5章-6
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エクレールは、荒野の高台からその光景を見下ろしていた。
「船に似ているとは思っていたけれど、まさか……陸を走る戦艦とは……!」
テノワが手際よく撤退の準備を整える中、エクレールは願鋳の羽ペン〈
前時代の喪失技巧と思われる輝きが船の外殻に走り、荒野が割れていく。船はその重みを表現するように僅かに沈み、割れた荒野を海であるようにゆっくりと進み始めた。海であれば白波が立つように、陸地の割断が広がっていく。
「お嬢! ここも呑まれます、早く」
「ええ。イッダに向かうわ。このままだとあの街も土の泡よ」
「危険です」
「まだイッダ茹でを食べていないもの」
ドレスのスカートを広げて馬に跨り、即座に走り出す。エクレールは一瞬だけ戦艦を振り向き、呟いた。
「生き残りなさいよ、セレー」
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セレーの眼下で荒野が割れていく。破滅的なその光景に、声にならない吐息が漏れた。アスタリもまた、ぎしりと義腕を軋ませて目を奪われている。
その致命的な隙を見逃すほどギネヴィアは甘くなかった。鋭く踏み込んで距離を詰め、アスタリへ向けて真っ直ぐに刃を振り下ろす。
「ぼうっとするな、間抜け!」
ベルが横から剣を叩いて防ぎ、怒鳴る。慌てて構え直す二人。思わずセレーが叫ぶ。
「こんなっ……全部めちゃくちゃにするつもり!?」
「影響を受けるのは航路だけ。荒野全体から見ればごく僅かだ」
「勝手に巻き込んで――」
「【星】に巻き込まれていない人類がいるのか?」
ベルとアスタリの二人を相手取って、ギネヴィアの剣はなお冴える。セレーは気を散らすために――そう言い聞かせながら、必死に言葉を紡ぐ。
「ギネヴィア……アンタの、それはッ……」
言葉を躊躇う一瞬の間。アスタリもまた、叫ぶ。
「セレー! 噤んではならない!」
友が、そしてあの朝に時計塔で見つけた答えが、黙るなと告げていた。
「それは正しいかもしれないけど、強すぎるんだ。師匠と一緒だ。その強さに、ヒトはついていけない!」
「ならば答えろ星追い。私の理想はヒトを殺し、だが平和を作る。お前の欲望は何をもたらすッ!?」
ギネヴィアの剣が強く鋭く振るわれる。ベルが的確に防御してなお顔を歪めた。剣音の残響だけが指揮所に響き、ほんの一瞬の沈黙がその場を重く満たす。
セレーは杖を握り銃を構えたまま、喉を鳴らす。
沈黙。静寂。それはまるでギネヴィアの支配による平和を示すようだった。彼女の剣の下で【星】は破壊され、荒野から争いはなくなるのか。
(――ちがう)
セレーの耳をくすぐる音。指揮所の大きなガラスの一角、弾かれた銃弾が開けた穴から風の音がしていた。荒野には常に風が吹いている。見たこともない土地の空気を運んでくる。
ふ、と唇が勝手に笑みを作る。そして、少しすぼめた。
「――……♪」
調子外れの口笛の音に、その場の全員が――ギネヴィアでさえ、呆気に取られた。
師匠がお気に入りだったフレーズを勝手に覚えた名も知らぬ音の並びを一小節だけ響かせて、セレーは笑う。挑戦的に、食らいつく獣のように。
「何をもたらすか、だって? そんなこと知るもんか。私の味方になるかもしれないやつを――敵になるかもしれないやつを、勝手に殺すなって言ってんだ!」
「……くだらん。お前の知らぬところで荒野に死んでいる者はどうでもいい、と?」
「どうでもいいわけあるか! 荒野には理不尽が溢れてて、最終的にアンタの方がいっぱい救えるかもしれない! でも、だけど――」
それでも、とセレーは笑ったまま祈る。
「何もかもわからないなら、まず目の前の理不尽を蹴っ飛ばす! アスタリ、ベル! あの手でいくよッ!!」
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