君が泣かない世界を、僕は選ぶ

三木 倫子

旅は道連れ、世は情け

第1話 ノルヴァ村、旅立ちの朝

都会から遠く離れた田舎の村ノルヴァ。

今日、ここから一人の少年が旅立つ。


少年の名はルーク・ライト。

18歳になったばかりである。


ルークは、母のリアナが用意してくれた朝食を食べている。

毎日食べていた母の味を、噛みしめるように

ゆっくりと咀嚼する。


目の前には同じように朝食を食べている父のエルヴィンがいた。

こうして家族で顔を合わせることも、しばらくはないだろう。


家族3人での食事を終え、ルークは荷物を持ち両親を見つめた。


「父さん、母さん、ごめん」

ルークは、いきなり謝った。


ずっと気にしていたのだ。

自分が赤ん坊の時から愛情を持って育ててくれた両親を

本当に心の底から大事に思っている。


それでも自分の生みの親を知りたいという気持ちは、抑えられなかった。


「父さんと母さんのことは、本当に大事に思ってる」


リアナが、優しく抱きしめた。

「わかってるわ。ルーク」


「お前の名前が刻まれたペンダント。

あれを渡した時に、こうなる日が来ることは覚悟していた」


エルヴィンが優しい目でルークを見つめる。


名前が刻まれたペンダント。

それは銀製のもので、聖職者が持つ身分証に似ていた。


ルークは、ペンダントを両親から渡された日のことを思い返す。


あの時、リアナは言ったのだ。

「いらない子には、名前をつけない。だから名前を残されたあなたは、愛されているの」と。


実際にルークが生まれたであろう18年前は

天界と魔界が争う「天魔戦争」が激しかった時だ。


間に挟まれた人間界に被害が及ぶことが多く

特に天界の力、光魔法を操ることが出来る聖職者は、魔物たちから狙われることが多かった。


だから生まれたばかりのルークを魔界から守るため、

田舎にあるノルヴァ村に置いてきたのだろう。


少なくともエルヴィンとリアナは、そう考えていた。

だから、いつ迎えが来てもいいよう

できるかぎりの魔法書や歴史書を手に入れてきた。


2人は魔法が使えないにも関わらず、ルークのためにと勉強させたのだ。


天魔戦争は16年前に休戦し、

今の人間界は魔物の残党が、たまに悪さをするくらいである。


だからルークが一人で旅に出ることを、エルヴィンとリアナは反対しなかった。


「ルークには神様のチカラがあるものね。」

リアナは微笑んだ。


「それこそが聖職者に縁のある証になる。かならず生みの親は見つかるさ」


リアナが言った神様のチカラとは、光魔法のことだ。


昔、エルヴィンが難しい文字が読めないルークに、分かりやすく説明してくれた。


光魔法は司祭様のような聖職者が使えて、回復や人体強化などの魔法のことをいう。


大司教より上の偉い人は、さらにすごい雷の魔法を使えることがある。


「ルークは雷の魔法が使えるから、本当のお父さんとお母さんは、めちゃくちゃ偉い人たちだぞ!」

その時のエルヴィンは、豪快に笑った。


「何よりルークは、俺たちの自慢の息子だ!」 エルヴィンはルークの肩を力強く叩いた。

今、目の前にいるエルヴィンも同じ笑い方をした。



農作業で鍛えられた腕力は、ルークの肩に響いたが

その痛みに優しさを感じた。


「行ってこい!!」

「気をつけるのよ?」


「行ってきます!」

ルークは両親に笑顔を向け、家を出た。


村の光景が目に飛び込む。


見送りに来た村人が、次々にルークに言葉をかけていく。

「気をつけていくんだぞ!」

「たまには帰ってこいよ!」

「ほら干し芋、たくさん作ったから持ってけ!!」

気がつけば、持っていた荷物と同じくらいの食料を持たされていた。


ノルヴァ村の人は捨て子であるルークを

一人の村の子どもとして分け隔てなく接してくれた。


その村人たちの優しさにルークは心を締め付けられた。


しばらくは帰ってこられない。

この姿を目に焼き付けて、ルークは村を旅立った。

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