第12話

 1年だけの仮住まいの居候から公爵家の家族となったのを機にエリザベスの待遇は見直され、一部の使用人や教師は入れ替えになった。学力に合った指導ができる教師がつくとエリザベスの成績は飛躍的に伸びていった。しかし行儀作法は伸び悩み、ガチガチの型通りに振る舞うのがやっとだった。



 従姉のパトリシアが第一王子エイベルの婚約者候補の一人になり、しばしば王城に出向くようになった。

 エイベルはパトリシアより五歳年下で、元々口数が少ないのもあってお茶会に呼ばれても会話が長く続かなかった。困ったパトリシアはエイベルと同い年のエリザベスに一緒についてきてほしいと声をかけた。

 王城のような礼儀に厳しい場所に行くのはどうしても気が引け、渋るエリザベスにパトリシアは

「そばにいてくれるだけで心強いの。お願い、助けて。私を守る護衛になってちょうだい」

と懇願し、両手を取りしっかりと握りしめた。そんな風に頼られるとエリザベスは断ることができなかった。

 しかし実際に王城に行く時は身動きしづらい華やかなドレスを着せられ、剣を持つことは許されず、想像していた護衛役とは程遠かった。



 まずは王子であるエイベルへの挨拶だ。

 筋力はエリザベスの方が上と思っていたが、パトリシアはただ立っている時も挨拶中でも体が揺れることはなく、作法の先生がいつも言うような角度でぴたりと動きを止めた。それでいてぎこちなくなく、その所作はエリザベスの目にも優雅で美しく映った。

 パトリシアに続き、エリザベスもドレスをつまみ深く礼をした。優雅さはなかったが、パトリシアと同じ角度でぴたりと体が止まり、ふらつくこともなくその姿勢を維持した。

「先日お話ししました、従妹のエリザベスを連れてまいりました」

「…、……、…エリザベス、ですっ。殿下にお目にかかれましたこと、大変光栄ですっ」

「よく来た。まあ、かけて気楽にしてくれ」


 言葉をそのまま受け取らないこと。そう言われていたエリザベスはすぐには気楽モードには切り替えず、慎重にパトリシアの目くばせを確認した。パトリシアの後についてソファに歩み寄り、手で合図されてから隣に座った。


 出されたお菓子は今まで食べたことがないもので、パイ生地の中に新鮮なイチゴと二種類のクリームがいっぱいに詰め込まれ、それが実においしく、それだけでエリザベスは今日のお茶会に参加できたことに満足していた。


 エイベルとパトリシアとのお茶会はいつも話題に事欠き、沈黙が続いていたのだが、この日は早々にパトリシアが話題を振った。

「この子の話、とっても面白いんですのよ。ほら、この前聞かせてくれたあの話、殿下にも…」

 エリザベスはリクエストされるまま父と一緒に熊を倒した時の話をした。以前公爵家で話したことがあったのだが、都会の貴族には物珍しいらしく、エイベルもまた興味を持って聞いていた。


 薄桃色のふんわりとしたシフォンのドレスを着た令嬢は、突如王子の目の前で

「があおおお」

と唸り声を上げると立ち上がり、爪を立てるように指先を丸めた手を胸の前で構えた。熊の登場だ。

 時に父や周りの大人の様子を演じ、死闘を再現してやられた熊さながら床の上にバタッと倒れた。服や髪が乱れても気にもせず熱く演じる姿に、部屋に控えていたエイベルの護衛も笑いをこらえきれていなかった。洗練された所作の貴族令嬢を見慣れたエイベルには新鮮だったが、その反応は珍獣を見たようなものだった。


 家に帰ってからやり過ぎだとパトリシアと侍女に叱られたが、王子への挨拶の出来と一日ドレスで我慢できたことは褒められた。エリザベスは、頑張ったことを評価しいつも優しく褒めてくれるパトリシアが大好きだった。


 王子の受けが良かったことに気を良くしたパトリシアは、行儀作法の実習としてその後も時々エリザベスを王城に同行させるようにした。それには自分には若すぎる王子を別の令嬢に、出来れば公爵家にゆかりのある令嬢に目を向けてもらいたい意図もあった。しかしエイベルもエリザベスも互いを異性として意識することはこれっぽっちもなかった。

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