第2話 初会話

「ちょっと……シャワー貸してくれない?」


 照れくさそうに言った柚木さんは目を下に向けている。

 そんな彼女からは学校の時のような『ギャル』という雰囲気を感じない。

 小動物のような可愛さを感じるというか……。

 口にしたら怒られそうだから言わないが。


「もしかして、やっぱりちょい厳しい感じ……?」


 不安そうな声色で続けて尋ねてきた。

 ハッとした俺は急いで言葉を返す。


「いや、そうじゃないよ! いきなりだったから驚いただけで……。うん。俺の家のシャワーで良いなら大丈夫だよ」

「マジ⁉ 神なんだけど! ありがと清水君!」


 ここでようやく教室の時と同じような笑った顔を見せてくれた。

 急にギャル味も帯びてきたようで、さっきのような小動物さは感じなくなった。


「一番最初に話す内容がこれってマジで凄くない? ヤバすぎるよね? あ、ってか清水君ってウチのこと知ってた?」

「あ、うん。それはまあ同じクラスだし」


 何かのスイッチが急に入ったのか、それともさっきまでは我慢していたのか分からないが、柚木さんはどんどん口を回して喋り出す。

 何とかついて行こうと言葉を返したけど、話題を広げるような内容は俺には出せなかった。

 ってか、女子とこうやって話すの何年ぶりだろうか。

 全く話していないわけではないが業務連絡的なものしか記憶にない。

 こんな風に話したのはもしかしたら中学以来かもしれない。


「というか柚木さんの方こそ俺のこと知ってたんだね」


 そう、彼女が言った通り俺と柚木さんは話すのが初めてだ。

 クラスメイトではあるが俺は中心人物というわけではない。

 スクールカーストで言うと最下層に位置するだろう。

 でも柚木さんはケラケラと笑いながら答えた。


「あったりまえじゃん! だってウチらクラス一緒だし、お隣さんでしょ」


 そう言いながらポンと叩いてくる。

 あまりにもナチュラルなボディータッチが故にかわすことなどできなかった。

 そうか、世の男たちはこれに惑わされてきたのか。

 

 可愛い子が笑いながら話してくれるわけではなく、自分の身体に触れてくれる。

 それも嫌ではない絶妙なタイミングで。

 告白されたという話をよく聞くわけだ。

 

 もちろん俺も触れられた時はドキッとしたけど、身の程をわきまえている。

 彼女は俺のことなんてほぼ眼中に無いはずだ。

 仮に告白したとしても付き合えることなどあるわけがない。

 

 そうに決まっているのだ。


「……くちゅん!」

 

 瞬間、柚木さんがこれまた可愛らしいクシャミを披露した。

 ずぶ濡れの服を着ているから体が冷えてしまったのだろう。


「風邪引くといけないから早く入った方がいい。場所は廊下の真ん中にある右側の部屋だから」

「ありがと清水君。あ、待って、ミスった。タオル忘れたかも」

「そんなのあるタオル好きに使って良いよ」

「ガチ⁉ それは神過ぎじゃない⁉」

「どうせ自分のも洗濯するし」


 とにかく一秒でも早くシャワーを浴びてもらおうと必死だった。

 もし仮にここで風邪なんて引かれてしまったら夢見が悪すぎる。


「じゃあお言葉に甘えちゃおっかな」


 そう言って柚木さんはお風呂場の方へと入っていった。

 それを見送ってから俺は廊下を真っすぐ進み、リビングへと向かう。


「……まさかこんなことになるとはな」


 今まで1度も話してこなかったクラスの中心人物。

 このまま特に何も無く終わるものだと考えていたけど、予想外のハプニングが起きたもんだ。


「人生何があるか分からねえな……」


 そう呟きながらテーブルに肘をつけてテレビをつける。

 あ、なんかおっさんになった気するな。

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