甘い暮らしはもう終わり!?

 令和日本に似た箱庭世界、幻想怪異発生特別区――通称「特区」。その治安を守る西地区警備署には今日も様々な依頼が降りかかる――。


 十一月十一日。カレンダーにはポッキーの日♡ と赤丸がしてあった。


「誰ですか。落書きしたのは」


 女性署員が警備署内を見渡す。後輩の署員が私です~とニコニコしながら名乗りを上げた。


「このカレンダーは個人的な用事を書くものではなくて、」

「個人的な用事じゃないですよぉ! 今や国民的な大イベントです!」


 先輩署員の口元に差し出される棒型のクッキー。目の前に運ばれたとなると、食べないわけにはいかなかった。ぼりぼりと噛むと、軽めのクッキーの食感が口に広がる。お茶うけにちょうどいい手軽な甘さ。


「でも、ねえ。ポッキーってチョコレート付いてなかったかしら」

「あれ? 不良品ですかね?」


 めずらしー。チョコが掛かっていないやつとかあるんだ。後輩署員が再び袋の中からポッキーを取り出す。


「先輩にもう一本あげます。あれ? これもチョコついていない」


 さらに袋の中を探る後輩。あれ? なんで? さっきまでチョコ付いてたのにー。


 慌てたようにガサガサと銀色のパッケージの中をあさっているが、雲行きがが怪しくなっていた。


「うそ! このポッキー全部チョコが無くなってる!」


 後輩が袋を割いて机の上に広げる。枝のようなクッキーが散らばった。


「製造工程で弾かれたんじゃない?」

「だって、さっきまで付いてたんですよ、チョコ!」


 箱の中にもう一つ残っていた袋もあけて中を確認する。やはり、ポッキーにチョコレートはついていなかった。いったい、チョコレートはどこに……。


 二人が顔を見合わせていると、ピンポーンと警備署のチャイムが鳴った。詰所から顔を出すと茶色の細長い何かがいた。


「プリッツ……?」


 思わず漏らす先輩署員。その発言に憤慨しながら細長い奴が名乗りを上げた。


「ポッキーです!」


 チョコレートがないのだからプリッツだろう……。そう言いたいのを堪える。捜索依頼をしに来ただろうポッキーに向かって、今日はどうされましたか? と署員は聞いた。


「チョコが行方不明なんです!」


 ポッキーが、探してください! とプリプリしている。プリッツじゃないのに。


「心当たりは?」

「ないですよ! むしろ、自分が主役面してたので逆に清々しています」

「じゃあ、依頼はしなくていいですか?」

「チョコがいないと、プリッツになってしまうじゃないですか!」


 私はポッキーなんですよ! 身勝手な主張にやや呆れながら、署員は依頼を引き受けた。


 ポッキーに付いているチョコレートは単独ではチョコレートとして食べることのできない少なさだ。しかし、他のお菓子に組み合わせるならば十分なアクセントになる。ビスケット、パイ、マシュマロ……警備署署員は手分けしてお菓子界隈に捜査の手を伸ばしていく。


 最初に目星をつけただけあって、行方はすぐに判明した。行先は身近な所。チョコレートはなんとプリッツに付いていたのだった。


 プリッツも困った顔をしているのかと思ったが、まんざらでもなさそうだ。


「私のしょっぱさに、チョコレートがマッチして、美味しいんですよ。ほら、チョコがけ柿の種とか、チョコ掛けポテトチップスとかあるでしょう?」


 確かに、甘いとしょっぱいはスイーツ界のトレンドともいえるだろう。


 チョコレートもプリッツに付いたまま零す。


「ポッキー、結局、自分が一番になりたいんでしょう? そういう人とはうまくやっていけないと思います。自分を見て欲しいが先行して、他人をないがしろにするお菓子とはやっていけませんから」


 チョコレートはポッキーの元に戻るつもりはなさそうだ。


 ――。


「……というわけで、チョコレートの行方は分かりました。しかし、あなたのところに帰るつもりはないみたいですよ」


 チョコレートの失われたポッキーに依頼の報告をする。怒りでプリプリ震えていたポッキーが、チョコがかかってないポッキーなんて、ポッキーじゃない! と喚き始めた。


 こういう、態度がチョコレートに愛想を尽かされた理由に違いない。


「居場所はお教えしますので、今後どうするかはチョコレートと相談してください」


 果たして、ポッキーはどういった行動に出るのだろう。


 ――。


 警備署からの帰り際、商店の店先には『新体験! 甘いとしょっぱい、衝撃の出会い!』というポップが貼ってあった。山積みになっている菓子の箱を客が手に取っては、買い物かごに入れていく。売っているのはちょっとしょっぱくてとっても甘い、チョコ掛けのプリッツだった。


 とうとう、ポッキーの元にはチョコレートは戻らなかったらしい。


 ――それはそうか。


 お菓子として美味しく食べてもらうためには味の調和が不可欠だ。クッキーとチョコレート。どちらが欠けてもポッキーとして成立しない。お互いにお互いをリスペクトできないならば、協力関係は終わり……。


 署員はチョコ掛けプリッツの箱を買い物かごに入れた。本日、ようやく食べることができるチョコレート付きのお菓子である。

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