福利厚生パーフェクト会社
ちびまるフォイ
働き方革命
「本日は会社説明会にお越しいただき
みなさん、本当にありがとうございます。
我が社は従業員を大事にする会社なので
ほかの会社よりも充実した福利厚生を提供しています。
詳細はお手元の資料をどうぞ」
参加者が手元の冊子をパラパラとめくる音が聞こえる。
書かれている内容が信じられず手を上げた。
「はい、そこの方。ご質問ですか?」
「あ、あの。ここに書かれている……。
従業員は仕事しなくてよい福利厚生というのは……」
「そのままの意味です。
我が社では従業員を大事にするため、
会社で仕事をすることを禁じています」
「え? ということは寝ててもいいってことですか」
「もちろん。自由です」
「おおおお!?」
そんなことが許されていいのか。
いや許しているから書いているのだろうけど。
「それじゃこの食費・光熱費・水道費・交遊費全額負担は?」
「従業員の方の費用は会社が負担します」
「現世にも天国があったのか!!!」
「ただし……」
にわかに賑わう会社説明会にピンと緊張感が戻った。
いったいどんな条件が課されるのか。
「ただし、我が社は勤怠に関して非常に厳しいです。
たとえ仕事をしていなかったとしても、遅刻や欠勤を重ねた社員をクビにします」
なぁんだ、と全員が安心した。
爪を剥がれるくらいの覚悟をしていただけに肩透かし。
それからは会社に合格するための飽くなき勉強と努力の数々。
面接当日にはウォーターサーバーに下剤を入れて他の候補者を落とすなど、
様々な知略と謀策が渦巻く就活戦争を乗り越えて合格を勝ち取った。
「やった!! これで人生の勝ち組だーー!
もう一生遊んで暮らせるぞ!!」
入社当日を迎える。
事前に勤怠に関しては厳しいと聞いている手前、遅刻はできない。
「さて、会社の場所は……あれ?」
マップアプリを開いてみるが、開くたびにおかしな場所を示している。
どうやら電波も届かない未開の地にオフィスがあるらしい。
「やばい。初日から遅刻なんてできない。早く出発しよう」
入社案内に従って向かうは木々が生い茂る山の中。
昼間なのに日差しが入ってこない。
「ここを進めっていうのか……?」
自分以外の合格者も山の中を息も絶え絶えに進んでいる。
しかし脱落者は後を絶たない。
「うわぁあ! く、クマだーー!!」
「わぷっ! 俺泳げないんだ! 誰か助けてーー!」
「もう私歩けない! こんなのムリ!」
獣道を切り開き、滝の裏にまわり、険しい山道を登っていく。
もはや出社というより修行に近い。
変わりやすい山の天気に翻弄されながら、
やっと自然の中で不自然にそびえる高層ビルが見えた。
「や、やった……オフィスだ……オフィスが見えた……!」
あれだけいた合格者もオフィスのエントランスへ
たどり着く頃にはおおきく数を減らしていた。
「どんなに福利厚生がよくったって、
ここにたどり着けるかどうかは別というわけなのか……」
選ばれし根性と体力と、あくなき堕落への渇望。
そんなガッツのある人間だけがここへたどり着けるのだろう。
エレベーターに乗り、入社式がおこなれる70階のボタンを押す。
エレベーターはなんと10階で止まった。
「あれ? おかしいな? 誰も押してないのに……」
扉が開くと肩パッドを入れた屈強な男が仁王立ちして立っていた。
「私は10階フロアの門番。貴様、70階に行く候補者か?」
「え、ええ」
「ならこの俺を倒さなければエレベーターは動かない!!」
「なんだって!?」
「このオフィスには俺のような門番が各階に配置されている。
楽な人生を手に入れたければ、俺を倒してみろ!」
「ひとつ……聞いてもいいですか?」
「なんだ」
「朝からずっとそこで仁王立ちして待ってたんですか?」
「……」
「……」
「それがなんだ! いいから、かかってこい!!!」
顔を真っ赤にした10階の門番と激しい戦いを繰り広げた。
尺の都合で戦いの多くはカットされる憂き目にあってしまうが、
トランプやしりとりなどの筆舌に尽くしがたいほど激しい戦いであった。
ついにエレベーターは70階にたどり着く。
「午前8時59分59秒。遅刻していないね。
おめでとう。君は入社成功だ」
待っていた入社式の関係者に万雷の拍手が送られる。
遅刻せずに入社式に参加できたのは自分を含めて2人しかいなかった。
「これから君のあらゆる人生の苦労は、我が社が負担しよう。
従業員は財産。従業員は宝がモットーだからね」
「ああ、よかった……ありがとうございます……」
「それじゃ明日の火曜日も、遅刻せずに出社してくれたまえよ」
血の気が引いた。
そこからは記憶がない。
どうやらオフィスで倒れてしばらく寝ていたらしい。
家に帰る頃にはすっかり日付も変わっていた。
翌日、入社2日目にして出社拒否となってしまった。
なけなしの体力と、新人のバイタリティでもって初日は超えた。
でもあれが明日・あさって・しあさって、と続くのは耐えられない。
それがたとえ会社で寝ているだけでお金がもらえるとしても、
一般企業に入ってあくせく働いている方がまだ楽だろう。
少なくとも毎日クマを恐れながら出社することはない。
その次も、その次も、その次も会社に行く気はなかった。
行ける体力も残っちゃいなかった。
しかしこの会社は勤怠に関しては異常に厳しい。
たった1日だけ休んだ自分だが、すでにクビ社員のふるいにかけられているだろう。
「だったら解雇される前に退社してやる……!」
頭にハチマキを巻いて、ふたたび出社の覚悟を決めた。
あらゆる準備をし、前日から山に入って2日がかりでの出社を決め込む。
カバンに忍ばせた退職願をけして濡らさぬように注意しながら。
「ついに……ついに戻ってきたぞ……」
2回目の出社に成功した。
道中なんども危ない瞬間はあったが、それも今回で最後だ。
70階にいる上司に退職願を提出すると、ただ受け取っていた。
「……この仕事なら毎日遊んで暮らせるんだぞ?
なのに仕事やめるなんてもったいないと思わないのか?」
「こんな出社を毎日続けるなんて……。
それはどんな仕事よりもハードですから」
上司にそう行ってオフィスをあとにした。
エントランスに着くと、もう一人いた合格者とはちあわせする。
その手には白い封筒が握られていた。
内容はなんとなく察した。
「同僚じゃないか」
「よお久しぶり。入社式以来だな」
「お前も退職願を?」
「え? 退職するのか!?」
「ああ……。こんな出社ずっと続けられるわけ無い。
お前も体が壊れる前にやめたほうが身のためだ」
「そうか……残念だ」
「でもお前も退職願を出しにきたんだろう? ほら、その封筒がそれだろ?」
自分は同様の手にある封筒を指さした。
すると同僚はあわてて撤回した。
「あ、いや違うよ。これは退職願じゃない」
「え? じゃあなんなんだよ」
同僚は笑って答えた。
「リモートワークの申請書だよ。
明日から俺、リモートワークにするんだ」
その後、同僚は家で毎日寝ながらお金をもらっていると聞いた。
福利厚生パーフェクト会社 ちびまるフォイ @firestorage
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