第44話 人質

 ジョイス什長の結婚式から3日後、僕はティレンの宮殿で椅子に座っている。

 メソメソと泣く子供の声が聞こえて居心地が悪かった。

 将軍はいつまでもティレンに駐留する気はなく、必要なことを終えたら早々に撤収するつもりでいる。

 必要なことの1つがティレンの有力者の子供を帝国に連れていくことだった。

 早い話が人質である。

 ティレンの有力者の子供10人が集められていた。

 新たにティレンの支配者となった帝国との融和派の子供が3人、戦闘後逃亡中の強硬派の子供が7人という内訳になっている。


 強硬派の子供たち数人が最初からおどおどしていたが、融和派の子供も1人が泣き出したらつられるように泣き始めていた。

 小さな男の子が離れたところにいる女性に向かって手を伸ばす。

「ママ~」

 他の子供も似たりよったりの表情をする中、すっくと背を伸ばして昂然と顔を上げている少女が目についた。

 チラリと横を見るとローフォーテン将軍の面上にはなんの感慨も浮かんでなさそうである。

「それでは確かに貴国からの我が国への留学生を引き受けた。今後は私が責任をもって養育しよう」


 将軍は席から立ちあがり謁見の間から出ていこうと歩き出した。

 僕もその横に付き従いながら皆の視線が刺さるのを感じる。

 兵士の人垣に囲まれた子供たちも僕たちに合わせて移動を始めた。

 1人の男の子が顔を涙でグシュグシュにしながら足を踏ん張って抵抗する。

「おい。大人しくしろ」

 列が乱れて子供たちを囲む兵士は声を荒らげた。

 もう見てられない。

 僕はその子供のところに駆け寄る。

 床に膝をつけて男の子と目線を合わせた。


「僕はクエルって言うんだ。お名前は? ちっちゃいからまだ言えないかな?」

「……エディン」

「へえ、凄いなあ。ちゃんと名前が言えるんだね」

 少し大袈裟に褒めてあげる。

「凄いエディンくんはちゃんとご挨拶もできるかな? パパとママが見てるよ。エディンくんが笑って手を振ってあげないとパパとママも心配しちゃうんじゃないかなあ」

 僕はハンカチを取り出すとエディンに差し出した。

「その前に顔を拭いてお鼻もチーンしようか。もう赤ちゃんじゃないから上手にできるよね?」

 エディンはハンカチを受け取ると顔に当てて盛大に鼻をかむ。


「ようし。いっぱい出たね。偉い偉い。それじゃパパとママに綺麗になったお顔を見せようか。お兄さんが抱えるからね」

 僕はエディンを抱え上げ立ち上がった。

「ほら。これで良く見えるだろう? お兄さんにパパとママ教えてくれるかな? そう、あの青い服を着た人? お父さん背が高いねえ。僕はチビだから羨ましいや。ほら、ママに手を振ってあげよう。エディンくん。バイバイって」

 恐らくエディンのお母さんらしき女の人がわっと泣き出して顔を手で覆ってしまった。

 お父さんらしき人はぐっと堪えて手を振り返す。

「やっぱりエディンくんは男の子だね。強いや。パパに負けないように手を振ろう。どっちが長く振れるか競争だ」


 僕は周囲の兵士に肯くとゆっくりと歩き出した。

 お父さんがお母さんの肩を揺する。

 お母さんも顔から手をのけると泣き笑いの表情で手を振り始めた。

 周囲の2人の子供たちもその様子を見て真似をする。

 残りの7人の子供には見送りの人はいなかった。

 昂然と顔を上げていた女の子が怯えて一塊になる子供たちを励ましている。

「さあ、顔を上げて。誇り高いティレンの民は敵に泣き顔は見せないの」

 そう言って僕のことを睨んだ。

 気持ちは分かるけど僕に対してそんな顔をするはやめて欲しい。


 人質を取るという考えに僕は反対したのだ。

 でも、将軍はその意見を頑としてはねつけている。

 少し言い争いになって将軍は悲しそうな顔をしたが結論は変えなかった。

「この方が犠牲が少ない。ここで何もせずに引き上げてみろ。思い上がった馬鹿者が再び叛旗を翻すだろうな。2度目に陥落したときはティレンの住民全員を奴隷とせざるを得ない。そしてな、反乱を焚きつけた奴は逃げ去っているんだ」

 将来の危険の芽を摘むために少数の子供が犠牲になるのはおかしいと思う。

 思うけど将軍の言うことが間違っているとも思えなかった。

 僕にできることはこの10人が不必要に辛い思いをせずにすむようにすることぐらいである。

 アイリーンさんに言わせるとこれでも将軍の措置は温情に溢れているらしい。

 普通ならここには3人の子供しかいないということだった。

 そして本来ならここに居ることは無いはずの7人は帝国ではなくローフォーテン家が責任をもって養育することになる。

 ただ、それには僕には関係ないことだと思っていた。


 宮殿から出てエディンを下に降ろそうとしたら、別の子がやってくる。

「だっこ」

 両手を広げて要求した。

 さらにもう1人がきて腕を上げる。

「抱っこして」

 体の大きさと重さを目測するとなんとかなりそうだった。

 しゃがみ込むと左右の腕に1人ずつ抱きかかえようとする。

「お兄ちゃん、これ返す」

 エディンがビショビショのハンカチを差し出そうとした。

「いいよ。エディンくんにあげる」

 そう返事をして2人を持ち上げる。


「しっかり捕まっているんだよ」

「うん」

「はーい」

「いいお返事だ。僕はクエル。お名前は?」

 抱っこして顔が近くなっている2人の名前も聞くことができた。

 この2人か終わると今度はおずおずと親の見送りのなかった7人のうちの1人が寄ってくる。

「私も抱っこして」

「僕ももう1回」

 そこで子供たちを運ぶ馬車に到着した。


「ほら、馬車に乗るよ。頭をゴチンとしたら痛いからまた降りた後でね」

「じゃあ、馬車の中で抱っこして」

 本当は馬で移動するはずだったんだけど、成り行きで仕方ない。

「クエル!」

 将軍が鋭い声を発したが、手を挙げて大丈夫と示すと子供たちと馬車に乗り込む。

 幸いというか今日は帯剣していなかったので、席に座ると左右の膝に1人ずつ乗っけて腕で支えた。

 馬車が動き出す。


 その後は僕を睨んでいた少女ともう2人の比較的年長者を除く7人が代わる代わる僕にしがみついた。

 しまいには僕の背中と座席との間にも潜り込む子も出て僕は子供に取り囲まれる。

「ねえ。どこまで行くの?」

「遠いところだよ」

「どんなところ? お話して」

「ごめんね。カムデンポリには僕も行ったことがないんだよ」

「変なの」

「途中のブレガの町なら分かるんだけどね」


「じゃあ。クエルも一緒に行こうよ」

「そのカムなんとかってところへさ」

「ねーねー、いいでしょ?」

「クエルと一緒じゃなきゃやだー」

 そう言われるのは悪い気はしないんだけど……。

 馬車の中を見まわすが、目があった女の子はフイと視線を逸らす。

「じゃあ、一緒に行けるか将軍に頼んでみるよ」

 子供たちはもうそれと決まったかのように大はしゃぎをした。

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