機械じかけ2

北野かほり

第1話

 ヨセフが怒鳴り込んできたのはひときわ雨が強い日だった。

 彼は父親譲りの乱暴と傲慢さをもっていた。だからマーティンが玄関口で出迎えると第一声が

「はやく壊れろ、くず鉄」

 だった。

「まだ私は壊れる予定はありませんが」

「ふん。ぼけてお前みたいなのに金を残すといったら大事だ」

 ヨセフが鼻息荒いのはつい最近で最も世間を騒がせた、アンドロイドへの遺産を残した男のことだろう。アンドロイドを家族だと言い張った男は自分の資産をアンドロイドへと残すと遺書を書き残して、それは死後に身内によってなかったことにさせようとしたが、当のアンドロイドが主張したことにより最高裁判までもつれ込んで、昨日、遺産の三分の一をアンドロイドの取り分とすることとなった。最近では人権すらアンドロイドへと渡そうとする国まで現れて、あきらかに友人派たちは活気づいている。

 見た目が悪いのか、それとも人類の敵になせない献身的な態度の成せる技なのか、人間はアンドロイドを大事にしすぎるのだ。

 おかげでヨセフが慌ててやってきたというわけだ。

「お前なんて親父の元にいる鉄くずだろうが」

「そうですね。ただ私はテクニックはとてもいいと評判です」

 マーティンの言葉にヨセフは言われた意味が理解できずにぽかんとしたあと、すぐに真っ赤になった。

「この性悪アンドロイドめ」

「血圧があがってますよ。紅茶でもいれましょうか」

「いらん! とにかく、お前はさっさと親父のところから出て」


「うるさい」


 ぴしゃりと鞭を打つようにヴォルブが口にするととたんに静寂が広がった。

 ベッドの上でもう動くことも出来ない死にかけたの老人を未だに人々は恐れているのだと思うと愉快でもある。

 ヨセフが悔しげな顔をして、マーティンは小首をかしげてみせた。

「今日はなんだヨセフ」

「親父の顔を見に」

「お前の買った会社、大赤字らしいな」

 ヨセフが口をつぐむ。

 ヴォルブはもうベッドから動くことはできない老人だが、目はしっかりしているおかげで日長一日を好きなだけ情報を追いかけて過ごすことができた。そしてそこから世界のすべてを今だって操ることができた。彼は瞬き一つで会社を買い取り、大きくして、分解して売るのだ。今日もまたそれをやって利益を出したところだ。しかし金はもう死ぬ間際の自分にはなんの意味もない。意味もないのにどうしてこんなことをするのかといわれたら、生きているからだとしか説明ができない。生きているから何かしたくなる。ただそこにものがあるから買い取り、分解し、破壊する。あとに残るのはその結果だ。

「金はやる、好きにしろ」

「親父、俺は本当に」

「はやく帰れ」

 ぴしゃりとまた吐き捨てる。

 ヨセフは肩を落として出ていった。

「可哀想に、ミスタが優しくしないから」

「優しくしてるだろう、金はやってる」

「そういう問題ではないと思いますよ」

 マーティンは呆れた顔をした。

「ふん」

「あなたのほうがアンドロイドですね」

 ふふとマーティンは表情豊かにヴォルブをイライラさせる。

「ヨセフの心をわからないなんて」

「他人の心なんてわかるか」

 吐き捨てる。

 マーティンはゆったりとした足取りで近づいてくると、いつものように姿勢を変えて、あたたかい紅茶を提供してくれた。

「ささいなことですが、他者を少しでも慮らないと後悔しますよ」

「なにがだ」

「何も知らないまま相手を傷つける」

「傷つけたことを知らなければなにもならんだろう」

「そうですね」

 マーティンは諦めた微笑みを浮かべた。


 ヴォルブはその日もいつものように何かを買い占め、破壊して、売り払った。それはデータであって彼にはどういうものかという実感はない。そこでふと思い立ったのだ。今までどんな会社を買って捨ててきたのか。掃除、パン屋、石油、スーパー、土地……さまざまなものがあり、それはやっぱりただのデータだった。その一番最後のところで目がとまった。それはアンドロイド社のものだ。よく見かける名で、数年前に解体し、ばらばらに売り払った。

 どこかでこの会社の名前を見た。

 思い出せなくて気持ち悪くなる。

「ミスタ、どうしましたか」

「なんでもない」

「なんでもないという顔ではないですか」

 マーティンはいつものように物わかりのいい顔をして姿勢を変えてくれる。そういえば、と思うのだ。

 マーティンもまた作られたものだ。

 だからマーティンが消えたあとヴォルブは調べた。マーティンを生み出した故郷はどんなところなのか――そして理解した。自分が数年前に解体して売り払った会社だ。そしてそのときに大量のアンドロイドたちが居場所をなくし、売られていったと。

 倒産させたせいで、会社がアンドロイドたちを捨てたのだ。

 マーティンが、数年前にひどい有様でほうぼうに売られて、したくもないことをして、させたくもないことをされたのは誰でもない自分のせいだ。

 無知で無関心な己のせいだ。

 死ぬ前に罪を知るはめになった。







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機械じかけ2 北野かほり @3tl

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