第40話 結婚式

 いつもはどちらかというとだらけた雰囲気のジョイス什長はビシッと衣装を着て見違えるようだった。

「服装でこれだけ変わるんだよなあ」

「従者も衣装次第で主と間違えられる、というがまさにその通りだな」

「まあ、もともと顔は悪くないんだよ。顔はね」

 式の前に控室で当人を前に先輩たちは好き勝手なことを言う。

 言われた当人はどこ吹く風という感じだった。

「それにしても化けたという意味では……」

 先輩たちが視線を向けた先には花嫁のシィリュスさんが佇んでいる。


 顔の半分を覆っていた前髪を切り、残りを結い上げた姿はあの夜よりもずっと可愛らしく見えるし、喜びに体の内側から光り輝いているようだった。

 その輝きは父母の代役を務めているティリスの新しい首長夫妻の煌びやかな衣装を凌駕している。

 什長に視線を戻すと花嫁を見てにやにやしていた。

「ジョイス什長、もう少しの間は実直な顔を作っておけ」

 ローフォーテン将軍がやってきてジョイス什長に告げる。

 たちまちのうちに什長は真面目な顔をした。


「いやあ、地顔はさっきの方なんで気が緩むとすぐに締まりがなくなっちまうんですよ」

「そうか。まあ、式の間ぐらいは今の顔でよろしく頼む。あー、それでなんだが、軍の都合で急ぎ式を挙げることになり、ご両親をお呼びできなくて申し訳ない」

 将軍は什長の両親が結婚式に参加できなかったことの詫びを口にする。

「いやあ。大丈夫ですよ。家業も継がずにフラフラしている息子のことなんて気にしちゃいませんて。そういう意味ではうちの両親はあっさりしたもんです。この歳になるとですね、誰でもいいからうちのバカ息子の嫁に来てくれればそれでいいって感じですから」

「それならいいが、祝い事の日ではあるだろう?」


「まあ、シィリュスと釣り合いが取れていいんじゃないですか。向こうは親族ゼロですし」

「そうか。まあ、この件は軍としては公式にどこまで報いることができるか分からないが、個人的には借りができたことは忘れないつもりだ」

「そいつは嬉しいですね。俺が何かやらかしても女房が寡婦にならずに済む」

「式当日になんてことを言うんだ」

 将軍は呆れた顔をした。

「ほら、俺ってしょっちゅう怒られるでしょ。将軍の逆鱗に触れるようなことをやらかしたときに罪一等と言わず二等か三等ぐらい減刑してもらえると助かります」

「ああ、分かった」


 将軍は肯くと什長の側を離れて歩き出すが、チラリと僕に目を止めるとこちらにやってくる。

 先輩たちがさっと僕の周りから動いていなくなった。

 シモンとエイラの袖を引いて一緒に連れ去っている。

 僕は1人で相対することになった。

 ローフォーテン将軍は苦笑をする。

「なんだか気を遣わせてしまったな。別に小難しい話をするわけではないのだが。クエル。先日はバラの花束をありがとう。礼を言うのが遅くなったがとても嬉しかったよ」


 あれ?

 僕はそちらはアイリーンさんに渡したつもりだったんだけど取り違えちゃったのかな……。

 まあ、感謝の気持ちは伝わったようだし、わざわざ指摘するほどのことでもないだろう。

「将軍には色々とお世話になっていますので贈らせて頂きました。気に入ってもらえたなら何よりです」

「執務室の花瓶に生けてもらって、疲れたときには香りを嗅いでリフレッシュしたよ。ただ、貴重な給料の一部を使わせてしまったのはすまなかったね」


「気になさらないでください。もともと昇進しなければ貰えないお金ですし、昇進できたのは将軍のお陰ですから」

「そう言ってもらえると気が楽になるな」

 そこに兵士がやってきて敬礼をした。

「そろそろ支度ができましたので会場までお越しください」

 将軍は残念そうな顔をする。

「仕方ないな。私が先に席につかないと後ろがつかえることになる。分かった。すぐ行く」

 ローフォーテン将軍はきびきびとした足取りで控室を出ていった。

 

 結婚式の会場は柱の立ち並ぶ回廊の中にある。

 左右に分かれて座るのだが、偉い人から前の方に座るということになっていた。

 僕も王国軍の代表という立場で前の方に席を用意するという話があったのだが、ジョイス什長の結婚式には個人として参加したいとお願いして断っている。

 この結婚に帝国とティレンの間の政治的な思惑があることについて僕が何か意見を言う資格はない。

 だけど、お世話になっている僕としては純粋に友人としてお祝いがしたかった。

 僕が什長と友人というのはおこがましい気もするけれど、什長がそう言ってくれるので胸を張って友達だと思うことにしている。


 そんなわけで、僕は先輩たちと一緒に1番入口に近い末席に座って主役の登場を待った。

 回廊を取り囲むまん幕がさっと開かれてジョイス什長とシィリュスさんが会場に入ってくる。

 什長は将軍に釘を刺されたからか真面目くさった表情をしていた。

 腕を組む新婦はそれと対照的に幸せいっぱいという微笑みを浮かべている。

 しずしずと進んでいく2人に向かって万雷の拍手が沸き起こった。

 僕も精一杯手を叩いて祝福する。

 先輩たちの中には指笛を鳴らす人もいた。

 声を出してはならないというしきたりらしいのだが、指笛は問題ないらしい。


 ジョイス什長とシィリュスさんは歩いていき、1段高くなった台に上がる。

 そこで待ち構えていたローフォーテン将軍に向かって頭を下げた。

 それを合図にして皆が静かになる。

 降りそそぐ太陽の下で沈黙がこの場を覆った。

 しばらく静寂が続いた後、将軍が朗々とした声を出し、2人に対して自由意志で結婚するのかということを問いかける。

 先に什長が、次にシィリュスさんがそれぞれ結婚することを望んでいることを宣言した。

 将軍は両手を高く掲げる。


「婚儀を取り仕切る本日の祭司クリスティーヌ・ド・ローフォーテンの権能において、2人の宣言が確かに真心からでたものと認めよう。2人は別の場所、別の時に生を受けたが、これからは共に歩むことを誓った。2人の進む道が良きものであらんことを」

 掲げていた腕が下ろされて新郎と新婦の肩に置かれた。

 2人は向き合うと近づいてキスをする。

 それから僕らの方を向いて頭を下げた。

 再び会場の人々が大きな拍手を送る。

 僕も拍手をしつつ、まん幕の脇から外に出て、用意されていた大きな花束を抱えた。

 夫婦となったジョイス什長とシィリュスさんが腕を組んで式場の外へと出てくる。

「結婚おめでとうございます」

 僕は大きな大きな花束を2人に向かって差し出した。

 

 


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