異世界転生屋 カスタマーセンター

みつつきつきまる

異世界転生屋 カスタマーセンター


 不注意で木から落ちて死んだ俺は転生した。


 俺の希望通りだとファンタジーの剣と魔法の世界で、勇者として世界を救う予定だった。


 ゆっくりと目を開ける。


 ふむ。俺は土とレンガで出来た家が並ぶ街中にいた。自動車どころか高層ビル群もなく、鉄筋コンクリートの家屋も見当たらない。行き交う人達は西洋的な鎧を身につけて大きな剣をぶらさげていたり、全身を覆うローブに身を包んでいる。いかにもゲームや漫画でみるような、いわゆるファンタジーの世界だ。


 よしよし。希望通りか。


 俺は一旦満足して、まずは仲間探しかなと近くの宿屋に向かう。使用言語は日本語ではないが理解出来るのは、さすが異世界転生。


 通りの先にベッドとナイフとフォークのマークが描かれた看板が目に入ったのでそこへ向かう事にする。おそらく、食堂を兼ねた宿屋だろう。


 この通りは賑わっていた。整然と石畳がならべられた道は馬車が四台並べるくらいの広く、様々な人種、様々な職業の人達でごった返している。道の両側には食堂や道具や、武器屋や何だかよくわからない物屋など、様々な店が並んでおり、そのどれもが繁盛しているようだった。しかし、元いた世界と比べると建物は当然低いので、空が大きく見える。


 人をかきわけて歩く最中、俺はなぜか注目を集めていた。そんな変な格好をしているのか?自分の目でみる限り、少し青みがかった銀色の鎧に身を包み、日本刀よりも一回り大きいくらいの剣を腰に差している。そんな人はそこらじゅうにいるじゃないか。


 まあ気にしても仕方ない。とりあえず宿屋に向かおう。


 それほど大きくはないその宿屋の入り口は小さめだが、何枚もはめ込まれたガラスがまるで姿見のように俺の姿を映した。


「……」


 俺は急いで人気のない路地裏に向かうと、周囲に人がいない事を確認してポケットから携帯電話を取り出した。


 番号をタップし、何度目かの呼び出し音の後、


『はぁいー。異世界転生屋、カスタマーセンター佐藤ですぅー』


 ちょっとイラつく電話口の女性担当者に俺は声を潜めて言う。


「管理番号4583225の佐々木だけど、いいかな」


『はぁいー。確認しましたぁ。佐々木さんと窓口担当者とのやりとりからぁ、佐々木さんが書いたメモまで一言一句記録が残っていますのでぇ、何なりとお申し付け下さいぃ』


「あのさ、希望した転生と違うんだけど」


『はぁいー。えー、ご希望通りのファンタジーの世界だと思うんですがぁー。この先のシナリオも希望通りぃ、仲間との出会いから魔王討伐まで全て段取り済みでしてぇ、その宿屋の扉を開けて頂ければ、シナリオが発動するようにしてありますぅー』


「だと思ったから連絡したんだよ」


 気の抜けた話し方の割にすらすら答える担当の佐藤さんにイライラしながら、俺はため息まじりに答えた。


「あのさぁ、俺、女になってるんだけど」


 宿屋の扉に映った絶世の美女を思い出しながら言う。なるほど、道行く人が俺に注目するはずだ。どこぞのお姫様と見紛うほどの美貌ながら、ごつい鎧を身につけて長い剣を携えているのだ。俺も今のところそんな人とはすれ違っていない。 


 俺は女として転生するつもりはなかった。


 電話口の担当者はそんな俺の気持ちを理解した様子もなく、


『はぁいー。出来るだけ美人になるように発注しましたんでぇー。色んなゲームやアニメのお姫様を参考にしたって言ってましたぁ。ご満足いただけましたかぁー』


 陽気で軽薄に言う。その割に感情を一切感じない。


「いやいや、そうじゃなくてさ」


 俺は一度息を吸う。声も女のものらしく、違和感がすさまじい。


「俺、女に転生したかった訳じゃないんだけど」


『はぁいー。提出頂いた調査票にはぁ、希望の性別が指定されておりませんでしたのでぇ、その場合はこちらで決めさせて頂くと利用規約に書いてあったはずですがぁー』


「いや、だからって何で男から女に転生するんだよ。希望が無ければパラメーターは変えないってのが、一般的だって聞いたぞ」


『はぁいー。それはあくまで一般論でしてぇ、男性転生者にも女性転生者にも枠に余裕があればそうなりますぅ。ただ、今回のように比率が男性側に偏っているとぉ、受け入れ枠の関係で女性側を増やす必要がありましてぇ、そうなると希望の性別が無かった方をそちらに振り分けるのが合理的だと思われますぅー』


「いや、それはそっちの都合だろ?」


『はぁいー。こちらの都合ですぅー』


「にしても、事前に言ってくれてもいいじゃないか」


『はぁいー。事前に好みの女性のタイプの聞き取りを行いったと記録がありますぅ。それが、転生先の人物に反映される事を説明されたとの項目に佐々木さんの確認のサインがありますぅ。顔には特にこだわりが無かったようなのでこちらが用意しましたがぁ、肉体的特徴の再現には最大限努力したつもりですぅ。胸の大きさや、お尻の大きさ、太ももの太さなどぉ、ご希望に沿えるものが用意できたと思うんですがぁー。ご満足いただけましたかぁ?」


 鎧に身を包んでいるため自分の肉体はよくわからない。だが、おそらく俺好みの体をしているであろう事はなぜか確信出来る。


「あれが自分の容姿を決めるものだと気づくかよ。仲間だとか、冒険の最中に出会う女の子だと思うだろう?」


『はぁいー。そんな事一言も言ってないですぅー」


「自分の容姿を決めるとも言ってないだろ?」


『はぁいー。確かに言ってはいませんがぁ、他人の容姿は任意に決められないと説明はしたはずですぅ。そうなると、自分の容姿を決めるのだと理解されているものだと我々は判断しますぅー』』


 いやさ、何でこの後に及んで好きな女性のタイプを聞くのかって思ったけどさ。


「だからって、女に転生したくなかったよ」


 俺は女性を侮辱するつもりも、女性が嫌いなわけでもない。むしろ好きだが。出来れば第二の人生でも、男として全うしたかった。

 

 もう絶望しかない。


 この理想的な肉体をした絶世の美女として第二の人生を送らなければならないのか。この場合は男性とはどういう関係を築くべきなのか。女としてなのか?いや、でも中身は男だしなぁ…。いやいや、何で受け入れようとしてるんだよ。俺は。


『はぁいー。転生は完了しているので、変更する事は出来ませぇん。こちらは注文どうりのものを用意したので、クレームは受け入れられませぇん。ただ―』


 電話口の担当者の佐藤さんは一瞬だけ間をおいた。


『えぇー。確認した所、こちらではまだ死亡確定される前なのでキャンセルが可能ですぅ』


「キャンセル?」


 異世界転生のキャンセルなど聞いたことがない。それより、キャンセルするってどう言う事だ?


『はぁいー。死亡確定とは元の世界で死亡が確認され、体を燃やされたり埋められたりしてぇ、肉体が失われた状態の事ですぅ。肉体が失われているとぉ、こちらの別の転生先をさがさなきゃいけなかったり面倒な事になりますけどぉ、佐々木さんの肉体はまだ病院のICUの中で昏睡状態なのでぇ、それに戻すだけなら難しくないでしょうねぇ』


「え、俺死んだんじゃないの?」


 死んだから転生したと思っていたが。


『はぁいー。異世界転生界隈的にはは死にました。ただ肉体と言う入れ物から魂を抜き出した状態の事を死と言うだけなので、医学的にはどういう状態かはわかりません。ただ、我々にとっては転生可能な状態と判断されますぅ。そして死亡確定までは転生可能状態が継続していますぅ。つまり、肉体を失うまではどちらも選択できる状態って事ですぅ』


 すらすらと澱み無く言う担当者の佐藤さん。陽気で軽薄で感情の感じられない人物だが、俺が文句を言っている間にキャンセルの可能性がある事を感じて動いていたか。思っていたよりも有能かもしれない。


 俺の心に光が差した。


「じゃあ、キャンセル出来るの?」


『はぁいー。出来ますぅ。であるならばぁ、急いだ方がいいと思いますぅ。そろそろ生命維持装置を外そうかなんて台詞も聞こえる頃です、今日中には死亡確定されるとかもしれませぇん』


「キャンセルしたら、また改めて転生出来る?」


『はぁいー。出来ますよぉ。ただ、同様の手続きをふんでもらう必要があるんで、また時間がかかるかもしれないですねぇ。えぇー、以前提出頂いた調査票は保存してあるのでぇ、改めて提出して頂く必要はありませんがぁ』


「今度は性別を指定しなきゃな」


『はぁいー。それは是非ぃー』


 そうと決まればキャンセル手続きを開始しよう。こうしていつまでも路地裏でこの世界に存在しない携帯電話で会話していても怪しまれるだけだ。


「じゃあ、そうしてくれ」


『はぁいー。では』


 どうやら話は早そうだ。ほっとした気持ちで佐藤の言葉を待っていると、返って来たのは予想外の台詞だった。


『まずはぁ、死んで頂きますぅ』


「え?」


 内容と口調が一致していない言葉に、俺は思わず聞き返した。だが担当者は全く同じ口調で、


『そちらに転生するために死亡する必要があったのと同様にぃ、そちらでも死んで頂かないとこちらに戻って来る事は出来ませぇん。異世界と言えどぉ、同じ人物が二人存在するのは倫理に反しますぅ』


 電車に間に合うためには時間を守ってもらわなければ困る、程度の事を言っているように聞こえる。


「肉体と魂を分離すればいいんだよね?死ぬ必要は無くない?」


『はぁいー。できるならそれでいいですけどぉ。現状死ぬ以外に方法がありませぇん』


「えーと」


 これはどうすればいいんだ?どうにかして俺が死ねばそれで元に戻るのか?


『はぁいー。こちらでシナリオを幾つか用意したのでぇ、そこから選んでもらっても構いませぇん』


「ああ、それはありがたい」


 答えて思う。自分の死亡シナリオが用意されているというのは、普通に考えると怖い。しかも、自分で選ぶんだからなおさらだ。しかし、今はそうも言ってられない。


 佐藤さんの提案を聞く。


『はぁいー。まずはぁ、山賊に捕まってぇ、身包み剥がされてぇ、他色々されてぇ、殺されるって言うのが一つ』


 携帯電話のプランを提案しているような雰囲気だが、内容は全然違う。


「なんかヤダな」


 自分が山賊に色々されている場面を想像し、身震いした。それなら、死なずにこのまま絶世の美女として生きてゆく方を選ぶ。


『はぁいー。では次にぃ、実はどこぞの国のお姫様でぇ、跡目争いに巻き込まれた挙句ぅ、腹違いの弟に刺されるってのもありますよぉ』


「いやそれ、間に合う?時間かかりそうだけど」


『はぁいー。予定では一ヶ月かかりますぅ』


「だめじゃないか」


 何だろう。シナリオに力を入れるあまり、無理が生じているように思える。


「もう、簡単でさっと死ねる奴で頼むよ。あんまり面倒のない奴」


 いや、食堂でうどん頼んでるんじゃないんだから。佐藤さんの雰囲気につられたのかもしれない。


『はぁいー。ではぁ、最短で最速で死ねるシナリオで行きますかぁ?これならすぐにでも発動出来ますぅ』


「それでいいよ。もう考えても仕方ない」


 結局はこの体もこの世界も俺とは関係無くなるのだ。どんな死に方をしようと気にする必要はない。ただ、死ぬのは確かにツライため、あまり長引かない方がいい。


『はぁいー。では発動しますぅ。さぁんーにぃーいちぃー』


「危ない!」


 上から声がして、俺は頭上を見上げた。青く澄んだそらに丸く浮かび上がった影がある。見つめる間にそれは俺との距離をぐんぐん縮めて行き―


 俺は落ちてきた植木鉢に頭を割られ、死んで元の世界に戻って来た。



 数週間後。治療とリハビリを終えた俺は、あらためて異世界転生の手続きを進めた。あの佐藤さんの言う通り、書類関係は改めて提出する必要はなく、今度こそ記入漏れや間違いが無いかを隅々まで確認し、前回と同じ窓口担当者と共に手続きを完了させた。


 そして約束の日、マンホールに落ちて死んだ俺は再び転生した。


 ビューオオオオー!


 慌てて電話をかける。


『はぁいー。異世界転生屋、カスタマーセンターの佐藤ですぅー』


「あの!管理番号4583225の佐々木だけど!」


『申し訳ありませぇん。よく聞こえないのでぇ、もぅ一度お願いしますぅ』


 吹き荒ぶ風の音に遮られ、声が届かない。それに足元が不安定なため体制は変えられない。ここにどうにかしがみついているのがやっとだ。


 俺は大きく息を吸い込み、


「管理番号4583225の佐々木だけど!」


『はぁいー。聞こえましたぁ。これはこれは佐々木さん、先日はどぉも。問題は解決しましたかぁ?」


 相変わらず陽気で軽薄で、感情を全く感じない声。今の俺の状況を考えれば、呑気にもほどがある。


「あのさ!転生は出来たし、キャラクターも問題無いんだけど!」


 なるべく口元に携帯電話を近づけようとするが、下手に手を離すわけにもいかず、顔の方を携帯電話に近づけようともするが、そうするとバランスが崩れる。ぎりぎりの状態。なぜなら、


「俺今、崖にへばりついてるんだけど!」


 ほぼ九十度に切り立った崖の中腹にあるちょっとした足場に俺は乗っていた。成人男性の靴を揃えて置けそうなスペースしかない所に俺はいた。いや、そこに転生した。崖下は数百メートルはありそうで、落ちたらひとたまりもない。先程死んだばかりの俺が言うのもおかしいかもしれないが。


 目の前には絶景が広がっていた。眼下に広がる広大な雲海から頭をのぞかせる険しい山々は、まるで天空に挑戦するかの如くその先端を向けている。正面に見える一番高い山の背後から、赤く燃える太陽が俺を照らしていた。


 しかしそんなものをのんびり楽しんでいる余裕は俺にはない。吹き荒ぶ風がいつでも俺を奈落の底へと突き落とせるよう準備を終えている。


「何でぇ!」


『はぁいー。えー、佐々木さんはどうやら、転生地の座標を指定していなかったからみたいですぅ。転生地は指定が無ければコンピューターがランダムに選択する事になっているんですがぁ、今回選択されたのがその場所だった、ってだけみたいですねぇ』


「だから何で!」


『はぁいー。どうやら以前、その場所に転生希望した方がいらしてぇ、その座標が登録されたままになっていたみたいですねぇ。だから、コンピューターの選択肢に残っていたみたいですぅ』


「消しとけ!こんな所!」


 こんな場所に転生希望したのが誰でそれからどうなったかはは知らないが、こんな二度と使われる事のないような場所をなぜ大事に残しておくのか。こうやって俺のような被害者が現れるじゃないか。それに、こんな所に転生するのはおかしいって、異世界転生屋の方では疑問におもわなかったのか?


『はぁいー。崖下に街がありましてぇ、そこで仲間を集める事になりますぅ。街の中心に噴水があるのでぇ、そこにコインを投げ入れる事で、シナリオは発動しますぅ』


「出来るかぁ!」


 崖にへばりついている事しか出来ない俺は、叫ぶ事しかできない。殊更強い風が吹いた。


『はぁいー。ではぁ、キャンセルですかぁ?』


 まるで予測していたかのようなタイミングで言ってきた佐藤さんの言葉。どのタイミングでそう切り替えたのだろうか。


「当然だ!」


 そこからの話は早かった。当然おれの死亡確定はまだされていなかったので元に戻る事はまだ可能。そして足元には心許ない足場があるだけ。


 俺は数百メートルの崖から滑落し死んだ。



 数週間後、治療とリハビリを終えた俺は、三度異世界転生屋にやってきた。医学的にはどうかは知らないが、ここ最近だけで四回も死んでいる俺としては、こんな目にあってまで異世界転生する理由があるのだろうか、との疑問が生じ始めたが、とにかく転生の手続きを始めた。


 相変わらずの担当者のおじさんは、かれこれ三度目の手続きだと言うのに何事も無かったこのように淡々と手続きを続けた。ただ覚えていないだけかもしれないが。俺はそうして作り直した転生希望調査票を眼力で穴が空くほど隅から隅まで確認し、今度こそ何の不備もない調査票が出来上がった。


 数日後、雷が直撃した木の下敷きになって死んだ俺は、三度転生した。


 目を開けるとそこは街中。清々しい太陽の下、石造や煉瓦造りの家々が立ち並び、馬に乗った人や鎧を纏った人々が賑やかに行き交い、街の中心には巨大な城郭が築かれている。それこそ、ゲームや漫画の中に存在するそれらに近く、希望通りの転生場所ではあった。そう、事細かく俺が指定した通りに。


 一つ安心した俺は、近くの家の窓ガラスに自分の身を映す。

 

 長身で筋肉質なイケメンが、シンプルで質実剛健な鎧を身につけている。髪の毛は薄い栗色で、ほどよく切り揃えられ風に揺れている。涼しげな目元も希望通り。そう、俺が事細かく指定した通りに。


 どうやら過去に失敗したそれらはうまくいった模様。今回は佐藤さんの世話にはならないだろう。


 安心して俺は街中を歩き出す。すれ違う美女達に愛想を振り撒きつつ、情報収集と仲間集めのために酒場へ向かう。俺の指定した通りに。昼間から酒を飲む人間などろくな人間じゃないと思いつつ、そこで一人仲間を見つける、と言うシナリオ。


 ……なんか、全てシナリオで決まってるって考えると醒めるなぁ。


 ともあれ、シナリオ通りに進める必要がある。シナリオと言っても今までの経験から序盤は詳細に指定したが、その先は大まかな流れ――仲間と共に魔王を倒す――

しか決まっていない。


 そんな事をするために五回も死んだのか。と考えるとなんか虚しいが、それはそれ。俺はどうしても異世界転生して人生をやり直したいのだ。


 胸に去来する疑問を振り払いつつ、俺は歩みを進める。元の体よりも身長が高いので、景色が違う。その辺の扉は少し屈んで潜らなければならないだろうし、他人を上から見下ろすなんて事はしたことがない。足も長く、これまでの歩き方のリズムとは違うので、何度か躓きそうになる。

でもそれは、嬉しい誤算と言うか。


 不安やら疑問やら喜びやら、様々な感情をなるべく表に出さないように口元に笑みを浮かべる。そう、この角を曲がれば目的地のはず。


 角を曲がれば酒場が――

 

 俺は急いで路地に飛び込み、周囲に人がいないのを確認すると、ポケットから携帯電話を取り出した。 


 番号をタップし、何度めかの呼び出しの後、


『はぁいー。異世界転生屋、カスタマーセンター佐藤ですぅー』


 三度めの登場。

 

「あのさぁ」


『はぁいー。佐々木さんですねぇ。いつもありがとうございますぅ』


 なんか馴染みの客になっちゃった。


 まあいい。


「その佐々木だけどさ、今転生先に来てて」


『はぁいー。今回は佐々木さんの意見を存分に取り入れたものとなっておりましてぇ、充分に満足頂けると自信を持っておりますぅ』


 相変わらずイライラさせる話し方だが、なんとなく心地よさを感じ始めているのはなぜだろう。


「えー、まあ、希望通りの世界で、希望通りのキャラクターで、希望通りの場所に転生したんだけども」


 俺は路地から顔を出さずに街の広場の方を眺める。小さな公園を兼ねた広場には、遊び回る子ども達と、談笑する奥様方がいる。周りには露天も並び、若いカップル達が店の商品を覗き込んでいる。

 どう見ても平和な、のどかな風景。ただ、


「もう魔王がいるんだけど」


 おそらく今の俺よりも背が高く、黒いローブに身を包み黒髪を腰の辺りまで伸ばした男だ。額からは曲がった角が二本生えており、禍々しい翼が背中に生えている。そう、俺が詳細に指定した魔王。登場が早過ぎやしないか。


 しかも、その魔王の周りには子供達が群がり、魔王は子供達に笑顔で相手している。壊れたおもちゃを直してやり、お菓子を配り、そのお礼に花で編んだ冠を頭に乗せられている。そんな様子を大人達は微笑ましく眺めている。


 何かイメージと違う。見た目はともかく、まるで優しくて庶民的な王様ではないか。


 だが佐藤さんは元気よく、


『はぁいー。魔王の登場タイミングが指定されていなかったのでぇ、こちらで最善となるタイミングを選ばせていただきましたぁ』


「いや、このタイミングが最善かねぇ」


 魔王を倒すって言う目的が、こんなに目の前にあっていいものか。念入りに練ったシナリオがあっさりと終わってしまうではないか。それに、別の疑問もある。佐藤さんはその疑問を感じ取った訳ではないだろうが、一つ付け加えた。


『はぁいー。この魔王さんはぁ、悪人じゃありませぇん』


 え?いや、見た目は魔王だが、物腰の柔らかさから笑顔の明るさから、とても悪人のそれには見えない。とは言え、善人のふりして裏では悪どいなんてパターンも掃いて捨てる程ある。だが佐藤さんの言うには、


『この魔王さんは佐々木さんが今いる街を統治している王様でぇす。国民全員から慕われてぇ、何よりも国民の事を考えて政治をするようなぁ、理想的な王様に仕上がっていますぅ』


「たしかにそっちの説明の方がしっくり来るけどさ」


 俺は笑顔で国民に手を振る魔王を眺めながら思う。じゃあここは悪魔の国なのか?いや、そんな設定にはしていないはずだが。


 魔王は今護衛も何もつけていない。まあ、どこにもいない訳ではないだろうが、目に見える場所には見当たらない。それほどこの国が平和なのか、あるいは自分の能力に自信があるのかわからないが、魔王を倒すと言う目標を達成するには今がチャンスとも言える。護衛はおらず、周りには子供達がいるために大きな力は使えまい。いや、仲間と共にと言うシナリオなので、先に仲間を見つけた方がいいのか。


 って、ちょっと待ってくれ。


「あのさ、ここで魔王を倒しちゃったら」


『はぁいー。佐々木さんはクーデターを起こしたテロリストって言う扱いになりますぅ』 


 衝撃的な事を言う。そんなの俺は望んでない。


「な、な、何で?」


『はぁいー。佐々木さんの調査票には魔王の属性が指定されていなかったのでぇ、協議の結果善属性となりましたぁ。その結果、このタイミングでの登場が最善と判断されたみたいですぅ。そしてその後シナリオを調整した結果、こうなりましたぁ』


 その協議になぜ俺はいない。


「また指定不足かよ。でもさ、何で魔王を善人に設定するんだよ。魔王を倒すって言ってるんだから、世界征服を狙うとか、世界を混乱に陥れるとか、そんな魔王にするだろう?」


『はぁいー。担当にはそう伝えましたかぁ?』


「いや、伝えてないけど」


『はぁいー。では我々には不備が無いとい言えますぅ』


「それ、屁理屈って言うんだよ。いや、前からそうだけど」


 俺は大きくため息をついた。このままシナリオ通りに進めば、俺の望む望まぬに関わらず、テロリストとなって追われる未来しかない。そんな第二の人生は嫌だ。


 となると取るべき手段は一つ。


「……キャンセルで」


 俺の不服そうな声に佐藤さんはいつもの感じで、


『はぁいー。キャンセルですねぇ。まだ死亡確定していませんのでぇ、可能ですぅ』


「だよね」


 力なく答えながら思う。今回キャンセルして、もう一度異世界転生しようって根性が俺にはあるだろうか。元の世界でも異世界でも、結局物事は思い通りにならないものだと思い知らされたような気がした。


 ある意味佐藤さんには感謝している。どういう経緯でカスタマーセンターに勤めているかは知らないが、明るく元気な声に俺は諦める事なく何度も再チャレンジが出来た。何事もやり直せる事も教えられた。それには少なからず痛みが伴う事も。感情は感じられないが、嘘のない正直で的確な言葉に助けられた。確かにイライラもさせられたが。


「あのさ、佐藤さん」


 一つ、言っておきたい事がある。


『はぁいー。何なりとぉ』


 もしかしたらこれが最後の会話になるかもしれないなと俺は思いつつ、


「窓口の担当者は変えた方がいいよ」


『はぁいー。貴重な意見ありがとうございますぅ』


 その後俺は暴れ馬に蹴られて死んで、元の世界に戻ってきた。



 治療とリハビリを終えた俺は、あれ以来異世界転生屋には訪れていない。


 数ヶ月のうちに三度も死の淵から蘇った男として病院内でちょっとした有名人になったが、退院した今となってはもう関係ない話だ。


 俺は今まで通りの街を歩きながら、青い空を眺めた。


「佐藤さん元気かなぁ」

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異世界転生屋 カスタマーセンター みつつきつきまる @miz_zuki

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