【台本】一目惚れ

おかぴ

一目惚れ

◯瑛太の家の玄関


(SE:ドアが開く音)


瑛太「ただいまー」


 旭「おじゃましまーす……」


瑛太「おう。入れ入れー」


 旭「だけどさ。突然押しかけてきてよかったのかな」


瑛太「水臭いこというなって。お前、この前の失恋引きずってるし」


 旭「うう……」


瑛太「ホント、ひどい話だよな……」


 旭「まひろさん……『私、優しい人が好み』って言ってたじゃん……なんで……」


瑛太「よりにもよって優しさどころか暴力とサディスティックのかたまりみたいな沢口と付き合ってたんだもんな……」


 旭「それだけならまだいいけどさ……なにもみんなの前であおらなくてもいいじゃん……」


瑛太「『あさひくんごめんね。でも沢口くんってホントは優しいの。キミも優しいけど、なんだかおじいちゃんみたい(笑)』」


瑛太「『だってよwww まぁお前はまひろの幸せを願いながら老人ホームで静かに余生を過ごすんだなwww』」


瑛太「だっけ」


 旭「うわぁぁあああん!!」


瑛太「待て! 俺が悪かった! 俺が悪かったから泣き叫ばないでくれっ!!」


 旭「うう……ごめん瑛太えいた……」


瑛太「ふぅ……」


 旭「……でもさ。瑛太えいた、めちゃくちゃ怒ってくれたじゃん」


瑛太「ん? まぁな」


 旭「あのあと沢口くんに無言でドロップキックしてくれてさ」


 旭「『てめーらあさひ誠心誠意せいしんせいい謝らねーと俺が無縁仏むえんぼとけにぶち込むわ』」


 旭「『特別サービスで卒塔婆そとばだけは立ててやる。ウェルシオで売ってる百円のやつだけどな』キリッ」


瑛太「そのあと関元センセにめちゃくちゃ怒られたけどな(笑) しかも沢口たちからの謝罪は有耶無耶うやむやになっちゃうし(笑)」


 旭「んーん……ぼくは嬉しかったよ。ありがと」


瑛太「ならよかった。その代わり俺が困ってたら助けてくれな」


 旭「僕で力になれることなら」


瑛太「おう! んじゃ今日は遊ぼうぜ! 俺は先に洗濯物出して弁当箱洗うからさ。先に俺の部屋に行ってなよ」


 旭「えー……やだよ一人にしないでよ……」


瑛太「え、なんで?」


 旭「だって瑛太えいたと一緒じゃないときに家の人とばったり出くわしたら……」


瑛太「余計な心配すんなって。今日は親はふたりとも仕事で夜遅いはずだし」


 旭「だとしても心細いよ……」


瑛太「お前、どんだけ度胸ないの……とにかく! 階段上がってすぐ右。立て札立てかけてあるからすぐわかると思う」


 旭「えー……」


瑛太「んじゃなー。バヒューン」


 旭「……行ってしまった……仕方ない。二階に上がるか」


(SE:階段を上がる音)


 旭「えーと……立て札って……これか。『おっぱい教極東きょくとう支部東海出張所』? なんだこりゃ」


(SE:ドアをゆっくり開く音)


 旭「失礼しまーす……うおっ。けっこう散らかってるなぁ……」


 旭「足の踏み場がない……ちょっとは片付けなよ……」


(SE:ビニール袋のカサカサ音)


 旭「……よし。座る場所は確保した。よっこいしょ……」


一夏「瑛太えいたー? 帰ったのー? いるー?(SE:軽いノック音)」


(SE:ドアが開く音)


一夏「ありゃ? 瑛太えいたじゃない?」


 旭「!?」


一夏「誰? 瑛太えいたの友達?」


 旭「は、は、は、はい……」


一夏「そっかそっか。私は瑛太えいたの姉の一夏いちかです。よろしくー」


 旭「あ、あ、あ……あ、あの……(しどろもどろ)」


一夏「どうしたどうした(笑) 落ち着け落ち着け(笑)」


 旭「あ、あの! ぼ、ぼ、ぼくは、たちばな、あ、あさひです」


一夏「アサヒくんか。よろしくねー」


 旭「は、は、はいっ!」


瑛太「ありゃ。一夏いちか姉ちゃんどうした?」


一夏「あさひくんにごあいさつ」


瑛太「ああ。こいつ俺の友達でさ。今日は一緒に遊ぼうと思って」


一夏「そかそか」


瑛太「というわけで一夏いちか姉ちゃん。邪魔すんなよ」


一夏「なんだろ。ここは姉ちゃん力アピールのために飲み物とお菓子の差し入れとかした方がいい?」


瑛太「いいよ別に。自分たちでやるからさ。なぁあさひ?」


 旭「……」


瑛太「?」


一夏「そっか。んじゃ私は自分の部屋にいるから」


瑛太「……あ。ああ。あいよ」


一夏「あさひくん。またねー」


 旭「……」


(SE:ドア閉じる音)


瑛太「一夏いちか姉ちゃん、何しに来たんだ……」


 旭「……」


瑛太「まぁいいや。喉乾いたら言ってくれ! 口さみしくなったらポテチもあるからって……あさひ?」


 旭「(ポツリと)落ちた……」


瑛太「どうした? 気分悪いのか?」


 旭「落ちた……落ちた……」


瑛太「んんー? どうした?」


 旭「わかんない……わかんないけど……」


瑛太「? ??」


 旭「落ちちゃった……かも……」


瑛太「へ?」


旭「え、瑛太えいた……あのさ」


瑛太「うん?」


 旭「なんかさ。耳が変なんだよ。めっちゃ熱いし、なんか奥の方でゴゴゴって鳴ってるの。なんか……変じゃない?」


瑛太「んー? ちょっと見せてみ……ってお前! 耳どころか顔まっかっかだぞ!?」


 旭「うう……」


瑛太「ちょっとデコチンこっち見せてみ……って、あっつ!? なんだ風邪か!? 熱出てるのか!?」


 旭「そうじゃないけど……」


瑛太「待ってろちょっと体温計持ってくるから……」


(SE:ドアが開く音)


一夏「なんか大騒ぎしてるみたいだけど、どうかしたー?」


 旭「うひゃぁあああああっ!?」


瑛太「一夏いちか姉ちゃん! あさひが熱出した!!」


一夏「ぇえ!? 大変だ!!」


瑛太「体温計どこだっけ? あと冷えピタってまだ残ってたか?」


一夏「確かまだあったと思うけどー……」


 旭「待って! 大丈夫! 大丈夫だから!!」


一夏「そうなの?」


瑛太「大丈夫なわけあるか! こんなに顔真っ赤で、顔だってめっちゃポッポしてるし!!」


 旭「ホントに、大丈夫だから……!」


瑛太・一夏「……ならいいけど……」


一夏「んじゃ私は部屋に戻るけど、何かあったら呼んでね?」


瑛太「おう」


一夏「あさひくんもお大事に」


旭「……ア、アジガト……ゴジャマス……」


(SE:ドアが閉じる音)


瑛太「ホントに大丈夫か?」


 旭「わかんない……大丈夫だけど、大丈夫じゃない……かも……」


瑛太「?」


 旭「(ポソリと)……ねぇ瑛太えいた


瑛太「ん?」


旭「(ポツリと)お姉さんの声、めっちゃキレイだね……」


瑛太「そうかー?」


瑛太「……?」


瑛太「……!?」


瑛太「まさかお前……!?」


旭「うん……落ちたかもしれない……」


瑛太「マジで?」


旭「うん……つーか多分落ちてる……」


瑛太「……」


旭「さっきからさ。お姉さんの声が耳から離れないんよ」


 旭「んでさ。聞こえるたびに胸がドキドキ痛くてさ。思い出さないようにするんだけど、そしたら声が聞こえなくなってすごくさみしくてさ……」


瑛太「え……お前、それ相当重症じゃね……?」


 旭「かもしれない……」


(SE:スマホさわさわする音)


瑛太「あさひ


 旭「うん?」


瑛太「ほれ。一夏いちか姉ちゃんの自撮り」


 旭「ひやぁぁあああああっ!? 突然こっち向けないで!!」


 旭「見られてる! お姉さんに見られてる! お姉さんと目が合っちゃうッ!?」


瑛太「欲しい?」


 旭「で、でもお姉さんに無断でもらうなんて……!」


瑛太「いらない?」


 旭「あ、で、でも、違くて……ど、どうしよ……」


瑛太「……いまLINEで送るな」


 旭「う、うん……」


瑛太「ほい送った」


 旭「あ、ありがと……」


瑛太「ゆぉーうぇるかむ」


(SE:スマホさわさわの音)


旭「……っ!!」


瑛太「どうした?」


 旭「目、目、開けられない……ッ ま、眩しくって……ッ」


瑛太「そうか」


 旭「……よ、よし目を開くぞッ」


 旭「ふぬッ!!」


 旭「ふわぁぁぁあああああんっ!?」


瑛太「……」


 旭「見、見られないよ……ただの自撮りなのに、恥ずかしい……」


 旭「閉じないと……LINE閉じないと!!」


(SE:スマホさわさわの音)


 旭「……ねぇ瑛太えいた


瑛太「ん?」


 旭「どうしよう……お姉さんの自撮りが見られなくて、すごくさみしい……」


 旭「めちゃくちゃさみしい……まるで遊園地で迷子になったときみたいだ……」


瑛太「……」


瑛太「……一夏いちか姉ちゃんの自撮り、見ればいいんじゃね?」


 旭「そ、そっか……! それだ……!!」


(SE:スマホさわさわの音)


 旭「よ、よし……開くよ……」


瑛太「早くしなよ」


 旭「う、うん……えいっ」


 旭「ふわぁぁぁあああああんっ!?」


瑛太「……」


 旭「どうしよう瑛太えいた!? 見なかったら悲しい!! でも見たら恥ずかしくて見られない!? どうすればいいんだ!? どうすれば……」


瑛太「お前、こんなにアホだったっけ……?」


 旭「アホって言わないでよー……」


瑛太「いやまぁまひろみたいなクソ女よりはうちの一夏いちか姉ちゃんの方が……」


 旭「ああ、そういやいたねぇまひろさんて人」


瑛太「失恋が記憶から抹消されたぐらいショッキングな一目惚れだったわけか……」


 旭「いま聞くと大嫌いなピーマンと同レベルの嫌悪感けんおかんがみなぎってる名前だねぇまひろさん。名前から青臭さと苦々しさを感じるよ」


瑛太「大嫌いなピーマンと同列に語ってるあたり、ホントに嫌悪感けんおかんを感じてるみたいだな」


瑛太「でもさ。なんで一夏いちか姉ちゃんなんだよ? 別にキレイなわけでもかわいいわけでもないじゃん」


 旭「か、かわいいよ!! お姉さん、めちゃくちゃキレイで可愛くて、この世のものとは思えないよ!!!」


瑛太「この世のものとは思えないってところがちょっとコンプラ的にどうかと思うけど、それぐらい舞い上がってんだな今のあさひは」


 旭「そんなんわかんないよー。でも、お姉さんすごく目がキレイでキラキラ輝いてるように見えて……」


瑛太「一夏いちか姉ちゃん、目がぱっちりしてるしな」


 旭「なんかサラッサラでキレイな髪が、ラメ入ってるみたいにキラキラしてて……」


瑛太「別にそんなキラキラなヘアメイクはしてなかったと思うけどなぁ」


 旭「なんか『キラキラッ』て効果音が鳴ってて、お姉さんの周りには楽しそうにひらひら踊ってる妖精さんたちがいて……」


瑛太「幻覚げんかく幻聴げんちょうが出てきてるあたり、やっぱり熱出てんのかなコイツ……」


 旭「ね、ねぇ?」


瑛太「ん?」


 旭「お姉さんてさ。ど、動物園とか、好きかな?」


瑛太「なんでだ? 誘うのか?」


 旭「う、うん……できれば……」


瑛太「あさひって、こんなアグレッシブなやつだったっけ……?」


瑛太「好きは好きだったと思う。小さい頃はアメリカバイソンが好きで、よくバイソンの檻の前で『お、おお……おおう……』てひょっとこみたいな口して挙動不審きょどうふしんになってたなぁ」


 旭「……」


瑛太「でも今も好きかどうかは……ん? 口押さえてどうした? 涙目になってんぞ?」


 旭「か、カワイイ……なんて可愛い人なんだお姉さん……」


瑛太「今のが!?」


 旭「どうしよう……可愛すぎて心臓止まりそう……ハァーハァー……瑛太えいたんち、ちゃんとAEDある……?」


瑛太「蘇生そせいが必要な事態に陥ること前提なのか……」


 旭「だって……お姉さん可愛すぎて死んじゃう……ッ」


瑛太「んな大げさな……つーかいま聞いてきちゃるよ」


 旭「ま、まって……!」


瑛太「いいからいいから。ちょっと待ってろ〜っと……」


(SE:ドア開く音)


瑛太「姉ちゃーん。ちょっといいかー」


一夏「なにー? どうしたー?」


 旭「ふぐッ!?」


瑛太「一夏いちか姉ちゃんさ。昔はよく動物園のバイソン見てオウオウ言ってたじゃんか」


一夏「そんな昔のことよく覚えてたねぇ」


瑛太「今も好きなん? つーか彼氏と動物園デートとか一夏いちか姉ちゃん的にどうなん?」


一夏「突然なんなんwww」


 旭「ダメダメダメ……! 核心に近づきすぎてるよ瑛太えいた……ッ!!」


一夏「いいねぇ動物園デート。今も好きだよ。相変わらずバイソンの前でオウオウ言うと思う」


 旭「はうッ!?(格ゲーで攻撃食らったときの悲鳴みたいな声)」


瑛太「やっぱりwww 一夏いちか姉ちゃん変わってないのなwww」


一夏「瑛太えいただって変わってないくせにwww 今も絶対ダチョウの前でウホホウホホって喜ぶでしょwww」


瑛太「うるせーwww ありがと一夏いちか姉ちゃん!」


一夏「はーい」


(SE:ドア開く音)


瑛太「ただいまー。聞こえてたと思うけど一夏いちか姉ちゃんやっぱり今もアメリカバイソンが……って、どうしたあさひ!?」


 旭「カヒュー……カヒュー……(呼吸困難な呼吸音)」


瑛太「大丈夫か!?」


 旭「お姉さん、可愛すぎて……心臓が……カハッカハッ」


瑛太「ああ、そういうことねー」


 旭「助けて瑛太えいた……苦しい……心臓が痛い……これが、これが恋の痛み……ッ!?」


瑛太「多分違うと思う」


(SE:ドアが開く音)


一夏「そうだった。瑛太えいたー」


 旭「ほわぁぁああああっ!?」


瑛太「一夏いちか姉ちゃんどうしたー?」


一夏「……ねえ瑛太えいたあさひくん大丈夫? なんか痙攣けいれんしてるけど」


瑛太「大丈夫大丈夫。AEDはいらないから」


一夏「? まぁいいか。そろそろ晩ごはんの準備はじめるけど、なにかリクエストある?」


瑛太「ぇえ〜もお? でも別に俺はまだ……」


一夏「あさひくんも食べてく? 食べたいなら一緒に作っちゃうよ?」


 旭「カヒュー……カヒュー……(虫の息)」


一夏「ほらあさひくんも食べたいって言ってるじゃん」


瑛太「あさひの呼吸音から一体何が聞こえたんだよ一夏いちか姉ちゃん!?」


一夏「それよりほら。リクエストは?」


 旭「……ぐあッ!? くはぁー……死ぬかと思った……」


一夏「あ、あさひくん生き返った」


瑛太「でも一夏いちか姉ちゃん、中華丼以外に作れるもの無いじゃんか」


一夏「わかんないよー? 試しに言ってみたら、私も案外作れるかもよ?」


瑛太「んじゃ、ハンバーグ」


 旭「ハァ……ハァ……ハァ……ッ」


一夏「了解。中華丼ねー」


 旭「ぐはッ!?(血を吐いた感じで)」


瑛太「なんだよ結局中華丼じゃんかっ」


一夏「しょうがないじゃん中華丼しか作れないんだからー」


 旭「なんで……なんでこんなボケ倒しが可愛いの……お姉さん……ッ……ゲフッ!?」


一夏「……瑛太えいたあさひくんって大丈夫?」


瑛太「え? なんで?」


一夏「だって、さっきからなんか変じゃん。今だって殺人事件の死体みたいなポーズで倒れてるし。今にも司法解剖しほうかいぼう始まりそうな顔してるけど」


瑛太「ほっといてやって……」


一夏「はーい。んじゃパパッと作ってきちゃうねー。できたら呼ぶよ」


瑛太「あいよー」


一夏「あさひくん、またあとでねー」


 旭「……」


瑛太「返事が無い。ただのしかばねのようだ」


一夏「んじゃねー」


(SE:ドア閉じる音)


瑛太「一夏いちか姉ちゃん行ったぞ〜」


 旭「……ブハッ!?」


 旭「どうしよう瑛太えいたどうしよう!?」


瑛太「よかったじゃんか。一目惚れ初日に一夏いちか姉ちゃんの晩飯食べられて」


 旭「食べていいのかな!? そんな恐れ多いことして、ぼく死んじゃったりしない!?」


瑛太「お前もう今日だけで何回も生死の境を彷徨ってるだろ……」


 旭「どうしよう……ぼくの人生決まっちゃうけどいいのかな……瑛太えいたと同学年なのに、義理のお兄さんになっちゃう……」


瑛太「晩飯作ってくれるってだけでもう結婚まで視野に入れてるの!?」


 旭「だって! ぼくのご飯作ってくれるって、つまりそういうことでしょ!? 違うの!?」


瑛太「違うだろ!?」


一夏「瑛太えいたー? あさひくーん? ご飯できたよー?」


瑛太「はーい。ほらできたってさ。下行こうぜ」


 旭「……」


瑛太「? あさひどうしたー? あさひー?」


 旭「『あさひくーん? ご飯できたよー?』(声真似)」


 旭「なんて美しい響きなんだろう……まるで荘厳そうごんな教会に響き渡る讃美歌さんびかのようにキレイだ……」


瑛太「何言ってるんだよ早く行くぞって」


 旭「ごめん瑛太えいた。今の僕には、頭の中に何度も繰り返されるお姉さんの『あさひくーん? ご飯できたよー?(声真似)』以外は聞こえない」


瑛太「何いってんだか……ほら行くぞー」


(SE:足音ドタドタ)


 旭「あっ……! ちょっと待って手引っ張らないで……!! 階段危ないッ!?」


瑛太「階段降りて〜……よし着いた。うちの居間だ!」


 旭「!?」


瑛太「ん? どうしたー?」


 旭「居間に続くドアから光が漏れてる……なんて神々こうごうしい……天使の木漏れ日……!」


瑛太「アホなこと行ってないで先に行くぞー」


(SE:ドア開く音)


一夏「おっ。やっときた」


 旭「ほわぁぁぁああああ!!! ま、眩しいッ!? な、なんて神々こうごうしく光り輝く中華丼なんだ……!?」


 旭「こんな中華丼は初めてだ!! なんだこの優しいグリーンの輝きは……!? 神の祝福をふんだんに取り入れているというのか……ッ!?」


瑛太「おまたせ〜……って何これ?」


一夏「何って、いつもの中華丼」


瑛太「いつもの中華丼よりピーマンの割合多いじゃん。つーかピーマンしかないじゃん。こりゃ中華丼っつーかピーマン丼じゃね?」


一夏「いいじゃん私ピーマン好きだし」


瑛太「別にいいけどさ。でもあさひ、お前ピーマンだめじゃなかったっけ?」


一夏「え? そうなの? ごめんねあさひくん。嫌いならよけても大丈夫だよ?」


瑛太「ピーマン避けたらあとはウズラのたまごしか残って無いだろ……」


 旭「そんなことないです! ぼくもピーマン好きです!」


一夏「なぁんだ! ならよかった!」


瑛太「あれ? そうだっけ? でもさっきピーマン嫌いって話してなかったっけ?」


 旭「ピーマンってどうしようもない青臭さとあとを引く苦々しさが絶妙ぜつみょうで、食べると鳥肌がブワァァアアアッて立ってくせになりますよね!?」


瑛太「それ、嫌いな物を食べたときの反応じゃね?」


一夏「そうだよね! 苦みと香りがくせになるよね!!」


瑛太「あれ!?」


 旭「はい!」


瑛太「なんか変なところで歯車が噛み合い出したぞ?」


一夏「よかったー安心した! ほら。座って座って!」


 旭「はい! 失礼します!」


瑛太「ま、まぁ、本人たちがいいならいいのか? あさひも少し落ち着いたみたいだし」


 旭「じ、じゃあ、いただきます!」


一夏「はい召し上がれー」


 旭「うまい! サイッコーにおいしい!!!」


瑛太「待て待てまだ口に入れてすらないだろ」


一夏「あさひくん落ち着いてー。レンゲで食べてねー」


 旭「は、はい! では……!」


(SE:食器のカチャカチャ音)

(SE:あさひの『もっきゅもっきゅ音』)

(SE:ゾワゾワァァアアアって感じの鳥肌の音)


 旭「おいしぃぃいいいい! 鳥肌が止まりません!!!」


瑛太「命削ってるなぁあさひ……顔も青ざめてるし鳥肌が全身に……」


一夏「美味しそうに食べてくれてありがとう!」


瑛太「一夏いちか姉ちゃん!? あさひの状況をポジティブに捉えすぎだろ!?」


 旭「(なんか虚ろな言い方で)天にも昇る心地です……亡くなったひいじいちゃんが川の向こうでツイスト踊ってるのが見えます……」


瑛太「ホントに天に昇りかけてるじゃねーか!! 死因がピーマンて笑えないぞ!?」


一夏「アッハッハ! あさひくんって面白いねー(笑)」


瑛太「面白くねーから! 今まさに生きるか死ぬかの瀬戸際せとぎわだから!!!」


 旭「ぐぶッ!? ……あー落ち着いたー……」


瑛太「大丈夫か?」


 旭「瑛太えいた……幸せすぎて死ぬって、ホントにあるんだね……今なら女子が『ドキドキし過ぎて死んじゃう』とか行ってた気持ちがわかるよ……」


瑛太「人の気持ちが分かるようになってなによりだよ……」


一夏「それはそうとさ。一緒に写真取ろうよ」


旭「!? なんですと!?」


瑛太「突然どうした一夏いちか姉ちゃん」


一夏「いやぁ、せっかくあさひくんと仲良くなったからさ。写真取りたいなーと思って」


瑛太「俺はいいけど……」


一夏「いやあんたとじゃないからwww あさひくんとだからwww」


瑛太「わかってるわいそんなことー! あさひどうする?」


 旭「ムリムリムリムリムリムリ!! 一人でお姉さんと写真って恐れ多くてムリムリムリ!!!」


瑛太「だよなぁ〜……」


一夏「ぇえ〜。いいじゃん二人で写真撮るだけなんだし〜」


 旭「ムリムリムリほんとにムリ! (必死に)瑛太えいた! 瑛太えいたも一緒に!! お願い瑛太えいた!! 瑛太えいたッ!!!」


瑛太「あさひのそんなに必死なお願い、生まれて初めて聞いた気がする……」


(SE:立ち上がる音)


一夏「仕方ないなぁ。ほら!」


 旭「あッ!? お姉さん待って!! 突然来て肩抱かないで! 密着しないで死んじゃう!!」


一夏「ほら瑛太えいたもこっち来て一緒に写真撮って! あさひくんのお願いだし!!」


瑛太「いいけど……あさひ大丈夫か……」


一夏「ほら瑛太えいたもくっついてー!」


瑛太「わかったからグイグイひっぱるなって……!」


 旭「あッ!? 待って!! 顔くっつけないで!! いい匂いしちゃう!」


一夏「だって顔くっつけないと三人入らないし! ほらもっと顔くっつけて!!」


 旭「ダメ! お姉さんダメ! 出ちゃう! 魂が鼻からはみ出ちゃう!?」


一夏「うっはwww あさひくん顔トゥルトゥルwww 肌触りめっちゃきもてぃぃwww」


 旭「頬ずりされとる! すべすべお肌のお姉さんにスリスリ頬ずりされとるぅぅうううう!?」


瑛太「一夏いちか姉ちゃんやめろ! あさひのメンタルがもう持たない!!」


一夏「ねぇちょっとまってあさひくんホントに男? 瑛太えいたと全然違ってお肌すべすべトゥルトゥルなんだけどwww」


 旭「カヒュー……カヒュー……(呼吸困難)」


瑛太「耐えろあさひ! いま撮るから! それまで何としても耐えろッ!!」


一夏「いえーい!」


(SE:スマホのシャッター音)


一夏「はーいふたりともおつかれさまー」


瑛太「ほら一夏いちか姉ちゃん! いつまであさひにほっぺたくっつけてるんだよ! もう撮ったぞ!!」


一夏「デュフフフwww あさひくんのほっぺた気持ちよくてずっとスリスリしていたいでゴザルwww」


瑛太「何アホなこと言ってるんだよこれ以上はあさひが持たないの! だから離れろって!!」


一夏「あさひくんが持たないってなんなんwww それはそうと撮れた写真見せてよ」


瑛太「ほらこれ……!?」


一夏「!?」


瑛太「……」


一夏「なにこの写真……白目いてるあさひくんの鼻から、煙みたいなのが出てるけど……」


瑛太「この煙、顔みたいに見えるよな……あさひに似てる……」


一夏「瑛太えいたもそう思う?」


瑛太「これ……あさひの魂なのか……」


 旭「瑛太えいた……お姉さん……(少しエコー)」


瑛太「!? うわぁぁあああ!」


一夏「あさひくん!? 身体が透き通ってるよ!?」


 旭「ふたりとも……生前は大変お世話になりました……もう、思い残すことはありません……(少しエコー)」


瑛太「待て! 行くなあさひ!!」


一夏「あさひくん!? 死んじゃうの!?」


 旭「ありがとう……ふたりとも、ほんとうにありがとう……(少しエコー)」


 旭「……こうして、一夏いちかお姉さんに一目惚れしたあと、ぼくは死んだ」


 旭「でも瑛太えいた一夏いちかお姉さんの懸命の処置によって、ぼくはなんとか一命をとりとめた。二人には感謝しか無い」


旭「……そして、1ヶ月後」



◯1ヶ月後 動物園入場口前


 旭「三人で動物園で遊ぶはずが……瑛太えいたに外せない用事が入って、意図いとせず一夏いちかお姉さんと二人きり……」


 旭「純粋に嬉しいけど……大丈夫かな……この前みたいに死ななきゃいいけど……」


 旭「つーか入場口で待ち合わせでいいんだよな? 間違えてないよな……確認確認……よし大丈夫」


 旭「ドキドキ……」


一夏「おまたせー!」


 旭「あ、一夏いちかおね……!?」


一夏「いやー準備にちょっと手間取っちゃって」


 旭「いやあの、えっと……」


一夏「んー? どうしたー?」


 旭「えっと……私服、初めて見た、ので……」


一夏「ああ。この前友達のかえでといっしょに服屋さん行って買ってきた! どうかな?」


 旭「あ、あの……とてもよく……似合って、ます……」


一夏「ありがと! あさひくんも私服初めて見たけど、似合っててカッコイイね!」


 旭「ゴバァアッ!?(吐血)」


一夏「今日は死んじゃダメだよー。瑛太えいたいなくて私しかいないから救命措置きゅうめいそち出来ないからねー」


 旭「は、はい……ぐぶッ……」


一夏「んじゃ入ろっか。早くアメリカバイソン見たいし」


 旭「はい!」


一夏「ところであさひくん」


 旭「はい?」


一夏「手、つなぐ?」


 旭「はわッ!? 突然なんで!?」


一夏「いや、なんとなくだけど。どうする?」


 旭「お、恐れ多いです! 死んじゃいます!!」


一夏「そっか」


 旭「は、はい……すみません……」


一夏「いえいえ」


(間)


一夏「……やっぱり、手つなご」


 旭「う……」


一夏「ほら」


 旭「は、はい……じゃあ、失礼します……」


一夏「うん」


終わり。


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