02――ダンジョン


 何故か片田舎にある我が家の物置が、ダンジョンの入口になっているのを発見してしまった。ちなみにはじまりの渋谷ダンジョンも含めて、現在世界には7つのダンジョンが存在している。


 この入口は既存のダンジョンにつながっているのか、それともまったく新しい8つ目のダンジョンの入口なのか。小学生ぐらいの女児になってしまったおじさんは自分のことですら手一杯なのに、この新たな厄介事は完全にキャパオーバーだ。


「素直にダンジョン協会に連絡を入れた方がいいのかな? でも今の私の姿だと信憑性がないというか、昨日までの自分とは似ても似つかない姿だから信用してもらえないかもしれない。しかも中身はともかく、外見は紛れもない子供にしか見えないしね」


 誰もいない自宅の中で、ため息をつきながら呟く。アラフォーおじさんの性別が異性になって、人種が変わった挙げ句に小学生ぐらいの年齢まで若返るという常識的に考えてありえない不思議現象が起こっているのだ。

 下手をしたらよくわからない嫌疑をかけられてそれを理由に解剖とか薬物実験とか、非人道的な実験をマウス扱いで受けさせられる可能性だって否定できない。そんなのは、絶対に嫌だ。


「とりあえずこの状況が一旦落ち着いて、ある程度普通に生活できる目処が立つまで報告はしなくてもいいかも。どうせ我が家の物置なんだから、私以外は誰も立ち入らないし」


 ニュースで流れる程度にはダンジョンのことを知っているが、最近はバタバタしていて状況が全然わからないのでネットで調べてみた。

 それによると今は動画配信サイトでダンジョンの中を探索する、配信系探索者と呼ばれる職業が流行っているらしい。なんと小学生がなりたい職業No.1なのだそうだ。


 ダンジョンに入ってお宝を持ち帰れば、その価値はピンキリだけど当たりだったなら一生遊んで暮らせるぐらいの金銭を得ることができる。でもダンジョンの中でも致命傷を負えば当然ながら命を失うし、ダンジョンで負った怪我が原因で亡くなったり一生ものの障害を抱えてしまった人も結構な人数いるはずだ。


 渋谷ダンジョンの発生によって多くの命が失われた後の混乱期に生まれた私にとっては、ダンジョンは危険で怖いところだという印象しかない。『ダンジョン探索を見世物にするなど不謹慎だ、もっての他だ』という勢力もいるようだが、どちらかといえば私もそちらの論調に同意する側かもしれない。


 そんなことを考えながら、噂レベルの話やもっと信憑性の低い都市伝説レベルの話などもネットの海から拾っていく。その中で気になったのは、ダンジョンの最下層には『どんな願いでも叶えてくれる宝玉』があるというもの。

 渋谷ダンジョンの最下層が100階層とは言われているものの、実際は未だにダンジョンが何階層あるのかもわかっていないというのに、眉唾にも程があるという内容だ。


 先程も考えていたが、私には元の体に戻りたいという願望があまりない。

 お金はあるし、古いながらも住む家もある。何より30代になったぐらいから体が重かったり節々が痛かったりしていたのが、今朝目覚めた時にはそれをまったく感じなかったのだ。

 まだ女子になって数時間というところだが、この分だと寝ている時の息苦しさとか背中や腰の痛みなんかも感じない可能性が高いだろう。


 ただメリットがこの体の若さゆえの快適さなのだとすれば、デメリットも若さゆえの不便なのが悩ましいところだ。

 何度も言うがここは田舎町、年配の住人は今年生まれた赤ちゃんの顔まで把握しているぐらい、住人の距離や結束が近くて強い土地である。つまり余所者や見慣れない人間はすぐに目につくし、地域のお年寄りネットワークで共有されてしまう。

 下手をすれば駐在さんがこの家に乗り込んでくるなんていう事態にまで発展しかねないのだ。


 ネットスーパーやネット通販で生活必需品は手に入るとしても、外を出歩けないというのは結構なデメリットである。何より今の私の体は小学生のものなのだ、適度に体を動かさないと成長に支障が出るかもしれない。


「一縷の望みをかけて、ダンジョンに潜ってみるか……?」


 最下層にあるという願いを叶えるという宝玉、あるかどうかもわからないそれを狙うのはちょっと高望みが過ぎる。でももしかしたら、それに類するアイテムがダンジョンの中にあるかもしれない。

 それをゲットすることができれば元の生活に戻れる、あくまで妄想だがそれが今の不可解な状況から脱する一番の近道な気がした。


「そもそも明日には元の体に戻っているかもしれないもんな」


 かわいい声なのに男言葉が耳に入ってくるのは違和感しかないが、自分の言葉に同意しかなくてうんうんと頷いてしまう。ただその可能性は低いだろうなぁと、頭の片隅に存在する私の冷静な部分が異議を唱えた。

 人間の体、しかも性別が変わって年齢が子供まで若返るとなると、必要なエネルギーはかなりの量になるのではないだろうか。しかも髪もめちゃくちゃ伸びていることから、とんでもない回数を細胞が分裂して活性化したのではないかと素人考えながらも一応の仮説を立てられる。


「この仮説が正しいかどうかはわからないけど、元の大人の体ならともかく今の子供の体では元に戻るだけのエネルギーはないだろう」


 自然に戻ったら一番楽かもしれないが、多分実現しないだろうなとその願望を心の中のゴミ箱に放り投げた。そうなると、別の方法を考えなければならない。ひとまず選択肢のひとつとして、ダンジョンの中を偵察に行くというのはありかもしれない。


 それにもしかしたら私の家の物置にダンジョンへの入口が突然生えたように、どこかに出口ができているかもしれないもんな。私としては隣町ぐらいが理想なんだけど、この際日本国内ならどこでもいいや。


 もしも外国だったら、英語は多少話せるけどそれ以外は全然だから英語圏がいいかな。まぁ、新しい出入り口ができている前提で話しているけど、もちろんそんなものはない可能性の方が高い。


 かなりダンジョンの探索に前向きになってきたが、考えなきゃいけないのは防御面だ。子供の体だし力も弱い、おそらく魔物に襲われたらひとたまりもないだろう。


 私自身は探索者になりたいとかは微塵も思わなかったが、高校時代の友人が探索者志望だったので付き合いで講習に参加したり資格試験に挑戦したりもした。今までの人生で一度も使っていないのだが、探索者ライセンスも一応は持っているのである。もちろん一番下の級だし、もしかしたらルールが変わって失効しているかもしれないけど。


 バタバタと家の中を走り回って、なんとかおでんなんかを作る時に使う大き目の鍋とさらに大きな鍋にかぶせるためのフタを見つけた。母親が生前に買ってきたものだが、なにやらダンジョン素材のミスリルがコーティングされているめちゃくちゃ丈夫で焦げ付かない鍋らしい。


 おでん鍋を頭に被せてみたら、ブカブカだけどなんとか頭を守ってくれそうだ。見つけたゴム紐を強力な接着剤で鍋にくっつけて、アゴのあたりに引っ掛けてなんとかヘルメットみたいにする。結構重くて首がガクッてなりそうになるけど、そこは目をつぶろう。


 武器はなにかあるだろうかと探してみたら、玄関の傘立てに無造作に突っ込まれたままになっていた子供用の金属バッドがあった。これは私が小学生の頃に隣町の少年野球チームに所属していた時のもので、よく風呂に入る前に素振りなどをしていたものである。

 まだ残っていたことに驚きと懐かしさを覚えたので、こいつを武器として使うことにした。包丁みたいな刃物よりは当たりやすいだろうし、金属だから多少は攻撃力もあるだろう。


 あとは靴だが母親は足が小さかったので遺されたスニーカーを履いてみたが、やはり現在の私にはかなりブカブカだった。仕方なくゴミに出す予定だった使い古されたタオルを切って、つま先とかかとの部分に詰めることにした。何回か試しに歩いてみて、余裕がある部分にも詰めるとなんとか普通に歩けるようになった。これなら魔物に襲われても、走って逃げることが可能だろう。


 母の大きめリュックに念のためにミネラルウォーターを入れた水筒や菓子パン、タオルを何枚か詰め込んで背負う。ショルダーストラップ部分が長かったけど、一番短い状態にしたらなんとかギリギリ背負えるのでこれでよし。今日は偵察だから、危険なことはしないつもりだ。


 靴を履いて外に出て、しっかりと家の鍵も掛けた。近所の人に見られないようにコソコソと物置の方へ移動する。物音を立てないように、建付けの悪い引き戸を必死になって開けてから体を中に滑り込ませた。


 戸を開けっ放しにしていると気を利かせた隣のおばあちゃんとかが閉めにくる可能性があるので、中からなんとか戸を元通りに閉める。


 たったこれだけで肩で息をしている自分の非力さを嘆きながら、少しその場で深呼吸して息を整える。ホコリっぽさに混じってカビの臭いみたいなものも感じる。もしかしたらこのすぐ下の階層には、水場があるのかもしれないね。


 心の中で『よし、行くか!』と気合を入れて、踏み外さないように階段を一歩ずつ確実に下りる。私の人生においてはじめて、ダンジョンに足を踏み入れた日になった。今日は女子になったり若返ったり、いろんなはじめてがある日だなぁ。

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