いいね!依存性

白を基調としたシャビーシックな内装と、ラテアートが映える古いテーブル。いつものカフェ。


「おつかれ、日菜(ひな)。インスタの案件また決まったんだって?」


その向かいで、幼稚園からの親友、瑠奈(るな)はスマホをいじりながら言った。


「うん、ちょっとしたスキンケア系。ストーリーズで紹介するだけだけどね」


日菜はそう言って肩をすくめた。


手にはミルクティー、爪先にはくすみピンクのネイル。無造作に巻かれた髪さえも、キラキラと輝いていた。


「さすがだね」


「いやいや、全然だよ~」


日菜は照れたように笑うけれど、彼女の投稿は常に安定して“いいね”を稼いでいた。


フォロワーは、今や1万人を超えている。


企業からの案件も月に2~3本は来ているし、たまにブランド側からのDMでプレゼントが届くこともある。


一方、瑠奈のフォロワーは7000人弱。


ギャラリーの雰囲気は統一されていて、モノクロで自然光を活かした投稿が多い。写真のセンスは悪くない。むしろ良い。


人気インスタグラマーの日菜が、一緒に映っている投稿が多い為、フォロワー数もそこそこだ。


けれど、案件は……ほとんど来ない。


「今日の投稿見たよ。夜桜の写真、めっちゃ綺麗だった。瑠奈センスいいね」


夜桜をバックに2人で撮った写真だ。


「ありがとう。でも日菜のいいね!の数には遠く及ばないよ」


「えっ、そうかな? あたしなんか、たまたま上手くいってるだけだよ」


たまたま、という言葉。


ナチュラルな笑顔。


謙遜の裏にある“本当の自信”を、瑠奈は昔から感じ取っていた。


でも、日菜は悪気があるわけじゃない。


昔からずっとこういう子だった。


可愛くて、明るくて、優しくて、真っ直ぐで…。


しかし、そんな日菜にも悩みがあった。


ここ最近フォロワー数が全く伸びないのだ。


企業案件だけで、お小遣いを稼いでいる大学生の日菜にとって死活問題なのだ。


一方瑠奈は、企業案件などは来ないから、普通に忙しいファミレスでアルバイトをしていた。

 

「ねえ、瑠奈?どうしたらフォロワー数伸びると思う?」


「日菜はキラキラして眩しすぎるんだよ」


「えっ、なにそれ~。でも、ありがとう!」


「そう言うところ。『人の不幸は蜜の味』っていうでしょ?たまに自分の不幸を見せてみなよ?」


「私の不幸を見せる?」


「そんな大袈裟な事でなくて、『今日は体調悪い』とか『テストが全然できなかった』とかそう言うこと」


「いや~瑠奈。そんな事考えた事もなかったよ」


そんな事も考えた事もない程、日菜は純粋だった。



         数日後



「おお……また増えてる……」


深夜1時。眠れずに開いたインスタの通知が、静かに画面を照らしていた。


投稿してからまだ数時間なのに、すごい勢いでいいね!が増えている。


瑠奈の言った事は本当だったのだ。


「#寝不足」「#肌荒れやばい」「#何もしたくない日」


ふとした思いつきで載せた自撮り。


キャプションは極端に短く、言い訳がましくなく、でも“意味深”に…。


すると、フォロワーたちは一斉に反応を始めた。


「大丈夫?」


「ゆっくり休んでね」


「いつも元気くれてありがとう」


「なんだかよくわからないけど、いいねもフォロワーも増えた~」


日菜は少し不幸な投稿がフォロワーやいいね!が増えていくことがわかった。



    2人のLINEのやりとり



「日菜インスタすごいじゃん!」


「瑠奈の言う通りだね!もっとやってみるよ」


「うん。もっと不幸な投稿した方がいいよ!」


「何があるかな?私普通に幸せだもん」


「日菜のそう言うところ、ちょっとイラッとするw」


「ゴメン、ゴメン悪気はないんだw」


「だから~昔の嫌だった事とか、嫌な事を見つけるんだよ。電車が混んでたとか、テストの出来が悪かったとか、体調が悪いとかいくらでもあるでしょ?」


「なるほどねぇ〜」


それから日菜は小さな不幸をインスタにあげていった。


瑠奈の言う通り嫌な事に目を向ければいくらでもあるものだ。


今日はスタバで、隣にいたおばさん同士の話し声がうるさかった事を、マグカップの写真と共にインスタにあげた。


いいね!もコメントもいつも以上についた。


それからも、日菜は嫌な事に目を向けてインスタにあげていった。


電車で足を踏まれた。謝られなかったのが地味にツラい。


コンビニのレジで割り込まれた。今日は運がない日なのかも。


講義中に当てられて、全然答えられなかった。


最近、ろくな事がない。運に見放された。


最初は少しの戸惑いと、ちょっとした罪悪感だった。けれど、それを大きく上回る「反応」に日菜は酔い始めていた。


フォロワーは、あっという間に1万5000人を超えた。


それに伴い企業案件も増えていった。


けれど──その頃から、日菜はよく眠れなくなった。



        ベッドの中で



スマホの画面を眺めたまま、時計の針は午前3時を過ぎていた。


「……次は、何を書こう?」


目の下にはうっすらとクマ。


最近眠れない。みんなは眠れてる?


その自撮り写真にも大量のいいね!がついた。


“共感されること”と“自分でいること”の境界が、日菜にはもうよくわからなくなっていた。




     翌日・いつものカフェにて




「大丈夫?ちょっと痩せた?」


久しぶりに会った瑠奈が、そう言ってきた。


「うん……ちょっと、最近眠れなくて……でも、インスタは好調かな」


「だよね?新しい投稿、すっごくよかったよ。

“心が壊れそう”って書いてたやつ。あれ、かなり反響あったでしょ?」


「うん……実はあれ本当なんだ…不幸な事ばかりに目を向けているとなんか…自分が自分でなくなっちゃう様な…」


日菜はミルクティーをかき混ぜながら、つぶやいた。


「日菜、大丈夫?インスタやめたっていいんだよ?」


「でも私…インスタでお金を稼がなきゃいけないから…」


「アルバイトすればいいじゃん?私みたいに」


瑠奈は嬉しそうにそう答えた。



          数日後



悪い事に目を向け続ける行為は日菜の精神を蝕んでいった。


「このままでは壊れるのは目に見えている…」


そう思った。


そして、ついに瑠奈の言う通りにインスタをやめる事を決意した。


最後に瑠奈は妙な提案をしてきた。


インスタ最後の投稿で「死化粧」をして投稿するのだと言う。


最後にすごいバズるからって言う事らしい。


病んでいた日菜は瑠奈の言う事を素直に聞いてしまった。



     「死化粧」をした日菜の投稿



#インスタグラマーの私は死にました。

#実際に死んだ訳ではありません。

#今までありがとうございました。


その画像の日菜は美しくも不気味な上、あまりにも不謹慎だった為に大いにバズった。


人気インスタグラマーの日菜が不思議な引退をした為、代わりに親友の瑠奈のインスタにフォロワーが流れ込み、企業案件も舞い込むまでになった。



       後日 カフェにて



「ねえ、瑠奈。私ね、コンビニでバイト始めたの!」


日菜は明るく言った。ひまわりのような笑顔で。


「最初は不安だったけど…今すっごく楽しいんだ!

お客さんも優しいし、店長も親切でさ。毎日が新鮮で、なんか、生きてるって感じ!」


「……へぇ」


「インスタグラマーなんて、私には向いてなかったのよ。もっと早く普通の生活に戻ればよかったな~」


「あ…そう」


笑って返したが瑠奈の目は、笑っていなかった。


どこにいても、何をしていても、日菜は誰からも愛される。


そして、うまくいく。


瑠奈はいつもその反対だった。


小さい時からずっと…。


瑠奈のインスタも、あれ以来フォロワーは伸び悩んでいた。


日菜のフォロワーが瑠奈に流れたのも一瞬だけで、また“無風”の毎日が戻ってきていたのだ。


そんなことも知らずに、日菜は今日も屈託なく笑っている。


「それでね、新しく入った高校生の子がめっちゃ可愛いの!」


「ふ~ん…」


          数日後


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