18――渋谷ダンジョン初挑戦
東京にやって来たあの日に、到着したその足で美桜さんと一緒に訪れた渋谷ダンジョン。今日はその場所へと私ひとりで向かっている。山手線に乗って車窓をぼんやりと眺めながら、この後の予定を思い返していた。
探索者研修で偶然出会った小学生3人とお試しパーティを組むことになったので、じゃあ早速みんなで一緒に行ってみようという話になったんだよね。彼らは私が通う予定の小学校とは異なる学区に住んでいるらしいんだけど、渋谷ダンジョンには電車で30分ぐらいの場所みたいだから、方向が違うだけでダンジョンとの距離はうちのタワマンと多分それほど違いはなさそうだ。
一般人が着る服と探索者がダンジョンに入るときに着る服って、どうやら素材が全然違うらしい。酸で溶けにくいとか刃物で切られても切れないとか、ダンジョンから産出された未知の強靭な素材が使われているそうだ。でもそういう知見を得たとしても実家に発生したダンジョンでは普通の服でやり過ごせていたので、私としては普段着を着てダンジョンに向かおうと思っていたら美桜さんからストップがかかった。
「トールちゃん、まさか普通の服でダンジョンに行くつもりじゃないでしょうね?」
最近の彼女は私への敬語とさん付けをやめて、お姉ちゃんぶりたいのかちゃん付けしてくる。何をどうやっても今の私が美桜さんより年下にしか見えないのは、覆しようがない事実だ。無駄に抵抗するつもりもないし別にちゃん付けされるのはなんとも思わないのだけど、中身がおじさんなのを知っているのだから過剰な子供扱いはやめてほしい。
「だって探索者用の服って高いじゃないですか。それだったら普通の服を使い捨てした方がまだコスパが良いので」
「トールちゃん、普通に生活してたら使い切れないぐらいのお金を持ってるじゃん。それに命はお金で買えないし、もしトールちゃんがダンジョンで大怪我したらお姉ちゃん泣くからね! しかも大声でギャン泣きするから、ギャン泣き!!」
なんというか女子高生が衆人環視の中でギャン泣きしたとして、元の私みたいな中年男性がギャン泣きするよりは、周りの人も暖かい目で見てくれるのではないだろうか。でも私のことを心配してくれているのもわかるし、そもそも美桜さんを泣かせたくはないので、しぶしぶ探索者用の装備が売っている服屋さんに小百合さんと美桜さんの3人で行ってきた。
なんというか感想としては、コスプレみたいな服が多いお店だったかな。もう保護者ふたりが持ってくる服がね、ドレスアーマーみたいなのばっかりで。これでどうやってダンジョンで戦うのかと疑問で仕方がなかった。
試着もしてみたけど素材の伸縮性とかはすごいのだが、当然ながらこんなデザインの服は着慣れてないので動きにくく感じて仕方がない。しかもお値段がね、一着200万円ぐらいするものだから……せっかく選んでもらったのに申し訳ないけど元の場所に戻してきてもらいました。
しかもこれで手頃な値段って、めちゃくちゃ恐ろしい世界だ。
さすがにひと目で探索者だとわかるような格好は遠慮したいので、その点だけは小百合さんと美桜さんに伏してお願いした。だってダンジョンまで電車に乗るんだから、鎧とかを着て日常生活の風景に混じるのってなんだか場違いで恥ずかしい感じがするんだよね。
いやもちろん、他の探索者さんたちのことを指して恥ずかしいと悪口を言っているわけではない。ただ私自身は遠慮したいだけなのだ。
私としてはズボン一択なのだが、ふたりはどうしてもスカートを履かせたいらしく、持ってきた服には一着もスボンがなかった。ジーンズとかいいと思うんだ、汚れも目立たないし丈夫だし。
いくらそう言い募っても首を振らないふたりの強いこだわりに、私としては首を傾げるしかできなかった。なにかスカートにこだわる強い理由があるのだろうか……うーん、わからん。
外見が私ぐらいの年齢の女の子がよく着ている服、ぼんやりとした通勤電車内での記憶を呼び起こしながら考えていると、ひとつ思いつくものがあった。それは制服である。
山のように積み重ねられている服の中からワイシャツや、明るいブラウンを基調に白や赤のラインでチェック模様が描かれているプリーツスカートを発掘する。多分私が履くと膝より長くなるだろうけど、その方が嬉しい。だって魔物を相手に戦うための服なのだから、戦闘中に捲れて下着が周りの人に見えたら困るし。
防御力を考えるなら上着はブレザーを選ぶべきだろうけど、私はすみれ色のニットカーディガンを選んだ。タグを見ると温度調節や耐刃・耐魔法加工がされているらしいので、防御力で考えると普通のブレザーよりも比べ物にならないぐらい強いのではないだろうか。
「えーっ、地味じゃない? それだと制服みたいになっちゃうよ」
「あんまり目立ちたくないですし、これでも私からすれば十分オシャレ着なのですが」
洗い替えで色違いのセットをもうふたつ買って、合計3セット購入することにした。合計で約600万円也、一般人から見ると服にこの値付けは本気でおかしいと思うんだけど、付与されている効果を見ると安いと思っちゃうぐらいなのが不条理だ。
だってワイシャツだけでも暴漢がナイフで襲ってきたとして、傷ひとつ負わないぐらいの防御性能だからね。
「靴はどうしようか、制服みたいにしたいならローファーにする?」
「動きやすさを考えると、スニーカーの方がいいかもしれないですよね。これは探索者用じゃなくて、一般的なものでも大丈夫でしょう?」
私が美桜さんに尋ねると、ふるふると首を横に振られた。美桜さんはあの巨大スライムに溶かされた装備全てに、耐性付与をかけていたらしい。それでも全ロストしたのが、もしかしたらトラウマになっているのかもしれない。
強く強く勧められて押し切られた私は、結局ものすごく高価な探索者用スニーカーを買うことになった。すごい散財したなぁ、これからどんどん成長していく予定だから、この装備を使える期間は短そうだ。中古装備を買い取ってくれるお店が存在するだけ、まだマシかもしれないが。
買った装備を身に着けて街を歩いても、周囲の人は誰もこれが探索者専用装備だとは思わないみたいで、いつも通りかわいい子供を愛でるような微笑ましそうな視線を向けてくる。美桜さんといっしょに訪れたダンジョンの上にそびえ立つショッピングモールの中に入って、エスカレーターに乗って地下に向かって下っていく。
正規に発行された探索者証だから大丈夫だと確信していたけど、途中のゲートをちゃんと通過できてホッとした。巨大スライムからドロップしたショートソードは、探索者試験に合格したお祝いに和明さんが鞘を作ってくれた上に縮小化の魔法をかけてくれたので、ペンダントに加工してもらって首元に掛けている。大きくするときは『リターン』とキーワードを言えば、元の大きさに戻ってくれるのがすごく便利だ。
氷空くんたち3人とは、ダンジョン入口近くの広い待機スペースで合流することになっている。約束の時間まではまだ15分ぐらいあるので、椅子に座って待っていよう。この間美桜さんと一緒に来たときに出会ったかなたんさんとちひろさんは、周囲を見回してみたけど今日はいないみたいだ。
冷静に考えれば美桜さんの友達なんだから、同じように学校に行ってる時間帯だよね。受付カウンターにも視線を向けたけど、豊岡さんも不在のようだ。多分新ダンジョンのあれこれで忙しいんだろうね。
前に来たときと比べても受付の人数は減ってはいないみたいだから、ダンジョン協会がそちらに掛かりきりというわけでもなさそうだ。
「あっ……」
突然後ろからそんな小さなつぶやきが聞こえたので振り向くと、何故か私を見て固まっている幼なじみ3人組がいた。どうしたんだろう、と内心で首を傾げつつ椅子から立ち上がって彼らに近づく。
「こんにちは、時間ピッタリだね」
私が笑顔でそう言うと、何故か氷空くんは私をまっすぐに見ずに視線を逸らす。もしかしたら機嫌が悪いのだろうかと思って凪咲ちゃんとさくらちゃんに視線を移すと、凪咲ちゃんは『ぐぬぬ』となにやらくやしそうに私を見ていた。
逆にさくらちゃんは硬直から解けたあとは、『トールちゃん、かわいいー』と花でも飛ばしていそうなぐらい楽しそうな笑顔で駆け寄ってきた。
「みんなも私服なんだね、一度家に帰って着替えてきたの?」
「ううん、うちの学校って制服じゃないから。ランドセルとリュックを交換するために、一度家には帰ったんだけどね」
私が尋ねると、さくらちゃんが答えてくれた。私がはるか昔に和歌山で通っていた小学校は制服があったので、毎日服を着替えなきゃいけない私服登校は大変そうだなぁと思う。
子供本人はいろいろな服を着れて楽しいかもしれないけど、それを用意しなきゃいけない親御さんは手間もお金も掛かりそうだなぁ。
私とさくらちゃんが話していると、ススッと静かに凪咲ちゃんがそばに近づいてきて『悔しいけどその格好、ちょっと大人っぽくて似合ってるじゃない』と素直じゃない褒め言葉を言ってくれた。私から見ると普通に中・高生の制服姿でしかないんだけど、私服で学校に通っている彼女たちにとっては制服=年上のお姉さんみたいな印象を持っているのかもしれない。
氷空くんは私の方に視線を向けては、居心地悪そうに視線を逸らすことを繰り返している。なんだろう、私のことを女子として見ている気配が伝わってくる。凪咲ちゃんとさくらちゃんみたいなかわいい幼なじみがいて、なんで私に矢印が向くのか。もしかしたらギャップに弱いのか、この子?
どこか浮き足立った空気をなんとかやり過ごして、4人で私が座っていたテーブルについた。研修で学んだようにパーティを組んでダンジョンに潜るなら、ある程度自分がどういうことができるのかをパーティメンバー内で共有しておく必要があるもんね。
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