葉月探偵は失わない

おいしいキャベツ(甘藍)

第1話

 カチコチカチコチ

 古いアンティーク物の掛け時計が、音をたてながら時を刻む。

 時刻は10時15分。久々の依頼で呼び出されたというのに、あの人はまだ準備中だ。いつも遅刻しているから、と今日こそは時間厳守で行こうと話したのに、このざまだ。これじゃあ一向にあの人を敬う気持ちも湧かない。

 革製のソファに腰掛け、はぁとため息をつく。

 依頼への緊張感はとっくに失せ、僕はぼんやりと、遅刻の言い訳を考え始める。

 迷子になってしまった。腹痛に見舞われた。赤の他人に絡まれた。道案内を頼まれていた。人助けを行っていた……etc。

「………って」

 僕は何を真面目になっているんだ。今からするのは遅刻の言い訳なんかじゃない。緊張感を持て、僕。生半端な気持ちで行く場所じゃないんだ、これから行く場所は。

 大きく深呼吸をし、気持ちを整え始めた頃、階段を降りる足音が聞こえてくる。

「やあ、お待たせ」

 ………やっと来た。

「やあ。じゃないですよ、どうするつもりなんですか。今日も変わらず遅刻ですよ」

「まあ、そう焦るな」

 階段から降りてきたのは、一人の女性。といっても、身長150センチの体躯では、いくら大人と言っても信用されない。童顔も、その要因の一つだ。依頼を受けた際には必ず、探偵服に身を包む彼女……、ではなく先輩。

「助手くん、さあ行こうか。私達の敵は時間ではない。殺人犯だ」

「はい」

 ……あれ? ちょっと待った、今さらっと話題を……。

 事務所のドアを開け、外に出る。あいにくの曇り空が、僕の心を下向きにさせた。

「さて」

 僕の頼れる(時と場合がある)先輩、葉月先輩は、ドアに掛けられている立て札をCLOSEDに裏返す。その見る人によってはやけにシャレており、また見る人によってはやけに汚い字を見るたびに、僕はどうしてもこう思ってしまう。帰りたいと。

「戦いの時間へと洒落込もうじゃないか、助手くん」

 なぜなら、天才と呼ばれる探偵、葉月心奈の助手は、僕にはあまりにも荷が重すぎるから。

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葉月探偵は失わない おいしいキャベツ(甘藍) @oisiikyabetu-kanran

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