固定観念の呪縛

ミツ

解放

人生は残酷だと、私はずっと信じておりました。


私には妹がおりました。

両親はもう何年も前に亡くなり、私と妹、二人身を寄せ合って生きておりました。

ある時、ゴミ捨て場にあった童話の本を妹に読み聞かせていると、妹はポツリと言いました。

「姉さま、私、空が見たいわ。」

どうしてと聞くと、妹は真っすぐ、キラキラと輝く瞳で言うのです。

「だって、今まで見てきた絵本や御本の絵には空の色は全く描かれていないのよ。白か黒だけ。おかしいと思わない?でも、お話には空は青いって書いているの。全部によ。私、まだ人生で一度も青空を見たことがないわ。」

私は困りました。

私たちの国には、空はありません。

厳密に言うならば、空を見ることができないと言ったほうが正しいのでしょうか。

本来、空があるべき場所には、大量の歯車が敷き詰められ、まるで監獄のようでございます。

そしてこの国では、その歯車を外す行為は重罪に値し、少しでもそんな素振りを見せれば即刻、打ち首なのです。

それを知らぬ妹は、目を爛々と輝かせて言いました。

「きっと素敵だわ。こんな煙臭くって、苦しい場所とは違って、綺麗で、美しい場所に違いない。ねぇ姉さま、見てみたいって思うでしょう?」

私は、ニコリと妹に微笑み返すことしかできず、この能天気さを憎らしいと思えました。

その後すぐ、妹は死にました。

馬車にはねられ死にました。

列車にはねられ死にました。

妹の死を間近で見たとき、私はとても震えていたのを覚えています。




それから数年後、私は革命隊に入隊しました。

彼らはこの地獄のような現状に不満を抱き、国を変えようと動いていました。

そして今、革命の序章として、あの忌々しい歯車を外してしまおうと動き出している最中なのでございます。

この国で一番天に近い建物を選び、乗っ取って、屋上に上がり、梯子をかけ、隊長が登っています。最初の一手は隊長でなければという隊員全員の意思でした。

私たちは、追手が来ないようにあたりを警戒しているのですが、やはりというべきか、天ばかりが気になって集中できておりません。

あと少し、あと少し、あと数段、あと一歩、そしてついに、天へとたどり着くことができたのでございます。

ここまでくれば、あとは外すだけ、彼は懐からバールを取り出すと、真上にある歯車にバールを突き立てました。

ガッ、ガッ、と鈍い音があたりに響き渡り、何分か経った後、ついに歯車を外すことに成功したのでございます。

歯車が地面に叩きつけられ、辺り一体には声が響き渡りました。

しかし、歓声ではございません。感嘆でもありません。

「あああぁぁぁぁぁぁ!ああじぃぃぃぃぃぃぃいいいい!」

絶叫です。

隊長が、鮮やかな炎に身を焼かれた絶叫でございます。

そしてそれと同時にグシャリと隊長は屋上に叩きつけられました。しかし、それで絶叫が止むことはないのです。

「だれか…誰か消してぇぇぇぇぇぇぇぇええええ!」

髪を掻きむしり、肌を引っ掻き、噛みつき、熱い、熱いと叫び続けるのを誰も助けようと動きません。だって、そこらへんに水が流れているわけがないのですから。

すると隊長の身体が、徐々に炭へと変わっていくのが見えました。

四肢が固まり、亀裂が走り、そこから漏れる、赤い輝き。

「あああぁぁぁぁ、ぁ…」

断末魔の叫びが静まり、消えるころには、そこにはもう、ただの黒い塊が転がっておりました。

その時の隊員たちの意思はたった一つだったでしょう。仲間の一人が、転がっていた歯車を手に取り、皆をじっと見つめました。


しかし、私は許せませんでした。

たくさんの仲間から飛び出して、日の光の下に立ち、炎に包まれたのです。

仲間の混乱の声と、辺りに私の絶叫が、私の悲鳴が響き渡ります。

身体中を痛みが走り続け、喉もカラカラと渇き、鉄の味が口の中いっぱいに広がるのを感じました。肉の焼ける匂いもしましたでしょう。

そりゃあもう熱くて、熱くて、たまりません。

では、なぜこんな馬鹿なことをしたのかといいますと、もうこの機会を逃しては、後はないと、自由になれない、飛び立てない。そう思ったからでございます。

しかし私は、床に転がることも、髪や肌を掻きむしることもいたしません。ずっと、空を見続けておりました。目が渇き、枯れ、苦しくなっても、痛くて痛くてたまらなくても、命の灯が消えるその時まで、認識し続けておりました。

空は、こんなにも美しい色をしているんだと、これが青色だと、あの炎と似た色が青色なんだと。

これで、あの世にいる妹にも胸を張って会うことができましょう。





あれ、どうして私は、妹なんかのために命を燃やしているのでしょうか…?

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