月が綺麗ですね

白雪ななか

第1話

 昼休み、昼食を済ませてぼんやりしているとポケットで携帯が震えた。


 誰からだろうと確認しておっ……と少しだけ驚く。


 画面に表示されている名前を見て半年位ぶりだな……と一人呟く。



 久しぶりのご飯の誘い、仕事終わったらいつもの場所で……とだけ書かれていたラインに了解と打ち込んだ。


 携帯をポケットにしまい、昼からの会議に備えた。



☆☆☆



 時刻は七時過ぎ、店に行くとそいつはもう座っていた。



「先輩遅いですよ!」



 来るのが遅いから先に飲み始めていたのだろう。


 既に顔を赤くしながらそいつはわざとらしく怒った。



 高校から一緒でそのまま大学も同じ。


 大学時代なんかは、この居酒屋によく一緒に飲みに来ていた一つ年下の後輩だ。


 短い髪に耳にはお洒落なピアスをして学生の頃より大分垢抜けた。




「おお、スーツじゃん。社会人っぽいな」


「とっくに社会人ですよ! 二年も前からね」



 後輩はちらっと俺を見てくる。



「先輩はベテラン臭漂ってますね、それと目元の隈が素敵です」


「言うな」



 新入社員の頃から君、おっさん臭いね……とよく言われる。


 隈に関しては今日の会議に出す書類を徹夜で作っていたせいだ、手抜きをしてもいいがどうせ後々自分の首を絞めることになるのだ。完璧を目指さないわけにはいかない。



「とりあえず」


「おう」



 店員が持ってきたジョッキで乾杯した。


 飲み会開始から暫くはお互いの会社の愚痴を言い合った。


 不思議なものだ。久しぶりに会ったって言うのに遠慮というものがない。



 何年も一緒だったんだ、腐れ縁に近いかもしれない。


 特にそれを感じるのはこいつが嘘をついている時の癖を分かっているからかもしれない。



 まあ、きっと俺の方だけだと思うからあえて言わない。


 気付いて癖をしなくなったら困るしな。


 既に大分酔っ払った後輩が顔を赤くしながら前を向く。



「そういえば先輩覚えていますか?」


「何を」



「大学二年の時、先輩言ってましたよ。俺は好きな人を白馬に乗って迎えに行くんだって」


「そんなバカな事言ってたか?」



「言ってましたよ、私それ聞いてこの人って本当に馬鹿だなってこっそり思ってました」


「今言っちゃったらこっそり思ってた意味ねえじゃん」


「あ、そうだ。あはは!」



 焼き鳥を頬張りながら後輩は楽しそうに笑った。


 こういう明るい素の姿は、彼女の魅力だと思ってる。



 ぼんやり見ていると後輩が俺を見た。


 大分酔ってきたのか目が座っている。



「先輩はぁ……あれから恋人とかはいるんですか?」


「いねえよ、いたらお前と飲みに来てねえよ」



 これは間違いない。



「あはは、そうですよねえ。じゃあ今好きな人は?」


「……いねえよ」


「あはは、先輩は流石ですねえ……」



 こめかみを掻きながら言うと後輩は、楽しそうに笑った。


 からかわれているようで居心地が悪い。



「そういうお前はどうなんだよ?」


「ええ? いませんよう」



 口元がムニムニと動いている。



「はい、ダウト」


「え?」


「俺はお前が嘘をついてるかどうかなんとなく分かるんだよ、ほらほら正直に話せ」



 悪のりして、不用意に聞いて、それで聞かなければ良かったと思った。


 後輩はこれまで見た事の無いような照れた顔をして、俯きながら言った。



「実は私、プロポーズされちゃって、まだ返事はしてないけど……きっと近いうち結婚するんです」


 とっさになんと返せばいいか言葉に詰まったが、すぐにビールを一口飲んで、そして笑えた。


「お、おお。おめでとう。良かったじゃないか」


「ありがとうございます、先輩には伝えなきゃなって思ってて」


「俺はお前の親か」


「先輩みたいな父親は要りませんよ」



 後輩はクスクスと笑った。


 俺はジョッキをグイっと飲み、枝豆を一気に口の中に放った。



「そういえば大学の時先輩と一度だけ付き合った事ありましたね」


「三日で別れたあれか」



「先輩モテるから」


「あれは結局お前の勘違いで妹だって説明したじゃないか」



「ふふ……そうでしたね」



 付き合って三日で二股をかけてると誤解されて別れて、結局それっきりだった。



「先輩は好きな人に想いを伝えなくて良いんですか?」



「……だから俺は好きな奴なんていねえって」



 何言ってんだ……と俺はこめかみを掻く。


「お前こそ、プロポーズされたって割に何で返事をしないんだ? 他に好きな奴でもいるのか?」


「いるわけないじゃないですか、返事はわざとじらしてるだけですよ」



 後輩は苦笑いを浮かべながらも何も言わず枝豆を一粒噛む。


 俺は後輩の口元を見ないようにして目を細めた。


☆☆☆


「おい、大丈夫かよ」


「うう……頭痛いです」



 現在俺は後輩を背負って駅に向かっている。


 学生の頃より実った気がするがそれを言うとセクハラって言われそうだから黙った。


 耳元で後輩の唸り声を聞きながら歩き、ようやく駅が見えた。



「あー……ちょっと良くなったのでこの辺で大丈夫です、ありがとうございます」


「いいえ」



 後輩はたんたんとさっきまで酔っていたとは思えない軽快なステップで地面に降りた。


 そして良い笑顔で敬礼する。



「先輩、私幸せになりますね」


「……ああ、幸せになれ!」



 後輩は振り向かず改札の中に入っていく。



 俺はほう……と小さく息を吐いてから彼女の姿が見えなくなるまで見送ってから踵を返す。


 飲み過ぎたせいだろう、その夜は寝つきが悪かった。

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