第3話 蜘蛛

 神に飛ばされてからほんの数秒、目を覚ました裕貴の目の前には、全く知らない景色が広がっていた。

 いや、知らないというより、来たことがない。砂漠だ。

 

「何だよここ、暑すぎじゃないか?」

 

 そう言うと、何者かが後ろから来ている気配がし、恐怖を感じた裕貴は後ろを振り返った。

 

「誰だ!」

 

後ろを振り向くと、そこにはでかい蜘蛛がいた。

 

「うわぁぁぁぁぁ!」

 

虫が苦手な裕貴はびっくりして少しその場から離れた。

 

「何だよ!この化け物は!」

 

 指を指してそう言うと、蜘蛛がいきなり走ってきた。恐怖を感じた裕貴はすぐそこにあった石を掴み、蜘蛛に放り投げた。

 その石のスピードは、裕貴の思っていたスピードではなく、半端ない威力で蜘蛛の腹を突き破った。

 

「あれ?もしかして死んだ?」

 

あまりの呆気なさに蜘蛛に近づいてみるが、どれだけ音をたてても、何をしても動かない。

 

「やった、やったぞぉぉぉぉ!ていうか俺強すぎじゃないか?」

 

 何て言いながら喜んでいると、また後ろから気配がしてきた。

 

「何だよ、また変な蜘蛛か?」

 

 後ろを振り向く。

するとそこには数えきれない程の蜘蛛がいた。

 

「ムシャムシャ」

 

 気持ち悪い音を出しながら蜘蛛がこっちに向かって来る。

 それを見た裕貴は目を疑う。

 

「何だよ!これ!」

 

 そう言いながら走って逃げる。今だかつてこんなに死ぬ気で走った事はあっただろうか。いや、無かった。

 初めて死ぬ気で走っていると、いつの間にか蜘蛛に追いつかれそうになっていた。

 これはまずいと思ったのか走るのを辞めて、戦う事を決心する。

 そして、すぐそこにあった石を持って放り投げまくる。

 投げる度に、1つの石で5匹程貫いて行く。

 

「このペースじゃ、こっちの体力が保たない!」

 

 石を投げていた裕貴は何かに気がついた。

ここには石の他に、砂があるし長い棒のような石もある。

 これを使うしか無いと思った裕貴はそこら辺にあった棒のような石を持って、蜘蛛の腹を貫いて行く。

 

「はぁぁぁぁぁぁ!」

 

 もう痛い思いをしたくないのか、一心不乱に棒のような石を振り回し続ける。

 

「死ね!死ね!死ねぇぇぇぇぇぇ!」

 

 まるで狂ったかのように蜘蛛を殺し続ける。

 蜘蛛の返り血が飛んでくるが、そんなのを全く気にせず殺していく。すると、蜘蛛が最初の数の半分くらいになった。

 

「はぁ、はぁ、まだ半分かよ!」

 

 そんな事を言っていると、上から奇妙な色をした液体が降ってきた。

 まるで蜘蛛の血のような色をしている。だがそれも気にせずに浴びながら戦い続ける。

 

「どうしようか」

 

 もう限界が来たのか、砂に膝をつくと蜘蛛が一塊になり、巨大な蜘蛛になった。

 こんな限界な時に何て事をしてくれるんだ、と絶望する。

 

「もう終わりか」

 

 そう言うと、妹の顔が頭の中でフラッシュバックする。まるで、その場に妹がいるかのように。

 

「いや、まだ終わりじゃない」

「ムギュゥ!?」

 

 振りかざされていた蜘蛛の攻撃を片手で受け止めた。

その様子に驚く蜘蛛。

 一体、裕貴に何が起こったのだろうか。

 

「まだだぁぁぁぁぁ!」

 

 そう言うと、棒のような石を蜘蛛の目に飛ばした。

その棒は見事に蜘蛛の目に直撃する。

 当たり前だが、蜘蛛は目を貫かれた事により激しい痛みと、失明を起こした。

 

「ギヤァァァァ!」

 

 蜘蛛は気持ちの悪くなる程の大きな悲鳴を上げると、その場で暴れ出した。暴れ出した蜘蛛の動きを避けながら、走る。

 そしてすぐそこにあった石を投げつけ、石は腹をつき破った。

 だが、今の蜘蛛はとても大きく致命傷にはならない。

 

「これじゃあ、決定打にはならないぞ」

 

 このままでは先にこっちの体力が無くなると思った裕貴は覚悟を決めて石を持って走り出した。

 

「リスクが高いがやるしかないか」

 

 そう言いながら蜘蛛の足元に向かう。

 

「はぁ!」

 

 足元で石を振るが、その攻撃は当たらない。

 

「クソ!このでかさで足速いのずるいだろ!」

 

 そう言いながら攻撃を避けて走り続ける。そしてほんの少し動きの遅い足に向かった。

 石を振ると、ギリギリ当たりそうな所で吹き飛ばされてしまった。

 

「うわぁぁぁぁぁぁ!」

 

 さっきまで動きが遅かったはずの足がいきなり高速で攻撃をしてきた。もしかして、あの足の遅さはフェイントだったのだろうか。

 すると、蜘蛛にだんだんイラついて来た。

 

「はぁぁぁぁ!喰らえぇぇぇ!」

 

 裕貴は勢いよく棒のような石を振り、避けると予想した場所に位置をずらして蜘蛛の足に攻撃を入れた。

 

「がぁぁぁぁぁぁ!」

 

 すると、足が斬れた事により蜘蛛の動く速度が落ちた。

 

「よし、この調子で行こう」

 

 疲れた顔をしている裕貴だが、何とか疲れを隠す為に、言葉で自分の事を励ます。

 残り7本もある足を考えると溜め息がでそうになるが、それでも動きを止めずに走り続ける。

 

「はぁぁぁぁぁぁ!」

 

 2本目の足はさっきよりも速く斬る事ができた。違和感...裕貴はどこかに違和感を感じている。

 もしかしたら、蜘蛛は何かとんでもない物を隠しているのかもしれない。

 

「ぐぁぁぁぁぁ!」

 

 すると、いきなり蜘蛛の動きと安定性が回復した。足が無いはずなのに、動きの速さが速い。

 流石に全て斬れば動けなくなるはずだが。裕貴は、猛ダッシュで空を飛びながら攻撃を始める。

 

「空を飛べているのか!?俺は!」

 

 空を飛ぶと言うよりは、ジャンプして高速移動をしているだけのようだ。

 そして、蜘蛛の足に少しずつ傷が付いていく。今までとは違い、一撃の重みは軽いが、塵も積もれば山となる様にダメージを与えていく。

 

「おらぁぁぁぁぁ!」

 

 順調に足を斬っていくが、それでも蜘蛛の動きは遅くならない。

 まるで魔法を使っているかのようだ。

 

「クソ!だが残り一本だけだ!ここでやるしかない!」

 

 そう言いながら走り出そうとするが、足が動かなくなってしまった。

 

『こ、こんな時に!』

 

 いきなり足が動かなくなって焦っていると、蜘蛛が糸を出してきた。

 動く事のできない裕貴は「あっ」という間に糸に絡まってしまった。

 

「どうすんだよこれ!」

 

 不快そうな顔をして言うと、糸を目掛けて蜘蛛が飛んできた。

 

『あーあ。新しい生活が始まる前に終わりか〜。とんだクソゲーだな』

 

そんな事を考えた瞬間、蜘蛛の足が斬れた。

 

「え?」


 いきなり斬れた事の衝撃に思わず声が出てしまった。

 

「な、にが?」

 

 うつ伏せの状態で言う。少しずつ顔を上げて、体を起こす。

 目の前には足が無くなり、動けなくなった蜘蛛がいる。

 

「俺、何かしたか?」

 

 いきなり蜘蛛の身体がバラバラになり消えさった。裕貴の前に赤色の髪をした綺麗な女性が立っていた。

 

「あんた、何者?」

 

 女性はうつ伏せになっている裕貴に向かってそう言った。

 もう喋る余裕も残っていない。だが、ここで死ぬわけにはいかない裕貴は力を振り絞る。

 

「た、すけて、くれ。そうすれば、おし、える」


 弱々しい声で女性に言った。

 

「仕方ないわね〜」

 

 そう言うと、女性は持っていた水を飲ませてくれたり、魔法をかけて回復をしてくれた。

 

「これでどう?」

「助かったよ、ありがとう」

「で、あんたは何者なの?」

「俺は」

 

 どう答えれば良いのか困った裕貴は、色々考え始めた。

まず、名前を変えたいと考えた。

 

「俺はアレフだ。気づいたらここに居た」

「へぇ〜、どこに住んでるの?」

 

 名前のすぐに住んでいた所を聞かれたが、ここは異世界なのだから住んでいる場所などない。

 

「実は、住んでいた場所の記憶が無いんだ」

 

 嘘をついた。どう答えればいいのか全くわからないアレフは、そう答えるしか無かった。

 

「そうなの...」

 

 少し空気が重くなった。そして質問は続く。

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