さがしもの

詠暁

さがしもの

 疲れてしまった。割れた道路から伸びる雑草とか、誰もいないと分かっていながらただいまと口に出す瞬間とかに。

 だからショッピングモールなんかをこうしてふらふらしているのだと思う。それとも日が落ちていくのを見たくなくって、それで明るい場所へ来てしまったのかな。

 なんだか物思いにふけりたくて、エスカレーターは無視することにした。なんか、こんな気分も文字通りランクアップしちゃいそうな気がするし。

 ぐいぐい進んでいく私を道行く人が異物を見るような目でちらっと見て、すぐに目を逸らしていく。確かに高校生がこの時間に出歩いているのは少ないけど、別にこの辺は塾とかも多いし、そんなに珍しいものみたいな扱いをしなくたっていいと思う。

 だから私も気にしないってことにしたのだけれどなんだか窮屈で、やっぱりエスカレーターに乗る。

 動く床にローファーを乗せると、吹き抜けの奥のシャンデリアがほんの少し近づいて、また現実から遠ざかる。照明がぴかぴかと眩しい。

 行きたい場所がどこかなんて考えない。決めなくていいと思う。いい感じのカフェで甘いものに舌鼓を打ってもいいし、映画を観て帰るのもいい。贅沢をしてもいいからちょっとだけ、今日くらい自由でありたい。

 それなのに色んなお店が所せましとぎゅうぎゅう詰めってのが学校とちょっと似ているな、なんて思いついてしまった自分に嫌気がさした。

 振り払うように三百円ショップに滑り込んで、商品棚の隙間に隠れる。

 化粧品の甘い匂いが漂う中にもふもふした茶色いクッションがあった。ペット用? まあ、私しか使わないのだからペット用でも問題は無いのだけれど。

 ふと冷静になる。良いなあと思う。欲しいかは置いておいて、ただ、良いなあって。

 部屋に小動物がいるって、どんな感じだろう。命を感じるのだろうか。いずれ死んで、それでまた新しいのを飼ったり飼わなかったりして……。それって、愛するために飼うってことなのか。愛して欲しいから飼うのだろうか。可愛いから、は簡単だ。でも、私のはそんなきれいなものじゃないってわかってる。私に頼らなきゃ生きていけない弱い動物を閉じ込めて、育てて、そういう悦に浸りたいだけ。好きとか、そんなきれいなもんじゃない。

 奥からいくつか固いものが床にぶつかる音が響いて、すぐに誰かが小銭を落としたのだとわかった。

――すみません。あっありがとうございます。

 なんだかまた嫌になってきて、さっき乗ってきた隣のエスカレーターに乗り込む。

 二階が遠ざかる。どこまで行ってもやたら白い照明に隙間なく照らされていて、時間なんか流れてないみたいな気がする。

 エスカレーターが三階に着く少し前、嫌な感じの笑い声が耳に刺さった。

 集団がうるさく騒いでいる。多分、派手な高校生。もうスクールメイクって域じゃない、ばっちばちの。

 ぎゃはは、と吹き抜けに響くその声に身がすくむ。

 夜遊びの集団からしてみたら一人ぼっちの私なんて笑い者だろうか。そう考えたらさっきまでの期待なんてどこかに吹き飛んでしまった。先生に見つかったらどうしよう。早く帰らないで補導されないだろうか。考えないようにしていたことが堰を切ったように溢れ出して、止まらない。

 逃げたい。会いたくない。

 無理やり足を動かして、曲がり角を勢いよく曲がる。慌てて入った先はカフェだった。

 コーヒーの匂いが染みついた店内はがらがらで、見ない様子に少し怖気づく。それでもおしゃれっぽい音楽がちゃんと流れていて、とりあえずキャラメルラテを頼む。

 復唱して、何かを注いで、クリームか何かをトッピングして、なんだかよくわからないけれど店員さんが忙しなく手を動かす。

 一人しかいないからすぐに完成した。

「八百十円になります」

 恐る恐るお金を出したらラテが目の前に置かれて私は解放された。

 手の中のラテが痺れるみたいに冷たい。

 ひとり寂しく何かを待っても行く場所すらなくて窓辺の席に近寄る。黒い、黒い夜の色に飛び込みたいような気がした。

 でも、予想していたのとは違って近づくほどに夜景が星みたいにそこにあった。 私がさっきまでいた場所だった。

――今、手を伸ばして、窓を突き破ったら宇宙に行けるかな。

 馬鹿げている。でも朝が来てしまったらこの宇宙は遠くに行ってしまうから、惜しくなる。何もない場所なんてどこにもないと、きっと思い知らされてしまう。

 窓辺からは上にも下にも、何処までも宇宙が広がっているみたいに見える。下に広がる街並みの光は働く人のおかげで、上に広がる星の光は太陽のおかげだ。手元の冷たいキャラメルラテは、さっきの店員さんのおかげだ。先生は道徳で言ってた。人が頑張れるのは、愛するペットのおかげ、愛する家族のおかげって。それから、国のために、社会のために。町の人々のために。素晴らしい大人が素晴らしいことを言って、私たちに何かを考えさせようとしていたけど私にはよくわからなかった。義務教育はずっと難しかった。犯罪も差別もこの国のいたるところで起こっているのにそんなの蚊帳の外みたいな顔して授業をして、放り出されて、また高校っていう新たな蚊帳に入れられる。なんでそんなことしてるのって聞いたらちゃんと答えてくれる人を私は知らない。

 プラカップの蓋を親指の爪で弾く。小さく抵抗されるのをそのまま押し込んだら白い線になって消えなくなった。

 そもそも、私の「愛する」がなんなのかわからない。私は、何のおかげなの? そもそもこれは頑張れているの? それでも私が生きてるのは、何のため? 考えてもよくわからない。わかるための授業はわからないまま通り過ぎてしまったのに、問いばかりが頭にこびりついていたまま離れない。

 帰らなくちゃ、と思う。帰りたくない。帰りたい場所もない。だけど、帰らなくちゃ。

 手の中のラテを勢いよく飲んでみる。

 甘やかされすぎてるみたいな、冷たくて、お腹が痛くなりそうな味だ。

 そのまま手に持って外に出て、店の裏にあった下降のエレベーターのボタンを押すと私のためにすっからかんのガラス張りの箱が開いた。

 中に入って一のボタンを押す。

「下へ参ります」

 簡素なアナウンスがそう伝えたら、さっき閉まった扉なんか忘れたみたいに、じぐざぐ上ってきた分を一直線に駆け降りていく。

 さっきまで遠くにあった綺麗なものが、近くにある汚いものになっていくみたいに思えた。

 一階です、って言われた。丁寧かつ機械的に。私を箱から放り出すために。

 大人になったら働かなきゃいけない。働いたって、みんなから邪魔だと思われるかもしれない。役に立てるかどうかもわからない。

 それでもちょっとだけ、誰かが優しくなれるような夜景の一部になれますように。

 二枚扉の自動ドアが開く。街並みの流れ星の、汚いエンジンの音が聞こえた。

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