランクアップ時の達成数に変動が出ることになります。また、報奨金はパーティ自体に支払われるため、分配はパーティの裁量になるので、それなりに信頼関係がないと厳しいのですが……」

 その点は大丈夫かとイルダが三人に目配せをする。

「そこは大丈夫だろう。金は佑希に任せてるしね」

「信頼はありがたいですけれど、責任が重い……」

「ユキさんなら大丈夫ですよ~」

 燎とシディが佑希の両脇から肩に手を置く。旅行や買い出しのお金を預かるのではなく、全員分の生活費を管理するのだから、軽く置かれた手がこれ以上ない程重たいものに感じられた。

「では、パーティとして登録しておきますね。一度登録証をお預かりします」

 イルダはカウンター内から石板のようなものを取り出し、三人の登録証をそこへ乗せる。石板にイルダが手をかざすと、石板がほんのり光った。

「はい。これで皆さんはパーティとして登録されました」

「じゃ、これでアタシらは、冒険者として仕事ができるようになったってわけだね」

 燎が満足げに頷く。イルダがほほ笑んで何か言おうと口を開こうとする───

「おいおい!依頼から帰ってみりゃあ、これは何の冗談だよ!」

 後ろからケンカ腰に怒鳴どなる声が響いた。三人が振り返ると、そこには短髪の青年が立っていた。冒険者らしい身なりだが、肩を出した薄着に、七分丈のパンツ、汚れた革製のブーツを履いている。どれをみても安物であることが明らかなので、さほど高ランクの冒険者ではなさそうに見えた。

「女三人で冒険者だぁ?ふざけてんのかよ!」

 これから三人で、協力して生きていく準備が整った、と口角をあげていた燎の表情は、一瞬で険しくなった。

「一人はいっちょ前に剣をぶら下げてるが、残り二人は何だよ?細っこい身体のくせに得物えものの一つも持ってねぇじゃねぇか。そんなんでどう身を守るつもりだよ?あぁ?」

 短髪の男がにらみつけながら近づいてくる。燎は佑希とシディを自分の背後にかばう姿勢をとった。

「ちょっと、マルクさん!」

「うるせぇよ!俺は今こっちの嬢ちゃんらに話しかけてんだ」

 イルダがたしなめるように青年に呼びかけるも、彼はその言葉を一蹴する。

 嬢ちゃんとは言いつつ、マルクと呼ばれた青年も、年のころは燎とさほど大差ないように見える。背丈も燎と同じくらいだ。肩を怒らせながら燎の目の前に立っても、それほどの威圧感はなかった。

「戦えねぇのに冒険者なんざ無理だろ」

「余計なお世話だよ。てめぇに言われる筋合いなんざないね」

「あのなぁ、俺は親切心で言ってやってんだぜ?冒険者ってのは危険と隣り合わせなんだ。分かるか?」

 イラつきながらも、燎は冷静にマルクを見つめていた。たしかに、軽口をたたくだけの実力はそなえているようであったが、常に死と隣り合わせの生活をしていたのは燎も同じだ。

 ここでどれだけ議論を闘わせようとも、おそらく平行線だ。これ以上まともに関わるのは時間の無駄だと判断した燎は、佑希とシディに行こうとあごで合図してマルクの隣を通り抜けようとする。

「待てよ。まだ話は終わってねぇぞ」

やかましい小猿こざるだね。てめぇに関わってる暇はないんだよ」

「あぁ?そこのお荷物二人抱えてやっていけるとでも思ってんのか?」

「てめぇじゃあるまいし、アタシなら問題ないね」

 燎の啖呵たんかに、マルクの顔が引きつる。

 周りでは、話を聞いていた冒険者たちがにわかに騒ぎ始めている。ギルド内でのケンカは珍しくないのか、見世物を見るように好奇の目を向けていた。なかには、「いいぞ姉ちゃん!」などとはやし立てる者もいた。

「てめぇ……オレをバカにしてんのか?」

「どう取ろうが、アンタの自由さ。そら、邪魔だ。どきな」

 マルクを押しのけ、燎が通り抜ける。しかし、やられっぱなしでプライドに傷のついたマルクは黙っていない。燎を追って通り抜けているシディの腕をつかむ。

「え……あの……?」

「おい嬢ちゃん。見たところ、アンタは顔が良いみたいだな。冒険者やるよか、男の相手の方が向いてんだろ。別の仕事の方が稼げんじゃねぇのか?」

「……!マルクさん!」

 イルダがとがめるように声をあげると同時に、轟音が響く。

マルクが受付のカウンターに叩きつけられていた。マルクの言葉を聞くや否や、燎が目にも止まらぬ速さで彼を殴り飛ばしていたのだ。

「口のき方には気をつけろよ、下衆野郎げすやろう。アタシの故郷じゃ、生意気な口を利けんのは強い奴だけって決まってんだ」

 マルクに向かって燎が言い放つが、マルクの意識はすでに彼方へとんでいた。力を失ったマルクの体は、カウンターに背を預けながらずるずると床へ落ちていく。周囲の冒険者がわきたち、方々で歓声をあげているが、燎は気にも留めなかった。

「わるいね、騒がせて。どうにも我慢できなくてさ」

 マルクのことなどすでに眼中にないように、燎はイルダに声をかける。

「いえ……こちらとしても、彼の発言は看過できるものではないですから……」

「じゃあ、お咎めなしでいいかい?」

「大丈夫です。彼の振舞ふるまいは、こちらからもきつく言いつけておきます」

 イルダが深く頭を下げた。

 それを見て燎は口元だけでニヤリと返し、佑希とシディを連れて冒険者ギルドを後にした。

 燎としては、今日の内に一件、なにかしらの依頼を受けるつもりでいたのだが、余計な水を差されたため、一度仕切り直さねばならなくなった。

 佑希とシディには、まだ動揺が残っていた。マルクの発言はおよそ許せるものではなかったが、燎がギルドを後にすると決めて、一度冷静になれる時間が持てるのはありがたかった。

 冒険者たちの歓声でギルド内は騒がしかったが、外に出てバタリと扉を閉じると、その熱気が遮断されたように、街の穏やかな空気が三人を包んだ。



 一方、冒険者ギルドでは、冒険者たちの熱気が冷めず、興奮は高まるばかりだった。

つえぇな、あの嬢ちゃん」「ありゃマルクがわりぃよな」「ぶん殴ってくれてスッとしたね。あの言いようは女の敵だって」「てか普通、新人に突っかかるかね?」「それでやられちゃ世話ねぇな!」「そもそも今どき女だけのパーティなんぞ珍しくもないだろ」「なに?私たちのこと言ってんの?」「ケンカなら買うよ~?」

 あちこちで好き勝手に言い合っては笑っている。

 倒れたマルクの身柄は、ギルドの職員が一時的に奥の事務室へ運んでいた。イルダもそれに付き添っている。

 職員が事務所のソファにマルクを寝かせる。白目をむいて気絶しているマルクは、冒険者から見ればただの笑いものだったが、イルダは難しい顔をしていた。

 マルクの発言は、職員としても、女性としても許しがたい下品なものだった。しかし、今日冒険者登録をしたばかりの新人冒険者が、マルクをあっさりと倒したことが、イルダには気に掛かっていた。

 マルクはソロ、つまり一人で活動をしている冒険者である。登録は一年前で、彼が15歳の時だった。彼の今の冒険者ランクはシルバー。パーティでの活動ならさほど難しい壁ではないが、ずっとソロで活動して、かつ1年でシルバーランクになるのは並ではない。

 しかも、討伐履歴ではプラチナランクに匹敵する魔物を倒した実績もある。依頼の達成数がまだ少ないから、シルバーランクであるだけ、という優秀な人材だった。

 その分、素行そこうに多少問題があり、これまでも度々いさかいは起こしていたが、今回ほど手も足も出せず、一方的にやられたのは初めてのことだった。

「彼女は一体何者なの……?」

 イルダの頭には、髪で片目を隠し、女性にしては背の高い一人の新人冒険者、燎の姿が浮かんでいた。

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