元勇者の俺が転生した先は、娘の抜いた聖剣だった
もげ山もげ夫
第1話
世界は滅びの淵にあった。
黒き炎を吐き、空を覆う翼を広げる魔王は、ただ存在するだけで大地を焼き尽くす。
「アレスよ。貴様が最後の勇者か」
響き渡る声は雷鳴のように重く、荒廃した大地を震わせた。
「そうだ。これで終わらせる……俺の命に代えてでも!」
俺は全身の傷を押さえながら、聖剣を握り直した。仲間たちはすでに倒れ、立っているのは俺一人。
だが構わない。勇者は最後まで勇者でなければならない。
魔王が振り下ろす漆黒の爪を、剣で受け止める。衝撃で骨が軋み、血が口から溢れる。それでも踏みとどまる。
大地は裂け、瓦礫が宙を舞い、炎が嵐となって渦を巻いた。
もはや人が踏み入るべき場所ではない。だが――俺は進む。
「喰らえぇぇぇッ!」
魔王の巨腕が叩きつけられる瞬間、俺は身を翻し、渾身の力で剣を振り上げた。
閃光が夜を裂き、聖剣は魔王の胸を深々と貫いた。
「ぐ、ぬぅぅぅぅう……!」
咆哮が響き渡る。だが同時に、焼けつく痛みが俺の胸を突き抜けた。
視線を落とすと、魔王の爪が俺の心臓を貫いていた。
「――しまった」
勝利と引き換えに、俺の命は絶たれる。
体から力が抜け、血が大地を染めていく。
だが、聖剣はまだ俺の手の中にあった。
俺は最後の力でそれを突き立て、魔王と共に大地に縫いとめた。
「……これで、世界は……守られる……」
霞む視界の中で、俺は思った。
残してきた妻、そしてまだ幼い娘。
どうか、幸せに――。
意識が遠のき、世界が闇に溶けていく。
だが不思議なことに、完全には消えなかった。
冷たく硬い感覚に包まれ、俺の魂は、聖剣そのものに絡め取られていた。
どれほどの年月が流れただろうか。
意識はぼんやりと漂い、音も光も届かない。ただ、土と石に閉ざされた暗闇だけ。
俺は、もう二度と目覚めることはないと思った。
――その時。
「うんしょ……えいっ!」
土の重みが崩れ、俺の体――剣が持ち上げられる感覚。
閉ざされた闇に光が差し込み、世界の音が鮮烈に戻ってきた。
「わぁ……抜けた!」
その声に、俺の心臓が凍りつく。
まだ幼い少女の顔。無邪気に笑う瞳。その面影は、忘れようがない。
「お……前は……」
震える声が剣から漏れる。
少女は目を丸くし、次の瞬間、悲鳴をあげた。
「きゃああああ!? け、剣がしゃべったぁぁぁ!」
俺は必死に叫んだ。
「待て! 落ち着け! 俺だ、アレスだ!」
少女は息を呑み、ぽつりとつぶやく。
「アレス……? それって……お父さんの名前……」
その瞬間、確信した。
この子は――俺の娘。
土に埋もれていた年月を超え、勇者としての最期を超えて。
俺と娘の、奇妙な再会はこうして始まった。
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