第1話 (2) ちーちゃんお庭で遊ぶ!/ ちーちゃん夏祭りへ行く!
ちーちゃんは庭を駆けまわり、つぎからつぎへと「おばけ」や「しゃべる石」のお話をつくりだした。まことくんは、そのたびに低めのやさしい声でうなずき、想像の世界を広げてくれる。
「まことくん、この花もしゃべるの」
「どんな声なんだろうね」
「えっとね……かわいいこえ!」
「そっか。じゃあ僕には聞こえないかもしれないなぁ」
「だいじょうぶ! ちーちゃんがきかせてあげる!」
笑いながらそう言うちーちゃんに、まことくんは目を細めた。
やがて縁側に腰かけると、冷たい麦茶のグラスが用意されていた。ガラス越しに氷がかすかに揺れ、涼やかな音を立てる。
「ちーちゃん、いっぱい遊んだから喉もかわいたでしょ?」
「うん! いただきます!」
麦茶をぐいっと飲んで、ぷはぁっと息をつくちーちゃん。
「おいしい!」
「それはよかった」
低めの声が、氷よりも涼しく耳に届いた。
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しばらくして、ちーちゃんは麦茶のグラスを置いて、まことくんの袖を引っぱった。
「ねぇまことくん。あしたね、おまつりがあるんだよ!」
「夏祭りだねぇ。浴衣を着て行くのかな」
「そう! ママがピンクの浴衣だしてくれたの!」
「それはすてきだ。ちーちゃんに似合うだろうね」
「ほんと? ほんとに?」
「ほんとだよ」
ちーちゃんは両手をぎゅっと握りしめて、はねるように笑った。
「まことくんもいっしょにいこ!」
「うん、そうだね。せっかくだから、ちーちゃんを案内してあげよう」
低めの声で「うん」と言われると、それだけで約束が本物になったように聞こえた。
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翌日。夕暮れ前の玄関先で、ちーちゃんは浴衣姿をまことくんに見せた。
小さな体に合わせた桃色の浴衣。帯は白く、そこに朝顔の模様が咲いていた。
「わぁ……」
まことくんは思わず声をもらした。その声もやはり低く、しかし温かい。
「ちーちゃん、とてもよく似合ってる。まるで夏のお姫さまだね」
「えへへ……」
耳まで赤くして笑うちーちゃんの手を、まことくんはやさしく取った。
「さぁ、行こうか」
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祭りの通りは、色とりどりの灯りであふれていた。
りんご飴の屋台からはあまい匂いがただよい、金魚すくいの水面は光を跳ね返してきらめいている。
「まことくん! あれしたい!」
「金魚すくいかな」
「うん!」
「よし、じゃあ挑戦してみよう」
紙のポイを受け取り、小さな手で水をすくおうとするちーちゃん。けれど金魚はすばやく泳ぎ、なかなか捕まらない。
「わぁ〜〜にげちゃった!」
「そう簡単にはいかないねぇ。でも、追いかけてる顔は楽しそうだよ」
「ほんと?」
「うん。ちーちゃんの浴衣も、金魚も、どっちもきらきらして見える」
低めの声に励まされ、ちーちゃんは最後まで夢中でポイを動かした。結局金魚は捕まえられなかったけれど、屋台のおじさんが「がんばったね」と一匹分けてくれた。
「やったぁ!」
「よかったねぇ。大切に飼わなくちゃ」
「うん! まことくんも見にきてね!」
まことくんは微笑みながらうなずいた。
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人混みの中で、ふと、ちーちゃんの手が離れた。
提灯の灯りが揺れ、視界が一瞬ぼやける。小さな心臓がどきどきと早鐘を打った。
「……まことくん……?」
不安そうに立ちすくむちーちゃんの腕を、すぐに大きな手がつかんだ。
「ちーちゃん」
低くて落ち着いた声が、耳に届いた。
「ここにいるよ」
それだけで涙が引っこんでいった。
「まことくん……!」
「手…話しちゃって、ごめんね。怖かったよね。でも、もう平気だよ。」
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夜空に花火が咲いた。赤や青や金の光が広がり、音が胸の奥まで響く。
ちーちゃんはまことくんの隣で見上げていた。
「きれい……」
「本当にきれいだねぇ」
低い声が花火の音に混じっても、はっきり耳に届いた。
「ねぇまことくん、いまのおばけ、ぜったい空でおどってるよ!」
「ふふ……そうかもしれないねぇ。花火にまぎれて遊んでるのかな」
「うん! ほら、にこってしてる!」
笑い合う二人の頭上で、夜空は次々に光を咲かせていった。
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祭りの帰り道。石畳を歩くちーちゃんの足取りは、いつのまにか少し重くなっていた。
「つかれちゃったかな」
「うん……でもたのしかった……」
「そうだねぇ。じゃあ帰ったら、よく休まないと」
まことくんの低い声が子守歌のように響き、ちーちゃんは彼の手をぎゅっと握った。
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翌朝。
また庭に、ちーちゃんの姿があった。
「まことくん! きのうね、すっごくたのしかった!」
「うん。ちーちゃんが笑ってくれたから、僕も楽しかったよ」
「またいっしょにいこ!」
「もちろん。約束だよ」
低めでやさしい声が、いつもの木陰に落ち着いて響いた。
その声を聞いていると、ちーちゃんは「毎日がずっと続く」ような気がした。
夏の朝はまだ始まったばかりだった。
――第一話 終わり――
ちーちゃんとマコトくん! 猫柳 星 @NEKO_YANAGI_SEI
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