記憶の運び屋
紡月 巳希
第十五章
対峙する影
シャドウの言葉は、喫茶店の静寂を切り裂く刃のようだった。男の口を借りて発せられる声は、冷たく、そしてどこか歪んでいた。私は、腕の中の木箱を強く握りしめ、カイトと目を合わせた。彼の灰色の瞳は、鋭くシャドウの動きを捉えている。
「その男から離れろ、シャドウ。その者は、君の影ではない。」
カイトの声は静かだが、その中には確固たる意志が宿っていた。しかし、シャドウは嘲笑うように言った。
「面白いことを言う。こいつは、私の忠実な『媒体(ホスト)』だ。それに、この街の記憶の歪みが、私をここに招き入れた。全ては必然だ。」
シャドウがそう言うと、男は再び激しい苦痛に顔を歪ませた。彼の体は痙攣し、まるで内側から何かに操られているかのようだ。シャドウの影は、男の背中から離れようとせず、私たちを威嚇するように揺らめいている。
「アオイさん、準備はいいか?」
カイトが私に問いかける。私は、静かに頷いた。私の心臓は、この緊張した状況の中で、かえって落ち着きを取り戻し始めていた。木箱の温かい鼓動が、私の心と共鳴し、不思議な安らぎを与えてくれる。
「その木箱が、君の命綱だ。木箱から放たれる真実の波動を、あの男に向けてください。」
私は、カイトの言葉を信じ、木箱を男に向けた。すると、木箱の中心に宿る青みがかった光が、まるで意思を持ったかのように強まり、男へと向かっていく。光は、男の全身を優しく包み込み、彼の顔の苦痛を、少しずつ和らげていった。
「これは…何だ…?」
シャドウの声が、驚きと焦りを含んだものに変わる。男の体を支配しようとしていた彼の力が、真実の光によって阻害されているのだ。
「その男の記憶は、君が奪い、歪めたものだ。だが、この真実の光は、その歪みを修復する。君の偽りの記憶が、光によって剥がされていくのさ。」
カイトの言葉が、シャドウの焦りをさらに煽った。シャドウは、男を離れようとしない。彼は、男の体を通して、私たちが持っている木箱の力を奪おうとしているのだ。
私は、木箱の光をさらに強めた。すると、男の背後の影が、激しく揺らめき、悲鳴のような音を上げた。男の顔からは、苦痛の表情が消え、わずかに安らかな表情が浮かび始めた。
「真実…だと…?ふざけるな!この街の真実とは、私の影が作り出したものだ!」
シャドウは、男の影から離脱しようと、抵抗を始めた。しかし、私の放つ真実の光は、男の記憶に深く食い込み、シャドウの影を無理矢理引き剥がそうとする。
その時、シャドウの影が、男の影から完全に分離した。シャドウは、もはや男の体を媒体とせず、独立した存在として、喫茶店の壁にへばりついていた。彼の輪郭は、より明確に、そしてより巨大に、私たちを睨みつけている。
「覚えておけ…記憶の運び屋…そして、真実の鍵。お前たちの行動は、必ず後悔させてやる…!」
シャドウはそう言い残すと、喫茶店の壁をすり抜け、影の中に消えていった。
男は、その場に倒れ込み、意識を失っていた。彼の顔には、苦痛の表情はもうなく、まるで長い悪夢から解放されたかのような、穏やかな顔が広がっている。
私は、木箱を抱えたまま、カイトと見つめ合った。戦いは、まだ始まったばかりだ。そして、私たちは、最初の勝利を収めたのだ。
記憶の運び屋 紡月 巳希 @miki_novel
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