序-2
「……もしかして、君たち、賊じゃない?」
セレーの疑問に応えたのは、爆弾で空いた穴から乗り込んできた男だった。
「ひぃは! 一番乗りだ、お宝は俺のッがぎぶ!?」
言葉の途中で、ロングコートの女が腹を蹴りつけて列車の外に文字通り蹴り出した。地面に落ちた音と悲鳴はあっという間に置き去りに。
剣を無造作に握ったまま、女はセレーを睨む。
「あれと一緒に見えたなら、銃弾で目を洗え」
「し……失礼しました」
「ベル。荷主に雇われた
ベルと名乗ったロングコートの女は、壁の穴から吹き込んでくる乾いた風に長い赤髪を散らして睨む。剣呑な視線、自然体の立ち姿、熱量を感じない乾いた声。歴戦の剣士と見えた。
義腕をセレーの頭上から引いた少女が答える。その視線はまだベルが握る刃を警戒している様子だ。
「……仮の名を、アスタリ。この鋼鉄の蛇に呑まれ行末を委ねた旅人……」
「意味がわからん」
「えーっと、乗客ってことかな?」
「……そう」
「すごい腕だね、格好いい」
「……我が左腕は邪竜を封じし聖櫃。触れてはならない」
「私はセレー、乗客……だけど、列車強盗って聞いて撃退に来たんだ! 二人とも強そうだし、ここは協力して――」
「お前、客車じゃなくて四号貨車から来ただろ」
「んぐ」
「……資格を持たぬ者を、鉄の蛇は許しはしない……三等客車でも切符は厳しく確認された……」
「ぴぇ」
「ヘリーデン鉄道で無賃乗車か、いい度胸だ。この前も三人、
「ち、違うのッ!? これには深い事情があって、――列車強盗の賞金って切符代になるかな?」
セレーの本音をかき消すように、轟音と上からの衝撃が三号貨車を揺らした。バランスを崩しかけたアスタリを、セレーが咄嗟に支える。
ベルは頭上に目を向ける。丈夫に作られているはずの屋根が軋み、悲鳴のような音を立てて切り裂かれた。天井の材木と一緒に、巨躯の女が降ってきた。
「雑魚どもが、何をもたついてやがる」
岩か鋼のように鍛え上げられた筋肉が、伊達者が着るような糊の効いたシャツを張り詰めさせ、割れた腹筋をのぞかせている。その右肩に、巨大な異形の斧。
全長はセレーよりも大きい、両側に刃が付いた
「久しぶりの
ベルは無言で踏み出し、セレーたちと大女の間に立つ。視線を向けないまま、セレーとアスタリに声をかける。
「邪魔だ。消えろ」
「おいおい、何を勝手に言ってやがる。ガキに興味はねえが、高く売れ――」
「下衆が」
ゆらりと揺れたベルの身体が、下段から剣を振るう。対する女は斧を振り下ろして受け止め、ぎんと鈍い金属音が響いた。
「は、じゃじゃ馬は嫌いじゃねえぜ! このラグノ様が直々に躾けてやるよ!」
ラグノと名乗った列車強盗は、巨大な斧を軽々と振るう。ベルが握る直剣よりも太い腕が斧を振り回し、しかし、ベルは軽々とその攻撃を避けてはいなす。
力量の差は歴然だった。ベルが優勢を取り、剣を振るうたびに追い詰められていくラグノの表情が歪む。
がたん、と強く列車が揺れた。
「しッ」
静かで鋭い呼吸と共に突き出された刃が、ラグノの首を狙う。同時にギロチンのように落とされた斧がベルを両断しようと迫り――
「危ないッ!」
銃声。
セレーが放った弾丸がベルの髪を散らした。ラグノの肩をかすめ、壁と天井に跳弾してセレーの後ろにいたアスタリの服を裂く。間の抜けた銃撃に、ベルとラグノは一度距離をとる。
「邪魔するな」
「邪魔すんじゃねえよ!」
「服が……」
三人から睨まれてセレーは拳銃を握り直す。
「し、仕方ないだろ揺れるんだから! とにかく列車強盗、私がいるからには必ず捕まえてやるからな!」
「ガキが……面倒だ、まとめて殺してやるよ」
ラグノが斧を掲げる。攻撃の構えではなく、斧を誇り見せつけるような仕草。黒く輝く大小の刃が、まるで獣のあぎとの影絵のようだった。
「力こそが正義だ。黙らせろ、〈吼え狼〉ッ!」
セレーが放った二発目の銃弾は、今度こそラグノの腹へと向かっていた。32口径の銃弾は魔獣には心許なくとも人間の肉を撃ち抜くのに十分だ。
斧が咆哮すると同時に、その銃弾が落ちた。
「ぐッ」
「何……!?」
異形の斧が吼えていた。金属が軋むような耳をつんざく音が、列車の轟音、風の音すら聞こえないほどに強く鳴る。
銃弾だけでなく、ラグノ以外の全てが上から押さえつけられる。ベルは身を屈める程度で耐えているが、セレーとアスタリは膝をついて苦しげに呻いた。その背に巨大な岩が乗ったような重みがかかっている。
「
「そうとも。こいつは〈吼え狼〉――うるせえ飛び道具も、弱ぇ雑魚も黙らせる、オレの願鋳だッ!」
願鋳――特殊な隕鉄による武具は、人の想いに共鳴する。願望や信念によってその形を変え、埒外の能力を得ることさえある。無論、滅多に見かける物ではない。ベルが重圧と驚きから抜け、剣を構えるのに数瞬。ラグノが横なぎに振るった戦斧をかろうじて受け止め、吹き飛ばされた。
「っぐ……!」
「ベル!」
積み上がった木箱に叩きつけられ、崩れた木箱もまた圧力をかけられて潰れていく。セレーが呼びかけるが返事はない。ラグノはにやりと笑うと、セレーとアスタリに歩み寄る。異形の斧がぎらりと輝いた。
「死ね」
「っぐ……鎮まれ、我が左腕……!」
「アスタリ、下がっ……て!!」
左腕の義腕が重いのか、アスタリは圧力に押さえつけられて全く動けない。その少女を庇うように、膝立ちになってセレーが杖を抜いた。腰から引き抜かれた杖は奇妙な形をしている……正方形の板から、縦に細長い『H』型の鈍色の金属の棒が伸びている形だ。
基部である板の部分を握り、金属棒の部分で振り下ろされた斧を受け止める。
ラグナの顔に嘲笑。
「その細腕でッ! 何が守れるつもりだッ!」
「守るんじゃ、な、い゛っ」
ラグノの嘲笑が凍りつく。セレーが引きつった笑みを浮かべる。
斧の一撃を、セレーは確かに受け止めきれなかった。ラグノの剛力と〈吼え狼〉の圧力に負けて、うつ伏せに倒れ伏す。
だが――床へと置かれた杖は、斧を受け止めてつっかえ棒のように立っていた。細い支柱を曲げられることもなく、直立している。
斧の刃がセレーの鈍色の髪を数本散らす。伏せたまま、杖の基部に触れてセレーは叫ぶ。
「ぶち抜く、んだ。力こそ正義と言ったな、なら――すっごい力を、見せてやる!」
「てめえ、何をッ!?」
顔を上げ、視線は上へ。
「――ヒトは彼方に憧れる」
杖が輝く。その白い輝きは、色合いこそ違えど〈吼え狼〉の輝きと同じもの。
「馬鹿なッ!? こんな小娘が、願鋳を持っているはずが――精錬するだけの信念を持っているはずが、ねえッ!」
ラグノが斧を振り上げ、再び振り下ろす。焦りを示すような、力任せの一撃。少女の頭を潰すには十分な破壊力が宿る斧を、辛うじて受け止める剣。
木箱から這い出たベルが、ギリギリのところで割って入った。単純な膂力ではラグノの方が上。一瞬だけ拮抗してそのまま押される。
その一瞬で、十分だった。
「突破しろ、〈
杖――〈発射台〉の基部に発生した力が、ガイドである金属の棒に沿って射出される。2,000トンの質量を秒速7.9kmまで加速させるだけの純粋な力の砲撃は、〈吼え狼〉の咆哮を吹き飛ばし、斧を弾き飛ばし、穴の空いた列車の屋根も消し飛ばして、空中に柱のように吹き上がった。
衝撃を受け止めて激しく揺れる貨車の中、座り込んだアスタリの紅い瞳が、光の柱を呆然と見上げる。
「なんッ……だとぉおおおお!?!!?」
衝撃の余波で風が吹き荒れ、一番近くで立ったまま衝撃を受けることになったラグノが吹き飛んだ。巨体が列車から飛び出て、荒野に削られながら転がっていく。
「お頭ァ!」
部下と思しき列車強盗たちが馬で助けに入るのを横目に、圧力から解放された三人が吐息をこぼす。
うつ伏せから仰向けになって嘆息するセレー。
「なんとかなったぁ……」
身をかわし、砲撃の威力に眉をひそめるベル。
「今のは、お前の願鋳か?」
左腕の義腕を抱いて座るアスタリが声を上げた。
「……う、後ろ! その……危機が迫っている!」
血まみれになって助け出されたラグノが、斧を振りかざして命令をがなり立てている。
「全部吹き飛ばせ!」
「いいんですかお頭ッ!?」
「舐められたままで逃がせるかッ! やれ!」
列車強盗たちがスリングを振り回す。装填されているのは、貨車の壁を壊した爆弾だ。三人を貨車ごと吹き飛ばそうとする爆弾が、幾つも投げつけられる。
「し、しぶとすぎる……!」
「起きろ! 走れるか!」
「あれ、撃ったあとは、力抜けちゃって……ぇ」
セレーは仰向けのまま起き上がれない。腰砕けになったような有様だ。片膝をついて立ち上がるベルは舌打ちをひとつ。ベルの実力ならぎりぎり逃げられる――だが少女を抱えては難しい。
爆弾が緩やかな放物線を描く。
「……伏せて」
アスタリが座ったまま、義腕を空中に向けた。右手で義腕を支え、空中の爆弾をつかもうとするように手のひらを向ける。
「アスタリ?」
「セレー……貴女はボクを助けてくれた。借りは返す」
ガギン、と歯車の音。義腕の中で機構が動き、手のひらの部分にスリットが開く。小さな声でアスタリは確かに詠う。
「安寧の闇に抱かれる
スリットから黒い何かが飛び出す。色は漆黒。厚みのない、影のような何か。セレーにはそれが、巨大な獣の爪のシルエットに見えた。
影の爪が十数本、
全ての爆弾を爆発させて、あるいは削り飛ばして無力化し、手のひらのスリットがガギンと閉まる。
「――その顔。その願鋳。覚えたぞ、ガキどもッ!」
ラグノの遠吠えを置き去りにして、〈ヘリーデン・シェル〉号は加速する。
西へ。
星追いたちの最前線へ。
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