本女子校は共学化します

にゃみ3

「本校は、来年度から共学となります」


 満面の笑みでそう言い放ったのは、我が学園の学園長だった。


「……は?」


 自分でも驚くほどの間の抜けた声が、喉の奥から零れ落ちた。

 しかし私の小さな声は講堂重に響く生徒たちのざわめき声ですぐにかき消されてしまう。


 昼休みに突如言い渡された放課後の緊急全校集会。

 こんなことは初めてのことで、混乱した生徒が皆、教師にどんな内容なのかと問いただしてみても「放課後になれば分かるよ」と、みな口を揃えるばかりだった。


 それがまさか、共学化だなんて……。


 嗚咽を洩らす声、涙に目元を濡らしてあえぎ声を零す生徒たち。

 女子校が共学化になるのは、少子化問題の今、珍しいことではない。問題は、学校側の態度だ。男性恐怖症から女子校である我が校に入って来た生徒たちにとって、その報告は地獄でしかないというのに。

 学園側は謝罪の言葉一つすらなく、むしろ満面の笑みを浮かべて「良い報告」だと言ってのけたのだった。


 あ、ありえない……いや、ありえないでしょ?


 私、立花雫が通う学校は幼稚園から高校まで続く伝統ある女子校だった。

 少人数制が徹底された女学校。可愛らしい淡い水色のワンピース型の制服。カトリックの校風のもと、生徒はみな物静かな性格。



 ――少なくとも、今まではそうだった。



「おい、こっちにこいよ!」

「はあ?! テメェが足遅いのが悪いんだろ?!」

「ハッ、聖歌とかだっる! アーメンとか意味わかんねえよ~」


 あの悲劇から、はや一年。

 新入生……つまり男子生徒が入ってきたのだ。この、女の花園と言ばれた女子校に。


 静まり返っていた廊下に響く、荒っぽい声。十数名の男子生徒が群れて通路を塞ぎ、何が楽しいのか笑いながら肩をぶつけ合っている。


 制服の着こなしも雑で、長年女学校で過ごし、同学年の男子と隔離された生活を送ってきた私たちにとって、彼らはまるで別世界の人間のようだった。


 共学化だけが原因ではない。「私立無償化」という訳の分からない制度のせいで、価値観の違う新入生で校内はあふれ返っていたのだ。


 はっきり言って、私たちと、彼らとは価値観がまるで合わなかった。しかし、それは当然のことだった。


 人間に限らず、生物にはそれぞれ価値観というものが存在する。

 室内で安心安全に大切に育てられた飼い猫と、命からがら必死に生きてきた野良猫。その違いは天と地ほど。互いを理解し得ることなど不可能。


 私たちもまた、同じ校舎で過ごしていながら互いの世界を理解できないままだった。


 なにより気の毒なのは、入学したばかりの新二年生たち。

 彼女たちは「少人数制の女子校」という言葉を信じて入学してきたのに、入学してから一ヶ月も経たずのうちに「共学化する」という事実を伝えられた。あんまりにも、ひどい話だ。


 思い返せば、二階や体育館前のトイレ工事。あれは単なる「改装」ではなく、男子トイレを作るためだったのだろう。現に今では女子トイレが壊され、男子トイレが作られている。


 オープンキャンパスを担当した教師は、いったいどんな気持ちで『我が校は、少人数制を重視した大人しい子の多い女子校です』と、屈託のない笑みを浮かべて言っただろうか。……いや、それは、ただ言わされていたにすぎない。一教師が、学校側の指示に抗うことなどできないのだから。

 当然、他の先生も同じだった。

 校長は、教師にどうして嘘をつかせたのか。教師は、知っていながらなぜ誰も反論しようとしなかったのか。


 私はその時、分かった。これが俗に言う“大人の事情”なのだと。


 しかし、時間が経てば慣れるという偉人の言葉は本当で、私は見慣れない制服を着た新入生の男女や、同年代の男子生徒を目にしても、少しずつ抵抗を感じなくなっていった。


 それでも、共学化発表時に泣きじゃくっていた子たちは今も学校の隅に追いやられ、死んだネズミのように息をひそめて過ごしている。


 ああ、私の愛した学校は、いったい何処に行ってしまったのだろう。


 三年生となった私たちは、残り少ない一年間を過ごすだけだけど、二年生はどうなってしまうのだろうか。再来年には更に男子生徒が増えるだろう。その時、新三年生となり、残されてしまう彼女たちは……。


 もちろん、そんなことを考えても私のような“子供”にはどうすることもできない。


 学校側に子供を人質に取られているも同然な “保護者”たちも、声を上げることはない。


 たとえ勇気ある者が声を上げてみたところで、少人数制学校の、数人の保護者の小さな声など、すぐにかき消されてしまうのだから意味がない。


 私たち少子化の時代に生きる子供たちは、幼いころから変化という荒波の中で日々を過ごしている。税金や社会の重荷は、将来だけの問題に限った話ではない。


 価値観の衝突、時代の変化。

 それをすべて受け入れ、乗り越えてこそ一人前の大人になれるというのなら――……


「ねえ、雫はもう進路調査書は書けた……って、なにこれ?! 進路希望が『子供』って、ふざけてんの?!」

「え~? だって、私はずっと子供のままがいいもん」


 大人にだなんて、なりたくないものだ。

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