ファントム

　人は生まれながらにして、平等ではない。平等と言うのは、誰もがそうであれば良いと願う、理想の様なもの。

　この世のほとんどが、不平等だ。同じ練習量でも、覚えが早い者がいたり、またどれだけ努力をしても、目標に届かない事も、決して珍しい事では無い。

　だがどんな世界にも、存在する確かなものがある。

　それは、なにもしなければ、なにも生まれない

　「……」

　現実とは異なる世界の館で、朝の日差しが眩しく照らす中、寝室で眠る一人の美少女。

　ピンク色の長髪をし、黄色のパジャマで子供の様に丸くなって寝ている。

　そんな彼女の部屋に、一人のメイドが向かっている。銀髪に青い瞳、何者も寄せ付けないオーラ。

　寝室のドアをトントンと優しく叩き、部屋へと入る。

　凛とした立ち姿をした彼女は、いつもの日課をこなす為、起こす。

　「コヨリ様。朝ですよ、起きてください」

　コヨリ、寝ている少女の名前を呼ぶメイド。

　彼女の名前はシズエ・ペルサー。元軍事剣士の人間で、戦場経験もある天才剣士。

　そして、そんな彼女が仕える主の名前が、コヨリ。コヨリ・ワンバーク。

　天才剣士一家、ワンバーグ家の娘。シスコン兼、優秀な女剣士の姉をもつ三女。

　「むにゃむにゅ～」

　とても心地よく眠るコヨリ。だがいつまでも寝かせる訳にはいかない。

　シズエはこれまでの経験を活かし。とある方法で彼女を起こす。

　「仕方ありませんね」

　シズエは自分の喉に手を当て、声を変える魔法を発動する。

　「コヨリお嬢様、もう朝ですよ。起きてください」

　コヨリが読む漫画の中で、好きで堪らない執事（ショタ）の声に変化。

　それをコヨリの耳元で囁き、思わず彼女も起きる。

　「レン君！」

　好きなキャラクターを持つ者にとって、そのキャラの声で起きる。これ以上の幸福はない。

　「おはようございます。コヨリ様」

　もちろん、起きた彼女の目の前にいるのは、漫画キャラクターのレン君ではなく、専属メイドのシズエである。

　「し、シズエ……」

　「はい。コヨリ様のシズエでございます」

　満面の笑みで答えるシズエ。

　「起こす時は普通にって、お願いしてるのに」

　「それは一回目を除いて、ですよね？ しっかりと守っていますよ」

　「え、また私一回目で起きれなかったの？」

　「はい。ですが今回は二回目ですよ、コヨリ様。最初の頃に比べれば、目覚しい成長です」

　シズエがコヨリの専属メイドになったのは、五年前。

　戦場で駆け抜けていたシズエに、メイドの道を示したコヨリ。

　家事、洗濯、護衛、コヨリにまつわる事は問題なくこなせるシズエだが、コヨリ以外の人間。

　特に男に関しては、あからさまな作り笑顔しかできず、特訓中である。

　「出会って間もない頃、コヨリ様を初めて起こす任務を授かった日。なにをしたらいいか全く分からず、結果三時間の朝寝坊をかまさせてしまいました」

　「う……そんだけ私も寝てたから、何も言えない」

　「ですがコヨリ様、私も成長しました。今では二回目です。コヨリ様の寝顔を見たい気持ちをグッと抑えて、起こしました。褒めてくださっても、良いですよ？」

　凛々しい顔立ちのシズエからは想像もできないデレ具合、だがコヨリは五年間共にいる。さすがに見慣れている。

　「はいはい、分かったよ。偉いねぇ」

　シズエの頭を撫でるコヨリ。

　「ありがとうございます、コヨリ様。それでは、お着替えといきましょうか」

　「いや、流石にそれは。私も十六だし。あとシズエ」

　「はい。なんでしょうかコヨリ様」

　「シズエって、失敗がないように、念には念ってタイプじゃん？」

　「はい！ コヨリ様の目覚めを最適にする為に、失敗はできませんから」

　「それは良いんだけどさ、今何時か分かる？」

　「ん？ 今は、朝の六時ですね。それがどうかなさいましたか？」

　「私今日、学校で朝稽古の日だから、六時半には学校に着いてなきゃなんだよね……」

　「へ？」