第2話 町

 


「な、なにをするのですか?」


 アナがその逃走道中で、そう口にした。

 今の状況が分かっていない、ような表情だ。


「お前を逃がすんだよ」

「逃がすって言われても」


 迷惑そうに首を振った。



 やはり、自分はあそこで死んだほうがいいと思ってるのだろう。


「僕がアナに外の素晴らしい景色を見せてあげる」

「そうですね、でも」

「いいから行くよ。今はどんなに辛くても、捕まったら死ぬんだから」

「それは分かっているのですけど……」


 やはり良心が許さないか、とシドは思った。


「追え! 生かしてはなるか。そんな災厄を!!」


 シドは声の元をふと見る。


 すると、数百もの兵が向かってきている。しかも、その先頭にいるのは軍の最高指揮官の一人であるラドア・フレンス 今のシドにはかなうはずのない相手だ。

 くそっ、思ったよりも増援が来るのが早い。あらかじめシドの造反にも予想していたのだろうか。



「逃げるぞ! アナ」とシドは叫ぶ。アナは「で、でも」と、躊躇するような声を出すが、シドはそんなアナの手を無理やり引っ張って逃走する。




 幸いここは森の中だ。森に紛れたら逃げられる可能性が高くなる。


 牢獄が、森の近くに会ってよかった。

 この時ばかりは感謝だ。


「アナ、足は大丈夫か?」


 シドはふときく。アナはずっと、体を動かしていない。

 そんな中、足が痛まないか心配になった。


「え、ええ。大丈夫です」


 シドはアナのその様子を見て、「速度上げるぞ」と言って、さらに速度を上げた。


「貴様らは逃がさんぞ」


 追手の中、一人速度を異常なほどに上げてきた人物が一人。

 ラドアだ。


 ラドアは一気に剣をシドへと振り下ろす。


「くそっ」


 シドは間一髪でそれを受け止めた。


「なぜアマスターを逃がす。奴の恐ろしさを分かっていないのか!!」

「それはこちらのセリフです。彼女は自分の記憶すらない。そんな彼女を恐れる理由なんて一つもない」

「同情でもしたか?」

「ええ、しました」


 そう言ってラドアの剣をはじき返す。


「だけど、それでいいじゃないですか。殺さずに、安全に保つ方法を考えましょうよ」

「そんな方法はない。いずれ暴走する定めの女を置いとけるほど、この世の中甘くないぞ」


 シドは、ラドアの剣に振り回される。やはり所詮は勝てないのか。

 そう、絶望をし始めている。

 後ろから兵士たちが追い付いてくる。



 だがその時、熱を感じた。

 シドは即背後を振り向く。


 そこには火炎球を出しているアナの姿があった。


「シドさんは傷つけさせません」


 そしてアナは一気にその球を飛ばす。

 その弾をラドアは一気に斬る。

 だが、その一瞬で良かった。その一瞬にシドは加速し、姿をくらませた。






 そんな二人が森から抜けられたのは、森に入ってから三時間もの時間が経った後だった。


「はあはあ。逃げ切ったー!」


 シドは早速そう呟いた。

 疲れから、地面に寝転がる。

 もう三時間も走り、足はもうパンパンだ。


 シドは寝ころびながらふとアナを見ると、彼女が虚ろな目をしている。


「私、やっぱり殺されないと」


 アナは静かにそう言った。

 先ほどの涙は嘘だったのかと、言いたくなってくる。



 シドは「はあ」とため息をつく。


「そんなことお前は気にするな。お前はあの災厄とは違う人間だ。今もそんなことを気にしていたらどうしようもない。それにお前はもう自分で未来を選択できるんだ」



「それに、お前が今から捕まったら僕が犯罪者になった意味がない。安心して欲しい。お前が邪神になったら僕が止めるから」

「そうですけど……」


 相変わらず浮かない顔をしている。


「僕は、君に生きていて欲しいんだ。僕が君の生きる意味なんだ」


(僕は、彼女を。アナに死んでほしくなかった。だから助けたんだ。それなのに死んでしまったら……)


「もし、君が死んでしまったら、僕は生きる意味を失ってしまう」


(僕はただの反逆者として、意味もなく死んでしまう)


「お願いだ。僕のために生きて欲しい。僕に君の人生を預けて欲しい」


 これは、一種のプロポーズみたいだな、と思いシドは軽く気恥ずかしく感じた。

 ただ、臭い言葉でもいい。


 彼女に生きていて欲しい。


「だから頼む。お願いだ」

「分かりました」


 アナは静かに言った。


「貴方がそう言うなら、私は生きてていい存在なのでしょう。とりあえずあなたと一緒に生きてみます」

「助かる」


 シドはそう告げた。


 その言葉を受け、アナの表情少しが柔らかくなった。

 シドにはそんな気がしたのだ。


 そして、森を抜けるとそこには小さな町があった。


「いったん街に入るか」

「そうですね」


 アナはそう頷いた。

 まだ太陽が沈んだわけではない。


 だが、ここらでいったん休みたいところだ。

 それに、衣服を整える必要がある。


 今のアナの服は所謂囚人服。

 このままでは目立ってしまう。

 


 そして町の中に入る。


 と、すぐに衣服屋さんに入った。

 そこで、シドたちは服を着用した。


「似合うでしょうか」


 アナの変装後の姿。

 ワンピースに身を包み、軽くメイクが施されたそのアナの姿。

 それは前までよりも美しい物だった。



「似合う」


 シドはすぐにそう言った。

 元々アナは牢で過ごしていた。

 そのため、ボロボロだった。そんな彼女がおしゃれをしたら姿も変わる。


「素晴らしいよ」


「シドさんも、かっこいいです」

「ありがとう」


 褒め返されたな、と思い、シドは照れくさいなと感じた。


 そして二人は軽い変装をした後、宿屋を探しに行った。

 出来るだけ跡がつかないようなところが良い。

 そう思ってシドが見つけたのは小さな家族経営の宿だった。


「ここにするか」


 シドがそう言うと、アナもまた頷く。

 そして、二人は中へと入っていく。


「お邪魔します」


 アナがそう言って頭を下げる。


「あら、いらっしゃい。二名?」

「はい、そうです。僕はジル・ニスクで、こちらは、ニア・フランシアです」


 流石に本名を名乗ったらばれる。

 シドはとっさに考えた偽名を話す。


「はい、分かりました。アンナ、案内してあげて」

「はーい」


 そして茶髪の少女、アンナが二人を部屋まで案内する。


「ここがあなたたちの部屋だよ」



 そう、アンナが言うと、アナは目を輝かせる。

 その布団も決して上品な物とは言えない。しかし、牢の布団に比べれば段違いの物だ。


(良かったな)


 シドはそう思って、アナを物静かな目線で見る。


「お邪魔します」


 そう言ってアンナは部屋から去った。

 ここからの用事は夕食だけだ。


 アナはベッドにジャンピングダイブをして、シドは自身のベッドに座った。


「このベッド気持ちいいですよ」

「そうだな」

「素晴らしいです!!」


 そう言ってベッドにアナはごろごろする。


「そう言えば」


 シドは楽しげな様子のアナを眺めながら、自身の財布を見る。


(やっぱり心もとないか)


 その財布にはそこまでのお金が入ってなかった。

 やはり、お金を稼ぐ必要がある。

 そう、シドは思った。


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