愛の定義

水月 莉羅

日常

他人を変えることは、難しい。自分を変えることもまた、難しい。けれども他人を変えるよりは自分を変えることのほうが少し簡単だ。

そんなどうでもいい事を考えているうちに、気づけば家の前に着いていた。

朝、仕事や学校へ行く前に近所を走ることは学生だった頃から何年も続いている習慣で、いつも何かを考えている。

…ような気がするのだが、何を考えていたのかを覚えていることはない。

シャワーを浴びて、身支度をして、仕事へ行く。

そんな変わらない日常の中ではどのように区別するのだろう。

「おはようございます」

その何気ない一言が1日の始まりを知らせる。

 

『こんにちは、綾野さん。もしよければ一緒にランチに行きませんか』

さほど親しくもない同期の子から連絡が来た。仲が良いわけでもないのになぜ私が昼食に誘われたのだろうか。とはいえ、断るべき理由もないので『分かりました』と返事を送る。


「あっ!綾野さん、いたいた」

声のする方を見ると、私に声をかけてきた子の他に何度か昼食を共にしたことのある同期の子が2人立っていた。

「では、行きましょうか」

このメンバーで集まった時に〝興味深い〟と思えるような話をしたことがない。しかし、誘いを受けてしまった以上、逃れる方法も思い浮かばないためとにかく早く昼食を済ませてしまおうと思い、立ち話が始まってしまう前に店へ向かう。


「実は聞いてほしいことがあってー」

「新しく移動してきた人がイケメンでー」

「最近彼氏がさぁー」

そうなのだ。彼女たち3人が集まると、必ず恋愛や恋人の話になるのだ。けれど、私は過去に好きな人がいたこともなく、結婚したいとも思っていない。だから彼女たちの話に興味を持てない。 

「で、綾野さんは彼氏とかいないのー?」

「そうですね…。特に恋愛をしたいと思ったこともないので…」

私に話を振ったところで面白い話もないのに、なぜ毎回ランチのたびに聞くのだろうか。ほっといてくれればいいのに。

「えー綺麗な顔してるんだからモテモテでしょ?」

「そうでもありませんよ。以前告白された時に断る理由もなかったのでお付き合いをさせていただきましたが、その方には人形のような顔が不気味だと言われました」

「えーそんなことないけどなー。それは絶対男のほうが綾野さんに釣り合わないから負け惜しみ言っただけですよ」

「そうですか」

別に、どうだって構わない。ただ少し思うことがあるとすれば、1人でいるほうが自分の時間を自分のためだけに使うことができて自由だ、ということに気づけたのは良かった。

特に愛というものがわからない私は恋人を作るメリットが感じられないため、1人でいるほうが楽だと結論づけた。

「あっ、もうこんな時間」

「ほんとだ、そろそろ昼休憩も終わるし帰ろうか」

「綾野さん、行けますか?」

黙り込んでいた私に名前もよく知らない2人のうちの1人が声をかけてきて、私は思考の海から浮上する。

「大丈夫です。戻りましょう」

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