顔のいい女の人っていいよねって話をしていたら、超絶顔のいい激メロ女神が現れた

下無川ぜんざい

顔のいい女の人っていいよね

「顔のいい女の人って、良いよね……」

「……何言ってるの、アンタ」


平日の朝。

わたし――佐伯さえきみくは、いつものように通学路を歩きながら、隣にいる幼馴染の女の子――日向 千春ひなた ちはると話をしていた。

その内容は、『顔のいい女の人って、良いよね……』という、我ながらなんとも狂った話。

比較的整った顔である(と思う)わたしの幼馴染だが、そんな整った顔を引き攣らせているのが見て取れる。


「何言ってるのって言われましても」

「いや……そんな当然かのように言われても困るわよ……」


千春はわたしの発言を理解できていないようで……眉を下げて、困ったような顔をした。


これは……しなくては。


「まずは、わたしの意見を聞いて」

「はいはい」


ぐいっと体を寄せ、ふんと鼻を鳴らす。

そして、わたしは語り始める。


顔の良い女の人の良さを。


千春に、布教するために――。


「いちばんわかりやすい例は、KPOPアイドルだよ、千春っ」

「KPOPアイドル?」


千春はなんやかんやわたしの話を聞いてくれる。

そんな千春に意外と身近なものだと思わせるのが、第一の作戦だ。


「そう、KPOPアイドル! 最近流行りのメイクなんかは大体、KPOPアイドルのを参考にしてるでしょ?」

「まぁ……インスタ……とか、TikTok……なんかの流行りは確かに、そんな感じよね」


千春は考えるように顎に手を置くと、「意外とちゃんと布教する気ね……」と、こちらを見る。

わたしはすっと目を逸らし、何事もなかったかのように話を続けた。


「そう、そんな若者の流行になれるっていうことは、顔のいい女ってことなんだよ」

「へぇ」

「もー、適当じゃん!」


あまり興味のなさそうな返事をする千春の腕を掴んで、絡める。

軽く体重を乗せてみるが、いつものことなので特に反応はない。


「そりゃあ、もとから適当に聞いてたもの」

「それでだよ、千春」

「まだ続いてたんだ」


千春の言葉は無視しつつ、布教はまだまだ続く。


「ほら、千春の知ってるグループを思い浮かべてみて」

「うーん……あんまり知らないのだけれど」


がくっ。


「ひ、ひとりくらいいるでしょ!? メロい人」

「メロいひとって……そもそもあたし、そういうのよくわからないし……」


確かに、千春は流行りに疎い。それも、かなりと前置きしたくなるほどだ。

TikTokもインスタも、わたしが勧めてから始めたし……曲自体は聴いたことがあっても、メンバーまでは詳しく知らないだろう。


「って、そしたらこの話終わっちゃうじゃん!」

「べつにいいでしょうに……」

「これは大事な話なのに」

「っていうか、そもそもどうしてそんな話になったのよ」

「よく聞いてくれた」


なんやかんや千春は優しい。

この話の流れを崩さずに、広げてくれる。

これこそ幼馴染の絆であり、長年培った友情――。


「心の声、漏れてるわよ」

「ハッ……」

「はぁ……それで?」


千春はため息をつきつつ、わたしの言葉を待つ。


「わたしがハマってるソシャゲでね?」

「うん」

「超かっこいい女のキャラが新登場したの」

「はぁ」

「そのキャラが超かっこよくて、もう惚れちゃって!キャー、大好きって感じで!」

「……」


わたしが一言発すたびに、千春の目は死んでいく。


「ち、千春……?」

「……なんというか、色々考えてるだけ。気にしないで」


そう言った千春は、すこし早歩きになる。


「待ってよ~」

「ごめんなさい、今日は先に行くわ」


そして、ついに千春は完全にわたしを置いていく。

どんどんと離れる背中に手を伸ばすが、届くことはない。


――その後も、千春に半分無視されるような状況で一日を過ごし、久しぶりに一人で帰宅したのだった。



◆◇◆◇



「うぅ……」


喧嘩別れのような形で終えた日が金曜日だったというのもあって、天も味方していないことを告げるように、一週間が終わってしまった。


そして、土曜日の昼。


今まで喧嘩をしてもその日には仲直りしていたし、一日中LINEで会話すらないという初めての出来事を現在進行形で経験している私は、布団にくるまりながら一人反省会を行っていた。


「なにがよくなかったんだろう」


枕に顔を埋めながら、そう口にする。

実際には口も枕に埋まっているので、周りにはもごもご言っているだけに聞こえるのだが、細かいことは気にしない。


「こんなの初めてだから、わかんないよ」


ごろりと仰向けになって、ぽつりと独り言をこぼす。

今まであった喧嘩のようなものも大体は両方が謝罪しつつ、受け流すような形で終わっていたから、みくとしても初めての出来事であり、分からないのだ。


――コンコン。


『みくー、起きてるのー?』


そんな時、扉がノックされる音が聞こえた。

耳をすませると、聞こえてきたのは母親の声。

そういえば今日は起きてから今まで一人反省会を行っていて、まったくリビングに降りていなかったことに気付いた。


「起きてるよー、ちょっと考え事してて」

『そう、お母さんちょっと出かけてくるからー』

「はーい」


声を張って、扉越しにそう返事をする。

そこで初めて、とても喉が乾いていることに気付く。

どれだけ長いこと、反省会に熱中していたんだろう。


「起き……」


みくは、のそのそとお布団から這い出ようとしたところで、ひとつのことに気付いた。


「……わたし、千春がいないとダメダメなのでは?」



その事実に気付いてからの行動は早かった。

まずはLINE。

『昨日のことについて謝りたいから謝罪の場をください』

とLINEを送った。

正直、未だに怒らせてしまった理由はよくわかっていないけど、謝らないでこのままというよりはずっと良いと思ったからだ。

返信は来ていない。


そして、水をたくさん飲んで、ご飯をお腹いっぱいになるまで食べた。

シナシナになった姿を見られてはいけないと、メイクをした。

そして、LINEの返事を待たずに、わたしは彼女千春の家に向かう。



◆◇◆◇



一軒家であるわたしの家――そして、その真隣にそびえ立つ一軒家。

それが、目的地である千春の家。

そう、私たちは家が隣なのである。


つまり家を出てすこし横に歩けばすぐに着く距離感なので、歩いて向かう。

家のインターフォンを押すと、すこしして声が聞こえてきた。


『え……なに、突然』

「謝りにきた!!」

『声デカいし……謝りに来たって、なんでもいいや。とりあえず開けるから』


プツッとインターフォン越しの会話が終わって数秒、玄関の鍵が解錠される音が聞こえて、その後扉が開いた。



――そして、扉の先に居た人物に私は、度肝を抜かれることになる。



「こんにち――」

「ん、どうしたの、突然」


目の前に立っていたのは――KPOPアイドルも、ソシャゲの激メロお姉さんも顔負けの、とんでもなく激メロな女の子だった。


「ち……ちは……千春……?」

「えぇ、ちょっとメイクの練習をしてて。LINEしてくれてたのかしら」


いや、見てなかったのかい。

――じゃなくて。


「メッロ……」(口を抑えて)


いや、メロすぎるでしょ。

ビックリだよ、十年以上聴いてきた声が、とんでもないから聞こえてくるんだもん。

いや、もうと表現するのも不敬?


不敬罪で処される……。(?)

あれだっけ。

最新のアップデートで、自然に二人羽織とか出来るようになったんだっけ(?)


「とりあえず入りなさいよ」

「は、はひ……」


激メロ女神様(?)から「入って」と言われれば、もちろんNOという選択肢はない。

そそっと家の中に入り、そのまま会話もなく、千春の部屋へ向かった。



広くはないが狭くもない、いわゆる普通の部屋の中に入って定位置であるドデカぬいぐるみの隣に座ると、千春のような何かを見上げた。


「えっと……千春……で、良いんだよね?」

「何よ、顔も忘れたの?」


いやだって……。


「メロすぎる……」

「……そればっかり」


千春は呆れたという風に、肩をすぼめた。

そして千春は、本題に話を戻す。


「それで、謝りにきたって?」

「あ、そうだった」


千春にそう言われてから謝罪の件を思い出した時点でカスを極めている気がするが、気にしない。

姿勢を崩した状態――いわゆる女の子座りというやつから、正座になって背筋を伸ばした。


「大変申し訳ございませんでした……」


両手をつき、頭を床に擦り付ける。

終始ポカンとしている千春の顔は、見れていなかった。


「え……なに。アンタ、私になんかしたの?」

「ほえ?」


まさかの発言に顔を上げる。

膝に両手を置き、千春のことを見た。


「とくに、謝られるようなことをされた覚えがないのだけれど」

「え」


…………。

そ、そうだ。昨日の件を説明しよう。


「ほら、昨日!わたしがメロい女の話をしてて!」

「してたわね」

「……え、っと、それで、突然千春がわたしを無視して歩き出して!」

「……あー」


すると反対に、千春の方が居心地の悪そうな顔をして。

すーっと息を吸ってから、千春は話し始めた。


「二つ、理由があるわ」

「ふたつ」


千春が二本指を立てて、こちらに向ける。

なんだかそのさまがおかしくて、みくも同じジェスチャーを千春に向けた。


「一つは……メイクの練習でもしてみようかって、一人で考え事をしちゃって」

「そ、それで?」

「……そうね、ちょっとだけ、考え事に夢中になっていただけだと思って」


千春は目を逸らしながらそう言った。

それは、明らかに二つ目の理由が関係していると自白しているようなものだった。


「千春ぅ」

「うっ……」


じーっと、千春を見つめる。

千春は居心地悪そうに両手をにぎにぎしながら、ぽつりと呟いた。


「……嫉妬したって言ったら、どう思う?」

「…………」


――えっ?


「今、なんと……?」


聞き返すと、千春の顔は少しずつ赤みを帯びてきて。


「だ、だから……!みくがあまりにもほかの女の子の話をするから……」

「え、カワイ……」


つい可愛すぎる幼馴染にそう言葉を漏らすと、千春は更に顔を真っ赤にした。

こうなれば、わたしは無敵だ。


「つまり、それでメイクも練習してたの? わたしのLINEにも気付かないくらい、熱中して」

「……そうよ、ええ、そうよ!? 悪い!?」

「逆ギレ!?」


千春はさっきまでわたしの隣に鎮座していたはずのドデカぬいぐるみをすごい力で引っ張って(かわいそう)抱き抱えると、顔を埋めた。


「うぅ……絶対知られたくなかったのに……」


そう言って、一向に顔をあげない。

せっかくのメロ……かわいい顔が台無しだ。


「千春」

「ん……」


わたしは千春の前へ向かい直し、ドデカぬいぐるみ越しに抱きしめる。


「よーし、よーし」

「……なによ、子供扱い?」


かなり大きいぬいぐるみのため、ぬいぐるみを押しつぶしながら千春の頭へ手を伸ばす。


「わたしはいつでも千春のことが大好きだし、一番に思ってるよ」

「……でも、ソシャゲの女の子の方が好きなんでしょ」

「それはあくまでも推し。一番ラブなのは昔からずっと千春だよ」


――空気的に、今ならなんでも言えると思うから。



「ねぇ、千春」

「……なによ」


やさしい、声色だ。


「わたしね、千春がいないとダメダメなんだって、気付いたの」

「……今更ね」


わたしは千春のこの声に、何度も救われてきた。


――だから。


「ねぇ、千春」


これからも。

ずうっと、一緒だよ。

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顔のいい女の人っていいよねって話をしていたら、超絶顔のいい激メロ女神が現れた 下無川ぜんざい @zenzaiinthe

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