22――ひとつの可能性
放課後にあたる時間帯からダンジョンに潜っていたせいか、氷空くんたち3人と別れて自宅に帰り着いたころにはもうとっぷりと日が暮れていた。
カギを開けて家の中に入ると、確かに電気を消して外出したはずなのに煌々と照明が点いている。普通なら『泥棒にでも入られたかな?』と不審に思うところだが、私にとっては割と日常なのでいつものことと逆に安心できるぐらいだった。
「あ、トールちゃんおかえり!」
ドアを開ける音に気付いたのか、パタパタとエプロン姿の美桜さんがそう言いながら笑顔で出迎えてくれた。ポン、と3回ぐらい体を撫でるように叩かれたのを不思議に思っていたのだが、どうやら怪我や異常がないかを確認していたみたいだ。
「はじめての渋谷ダンジョン、どうだった? 第1階層は結構混んでたんじゃない?」
「そうですね、小中学生ぐらいの子たちがたくさんいました」
姉ぶれるのが嬉しいのか、まとわりつくように私の周りをウロチョロとする美桜さんを微笑ましく見ながら、彼女からの質問に答える。
小百合さんの話だと経済的な面ではふたり目の子供を迎えられる余裕はあれど、和明さんの多忙さから美桜さんはひとりっ子として育つことになり、彼女は長い間姉妹という存在に憧れがあったそうだ。
小百合さんから『鬱陶しいかもしれないけど、できれば落ち着くまで姉妹ごっこに付き合ってあげてほしい』と苦笑を浮かべながらお願いされたわけだが、別にイヤだとは思っていないし彼女が本心から私を心配してくれているのが伝わってくるので、頼まれるまでもなく美桜さんを家族として大事にするつもりではある。
ただ姉扱いというよりはどちらかというと、懐いてくれている姪っ子に対する扱いみたいになってしまうのは許してほしい。中身が元アラフォーのおじさんだから、なにをどうやっても現役女子高生を姉とは思えなくても仕方がないことだと思う。
「おかえりなさい、トールちゃん。夕ごはん、私たちもここで食べさせてもらってもいいかしら?」
小百合さんがキッチンで料理をしながらそう尋ねてきたので、私はただいまを言ってから『もちろん』と頷いた。というかご飯を作ってもらったのに、自分の分だけ置いてそれ以外は持って帰れなんて普通は言わないし言えないよ。
私が手を洗って部屋着に着替えてくる間に食卓には栄養バランスの良さそうな料理が並んでいて、私たちはそれぞれ席についてから『いただきます』と手を合わせた。
美桜さんから学校での出来事なんかを聞きながら、おいしい食事に舌鼓を打つ。子供の体に戻って味覚が敏感になったのか、一時期は苦みや酸っぱさを感じるものを避けていたのだけどこれまでの人生経験が役立ったみたいで、今は普通になんでも食べられるようになっている。あとは普通に味に慣れた、というのもあるのかもしれない。
ダンジョンのトラップで命の危機に陥った美桜さんだったが、これまで通りに学生生活を送れているようで内心ホッとした。スライムに溶かされて失ってしまった装備についても、和明さんたちが『今回は仕方がない』と新装備の購入許可を出しているそうだ。
前の物と同レベルの装備が無ければこれまで潜っていた階層までたどり着くのは不可能だし、パーティを組んでいるメンバーに迷惑だってかかる。何より美桜さんを大事に想っている和明さんと小百合さんが、娘の身の安全に関わる問題をそのまま放置するはずがないのだ。
ただし装備を買う代金は借金とし、美桜さんがコツコツと両親に返済していく約束になっているらしい。トラップに遭遇したのは不運だったが、そもそもソロで潜っているのに油断していた美桜さんが悪いと判断されたようだ。
借金の条件としてメンバーの予定が合わないからといって、ソロでダンジョンに潜るのは禁止になったんだって。まぁ命の危険もあるんだから、保護者としては当然の判断だと思う。多分実際は請求するつもりはなくて、返済されたお金を美桜さん名義の口座に貯めておいたりするんじゃないかな? 結婚する際に通帳ごと渡すとか。
「ね、パパもママも厳しいでしょ? トールちゃんもそう思うよね?」
「ごめんなさい、私も小百合さんたちと同意見です……美桜さんが怪我したらイヤですから」
かわいらしく同意を求められたのだが、さすがにこの前私が説得された時みたいにギャン泣きするぞと脅すことはできないので、美桜さんが怪我をするのはイヤだとストレートに伝えてみた。すると彼女は嬉しそうに笑顔を浮かべながら、『トールちゃんはお姉ちゃんっ子だなぁ』と私の頭を優しく撫でてきた。
どう反応すべきか困って小百合さんに視線を向けると、何故かウインクしながらサムズアップされてしまった。なんだろう、これはどういう風に受け取ればいいのか。
母娘のやり取りに困惑しながらも食事を済ませてから、美桜さんと一緒にお風呂に入った。浴槽で向かい合うように座りながら、第一層の混み具合について話す。どうやらある程度のレベルに達すると一層なんて通り抜けるだけの場所なので、人が多くて混んでいるとは感じていたが、一部の探索者による魔物の独占についてはまったく気付いていなかったそうだ。
「でもダンジョン協会の人たちが知らないのは意外だね、だって中学生だったら協会でしかドロップ品の売買はできないはずだし」
「そうですよね。買取ブースに大量に魔石を持ち込んでくるのが毎回同じ人だったら、職員の人たちもさすがに不思議に思うでしょうし」
「複数人で交代しながら売る係をするにしても、トールちゃんが言うみたいにさすがに係員の人も覚えるでしょ。コンビニでバイトしてる友達だって、毎朝同じ商品を買う人たちの顔は覚えてるって言ってたし」
ああ、よく来るお客さんには店員の間で変なあだ名をつけたりするとかよく聞くよね。そんなことを考えていると、何故かふと嫌な予想が頭の中に浮かんできて背筋がゾッと寒くなってしまった。
無意識に腕を摩っていると、美桜さんが不思議そうな声色で『どうしたの?』と尋ねてきた。あくまで想像でなんの根拠もないんだけど、ひとりで抱え込みたくなかったのでついついポロポロと言葉を零してしまう。
「これ、組織的な犯行っていうことは考えられないでしょうか?」
「組織的って、この中学生の子たちに指示をしている人がいるってこと?」
「そうですね……彼らが買取ブースに魔石を売りに来てないと仮定するなら、当然別の場所で買取に出しているはずですよね。魔石を持っていても普通の中学生には使い道がないですし」
私がそう話すと美桜さんが浴槽のお湯を手ですくって、私の肩に掛けてくれた。さっき寒そうにしていた私を心配してくれたのか、温かなお湯の温度と美桜さんの優しい気持ちを感じて体と心がポカポカとする。
「でもさ、トールちゃん。魔石の買取は国からの許可が必要で、ものすごく厳しく管理されてるみたいだよ。そんな犯罪まがいな組織に許可なんて下りるかな?」
「うーん……まともに経営していた買取業者をなにかしらの方法で陥れて自分たちの言いなりにするとか、バックの組織が大きければ大きいほどやり方はありそうですけどね」
悪どい手段を躊躇なく使えるところや魔石買取のための原資が潤沢なところ、そういうのを想像するとダンジョンそのものや資源を狙う外国の魔の手が迫っているのではないか、みたいな怖い想像に繋がってしまったのだ。
私の想像を美桜さんに説明したが、彼女は話のスケールが大きいからピンとこなかったみたいだ。でも他の国からの水面下での干渉がすでにはじまっている可能性については理解したようで、『なんかヤバそうな話だね』と小さく呟いた。
まぁさっきも同じ言い訳を自分にしたけど、何の根拠もない私の勝手な想像なのだ。間違っている可能性もあるし、答え合わせなんて今の段階では不可能なのだから論じるだけ無駄だろう。
『はい、この話やめやめ』とばかりに話を打ち切って、十分に体も温もったので風呂から上がることにした。まぁせっかく和歌山からの引っ越しの際に仕事に使っていたパソコンをこちらに持ってきたことだし、念のために経緯を記した報告書だけ作って和明さんに渡しておこうかな。
それで国が調査して何かが出てくるならラッキーだし、何もないなら今のところこの国の平和は守られているということで喜ばしいことだ。何にしても私のような一般市民がどうこうできる問題ではないし、あとは行政機関にお任せしちゃうのが一番いいよね。
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